自分がパーティから外されたのはハズレスキル:具現化のせいだと思い込んだ。
このままハズレスキルとは言わせない……。
勇者を振り向かせるためにこのハズレスキル:具現化を使いこなそうと心に誓う。
「おい、カイン。ゴリラを具現化しろよ。それができたら迎えにいってやる」
「わかった……俺、マルスのことを信じる。何年かけようが必ずゴリラを具現化してみせる!」
男魔法使いカインは勇者マルスのその一言でゴリラを具現化することに決めた!
まずゴリラを具現化しようと決めてからはイメージ修業。
最初は実際のマウンテン・ゴリラを一日中いじくった。とにかく四六時中だ。
目をつぶってマウンテン・ゴリラの触感を確認したり、何百回何千回とマウンテン・ゴリラをスケッチしたり……。
ずーっとただ眺めてみたり、時に舐めてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり、マウンテン・ゴリラで遊ぶ以外何もしなかった。
しばらくしたら毎晩マウンテン・ゴリラの夢を見るようになって、その時点で実際のマウンテン・ゴリラとは別れを告げた。
マウンテン・ゴリラは別れを惜しんでいたが、決して振り向かなかった。
そうすると今度は幻覚でマウンテン・ゴリラが見えてくるようになった。
さらに日が経つと幻覚のマウンテン・ゴリラがリアルに感じられた。
重さも冷たさも肌が擦れあう音も聞こえてくる。
いつのまにか幻覚じゃなく自然と具現化したマウンテン・ゴリラが自分の前に出現していた……。
◆ ◆ ◆
この世界は神様から与えられた加護によって職業が決まるといえた。
戦士の加護を受けたものは戦士。神官の加護を受けたものは神官。魔法使いの加護を受けたものは魔法使いになる。
この物語の主人公であるカイン・ゴレイヌは12歳の時に加護:魔導士を与えられ、そのまま魔法使いになる道を歩んだ。
しかし、神様は加護だけではバラエティがないと『スキル』もニンゲンたちにお与えになられた。
16歳になったカイン・ゴレイヌは神様から『具現化』のスキルを与えられた。しかし、カインは具現化のスキルを使いこなせないままだった……。
それが彼の不幸の始まりだった。唯一、運が良かったことと言えば、勇者マルスのパーティに所属できたことだろう。
数十年おきに訪れる世界の危機に抗う存在。それが勇者とその一行だ。勇者マルスは高みを目指した。『7人の勇者』と呼ばれる存在になろうとした。
だが……勇者マルスにとって、スキルを使いこなせない男魔法使いカインの存在は邪魔だったのだろう。
「早くしろカイン!」
「待ってくれ! 精工な鍵を具現化するには時間がかかる!」
「本当にもう役立たずなんだから!」
「やばい! 誰かの足音が聞こえる!」
「まったく使えないな、カイン、お前は!」
マルスはご立腹であった。今、自分たちは宝物庫の扉の前にいる。この宝物庫には数々のレジェンダリーと呼ばれる国宝アイテムが眠っていた。
その中でもマルスが欲しがったのはシューティング・スターの腕輪だった。パーティの中に女武道家がいる。筋肉質な身体をしており、それでいて出るところ出ている筋肉質ナイスバディの女性だった。
その彼女へのプレゼントとして、素早さが2倍になるシューティング・スターの腕輪を手に入れようとした。
しかし、宝物庫の扉には魔法によって鍵がかかっていた。この扉を開けるには『魔法の鍵』と呼ばれるスペシャル・アイテムが必要だった。
勇者マルスたちは魔法の鍵を所持していない。この国の女王に嫌われていたからだ。嫌われた理由はマルスが女王の夜の誘いを断ったからだ……。
「マルス。お前が女王を抱いていればよかったんじゃ……ぶへえ!」
いきなりぶん殴られた。自分は一切悪くないというのに。
「うるせえ! いくら見た目がアラサーに見えても、あの女王は今年で50だぞ!? そんな女、抱けるかってーの!」
「そうよそうよ! マルスは若くてぴちぴちな私みたいな健康美溢れる女性がが大好きだもんねー♪」
「へへ……その通り。アイナ。シューティング・スターの腕輪を手にいれたら、一晩中、可愛がってやるからな?」
「たのしみ~♪ 私の腰振りが2倍の速度になるわよ?」
「きゃはー! 俺も今から息子がいきりたって仕方がねえぜ! おいっ。魔法の鍵の具現化はまだなのか!? カイン!」
女武闘家アイナがマルスに腕を回して、ちゅっちゅ! とほっぺたにキスしまくっていた。自分のことをミジンコのように扱ってくるクソ女だ。
しかし、それでも勇者マルスのパーティに所属しているというだけで、十分な見返りを自分は与えられている。
その立場を失いたくない。なんとしても魔法の鍵を具現化して、このパーティから追放されることを
(マルスには恩がある。マルスのお下がりといえども、俺の童貞卒業に一役買ってくれたんだから……)
マルスはどこの街や国に行ってもモテモテだった。同じ男として、これほどうらやましいと思ったことはない。
このパーティは勇者マルス、女武闘家アイナ、女占い師ワッチョン、そして男魔法使いの自分の4人で構成されている。
女占い師ワッチョンはお淑やかな女性だった。ある日の晩、宿屋に泊っていると、自分の部屋にワッチョンが現れた。
彼女は何も言わずに自分を押し倒してきた。「マルスが命令するから仕方なく……」、それが彼女の言い分だった。
勇者マルスはモテない自分のことを哀れに思ってくれた。勇者マルスのカノジョをあてがわれた。
男として、これ以上ない屈辱かもしれない。それでも自分は幸せだった。ほのかにワッチョンに淡い想いを抱いていたからだ。
(魔法の鍵を具現化できれば、マルスはもう一度、ワッチョンを俺に抱かせてくれるって約束してくれたんだ!)
