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「センセ、の……んっ、“あの場所”って、どん――ふあっ、やぁ、それっ、だめ……っ」


 緩やかな抽挿の間に気が逸れたのか、現状と関係のない話を始めた君に、私は大人げなくも腹が立ったのかもしれない。


 わざとウィークポイントを狙って腰を進めると、君の口からは、たちまち高い声が上がった。

 それを口付けで黙らせながら、苦しげに首を振ろうとするのを押さえ込み、意地悪く速度を上げていく。


 くぐもった声が、甘く響く。


 悪かったな。私は君ほど若くはないのだ。

 永遠と休みなく突かれ続けるのが君の願いなら、そういう機械でも買ってこようか。


「ぷはっ……しぇんせ、何か怒ってる? んあっ」

「いいや、何も怒ってないよ」

「でもっ……」

「真宵。いいから集中しなさい」


 張り詰めた君の前に手を掛ける。


「あっ、あっ……両方し、たらすぐっ……んんっ」


 目尻に涙を滲ませて、君が両手を差し伸ばす。限界が近いとき、いつも君は僕の首にすがりたがるのだ。

 それを憎からず思う僕は、動きずらさのデメリットはあれど、大人しく捕まってやる。


 頂点まで追い込むつもりで抽挿を速め、同時に前をしごいてやる。

 耳に湿った吐息が掛かる。


 硬く腫れあがった部分をグリ、と抉るように撫で上げ、最奥に到達した瞬間、君の全身が痙攣し、内部がぎゅううと収縮した。

 首に回った腕にも力が入り、そして間もなく脱力する。


 耳元で荒い呼吸音を聞きながら私は君の髪を撫で、熱い内部からゆっくりと身を引いた。薄いゴムを手早く処理し、汗ばんだ彼の額に張りついた前髪をよけてやる。


 閉じられていた薄い瞼がゆるゆると持ち上がるが、瞳は虚ろだった。


「眠たいかい? いいよ、おやすみ」


 嫌だ、という意味だろうか。離れようとした私の手を、君の手が力なく掴んだ。


「何だい? 喉が渇いた?」

「ううん、違う」


 答えた声は、さんざん悲鳴を上げたせいか、枯れていた。それでも君は話すのをやめない。


「さっきの質問、答えてよ」

「質問?」

「先生の“あの場所”ってどんなところ?」


 正直に言うと、


「君が私に興味を持つとは思わなかった」


 呆れたように君は笑う。


「それどういう意味? 持つよ。じゃなきゃ寝たりしない」

「そうか。嬉しい誤算だ」

「普通に『嬉しい』って言って」

「嬉しい」

「じゃあ、教えてよ」


 私の“あの場所”。十代の終わりに神秘学研究を始めて以来、二十余年もの間通い続けている、もはや第二の故郷ともいえる場所。


「翡翠色の池と美しい庭園を持つ、冬の日本家屋だよ」

「……僕も行ってみたいな」

「とても寒いんだ」

「平気。先生が温かいもの」

「私は平熱だ。今は少し、高いかもしれないが」


 それは君だって同じこと。ハードな運動をしたあとなのだ。


 君は上目遣いに私を見る。その仕草に私が弱いことを、君は知っているのかもしれない。


「先生はいつも、他人ひとより少し温かいよ?」


 誰と比べて言っているんだ、という台詞を吐けずに飲み込んだ。

 言えるような立場じゃない。人間の美徳は、何を言うかではなく何を言わないかにある。


「僕の“あの場所”は、先生の“あの場所”と繋がれるかな」

「どうだろうか。神秘学教授を名乗っていながら、私自身はまだ、誰とも繋がれていないんだ」


 君は切なげに微笑んだ。そしてその表情を誤魔化すように、私の鼻先をつんとつついた。


「僕、なんでかわかるかもしれない」

「なんでだい?」

「……教えてあげないよ」


 君は私の裸の胸に、額をくっつける。

 そんなふうに近づかれたら、何もかも君に聞かれてしまいそうだと思った。

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