マルスがクズなら、自分も十分にクズだった……。
宝物庫を前にして、四苦八苦した。今まで具現化した鍵は10本を数えていた。しかし、どの鍵を用いても魔法で鍵がかけられた扉を開くことはできなかった。
マルスたちからイライラとした雰囲気が伝わってくる。それに釣られて、自分も焦ってしまう。
11本目の鍵を鍵穴に差し込んだ。その途端、扉から警告ブザーが鳴り響いた。あまりにも急いでいたために、今までのなかで一番出来の悪い鍵を作ってしまったようだ。
「お前! 使えないにもほどがあるだろ!」
「それはマルスが俺を焦らせるからだろ!?」
「口答えする気か!? お前が俺に!? はっ! なにかの冗談だろ!」
「んもう! 今は言い争ってる場合じゃないでしょ! 逃げようよ、マルス!」
「ちっ! この失態は絶対に忘れないからな! 移動魔法を使う! 皆、手を繋げ!」
マルスはスキル:空間魔法の使い手だった。マルスの指示に従い、皆で輪になるように手を繋ぐ。
光の円が4人を包み込む。警護兵がこちらに向かってくる前に、難なくこの場から脱出することができた。
まさに勇者マルスさまさまであった……。
◆ ◆ ◆
結局、マルスたちはシューティング・スターの腕輪を手にいれることはできなかった。行きつけのルイージの酒場に戻ってくるなり、マルスが受付嬢の前に立つ。
「すみません、新しい仲間を探しているんですが」
「えっ!? マルスさん、唐突すぎませんか!?」
受付嬢が驚いている。無理もないだろう。勇者マルスのLvは20。飛ぶ鳥落とす勢いの勇者だ。
おいそれと新しい仲間が見つかるわけもない。だが、それでも彼の目には自分が憎たらしく思えたのだろう。
「チェンジをお願いしまーーーす! この役立たずをリストラしたいんです!」
「待ってくれ! 俺はまだマルスの役に立てる! こんどこそ、具現化のスキルを使いこなしてみせる」
「ふーん?」
マルスの目はあまりにも冷めていた。背筋がぞくりと冷たくなってしまう。そんな目で見なくてもいいじゃないかと言いたくなってしまう。
自分とマルスは幼馴染の間柄だった。マルスが勇者の加護を授かった時は2人でいっしょに喜んだ。
故郷の村を出てから2年間、いっしょに旅を続けてきた。しかし……自分はマルスの期待を裏切ってしまった。
マルスとしては許しがたい裏切り行為に映ったのだろう。自分の女をお情けでもあてがってくれた。
そのことにはめちゃくちゃ感謝している。女占い師ワッチョンは仕方ないと雰囲気をばりばりだしてくれたが、自分は大興奮で彼女に筆おろししてもらった。
その恩に少しでも報いたい。クズな幼馴染同士、これからも仲良くやっていきたい。出来る限り、マルスのおこぼれを預かりたい!
だが、自分のようなクズに今まさに天罰が下ろうとしている。幸せな時間が終わろうとしていた……。
「マルス! お前とこれからも旅をしたいんだ! 頼む!」
マルスに対して、土下座した。これくらい安いものだ。勇者のおこぼれをもらえるなら恥も外聞もない。
そんな自分に対して、マルスが「チッ……」と舌打ちしてきた。こちらは「ごくり……」と息を飲む。
「わかった。なら、ゴリラを具現化できるようにしてくれ」
「ゴリラ!? なんでゴリラなんだよ! 他にも候補があるだろ!?」
「ゴリラがいい。そうだな……戦士をパーティにいれなくていいくらいのたくましいゴリラがいいな」
なるほど……と思ってしまう。今のマルスのパーティ構成は勇者、女武闘家、女占い師、そして男魔法使いの自分の4人だ。
マルスは前衛として肉壁役もやらなければならない。戦闘中のヘイト管理をマルスが担っている。
理に適っていた。だからこそ、この時はマルスの言葉を信じてしまった。彼は嫌がらせのつもりだったことを後で知ることになる……。
「んじゃ、ゴリラの具現化、頑張れよ」
「わかった! 必ずゴリラを具現化できるようになってみせるよ!」
「はは……お前ってやつは。次会う時を楽しみにしてるぜ」
「おう! 俺の成長ぶりに驚くなよ!?」
「ああ……じゃあな」
こちらが目をキラキラ輝かせているというのに、マルスはどこか寂しげだった。しかし、自分はそんなマルスの表情に気づきもしなかった……。