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第2話:ゴリラと修行

 勇者マルスはそう言って、エッチな恰好をしている踊り子をパーティに入れ直して、ルイージの酒場を後にする。


(くぅ! うらやましけしからん! 半ケツ見せびらかしの踊り子を俺の代わりに入れやがってーーー! しかし……俺がゴリラを具現化できるようになれば……俺はマルスのパーティに戻れる! そしてあの娘と一発ヤラせてもらえる! 頑張るぞ、俺!)


 一縷の希望に縋りついた。勇者マルスは自分にチャンスを与えてくれた。彼の期待を裏切らないためにも自分はゴリラを具現化しなければならない!


 そうなれば、さっそくゴリラを具現化するための修行をしなければならない。テーブルの上に地図を広げる。


 ゴリラのモンスターが出没する地域を思い出す。


「ここだ。マウンテン・ゴリラが出没する地域! マルス! 俺はゴリラを具現化するぞーーー!」


 善は急げとばかりにルイージの酒場を後にする。そのまま道具屋に駆け込む。馴染みの禿げ頭の店主がこちらの形相を見て、大慌てしていた。


「なんだ!? カイン。今日はひとりか!?」

「ああ……たった今、マルスからリストラされた。でも、俺はまたマルスのパーティに戻る!」

「そうか……マルスにも困ったもんだ。お前ほどの魔法使い、この辺じゃお目にかかれないっていうのに」


 禿げた店主がため息をついている。しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。こちらは1日でも早くゴリラを具現化させなければならないのだ。


 店主に頼み、HP回復ポーションをありったけ購入する。「MP回復ポーションは今回いらないのか?」と問われたが、こちらはゴリラと戦闘するわけではない。


 ゴリラと寝食をともにして、自分自身がゴリラにならなければならない。あいつらはリンゴをバコッ! と握りつぶす握力を持っている。


 そんな中に裸一貫で飛び込むのだ。大怪我するのは計算の内だった。だからこそ、HP回復ポーションだけを大量購入した。


 もうひとつ欲しい薬があった。それが無いか、店主に聞いてみた。


「なあ、おっさん。ゴリラに効く惚れ薬は売ってないのか?」

「ゴリラーーー!? お前……ニンゲンの女に相手されなさすぎて、ついにゴリラを嫁にするつもりなのか!?」

「うるさい。俺が女にモテないのは関係ない。俺は……ゴリラに会いに行く用事があるんだ! わかるか!?」

「わかんねーよ!」

「この俗物がーーー!」


 店主を一喝してやった。店主がとまどいながら、惚れ薬をこちらに寄こしてきた。それを受け取り、投げるように代金を支払っておく。


「ゴリラに効くくらいだから、扱いには注意しろよ?」

「ふむ……ゴリラに使うのはもったいないな?」

「その通りだ。しっかし、世も末だ。こんなおふざけアイテムに金貨1枚も支払う奴がいるなんてよ……」

「うるせーーー! これには……海よりも深い事情があるっ!」

「そうであることを祈るよ。んじゃ、ゴリラ相手に何するかはわからんが……グシャっと頭を握りつぶされないようにな」


 道具屋の店主と別れを告げる。マウンテン・ゴリラに会う準備はこれで整った。あとは奴らが出没する地域に向かうだけである。


 乗合馬車駅へと向かう。行き先は隣の国に繋がっている転移門がある街だった。今いる場所は王都であるが、王都には転移門は無い。


 それも当然だ。防衛上の問題で、転移門は王都には存在しない。どの国も王都から離れた場所に転移門が設置されている。


 乗合馬車駅で幌馬車に乗り込む。自分はマルスのような仲間内とは和気あいあいに話せていたが、見知らぬひととはまったく話題を膨らませることができない陰キャであった。


 幌馬車の中でカップルたちが賑やかに会話していやがった。グギギ……と歯ぎしりしながら、黙って幌馬車に揺られることになる。


 それから三日が経つ。街をふたつ経由して、転移門がある街へと到着した。転移門の前には衛兵がいる。その衛兵に転移門を使用する理由を話す。


「はぁ? 修行のためにゴリラに会いに行く? どういうことだ?」

「俺も言ってて頭おかしいのかって、自分をぶん殴りたくなる。でも、これはどうしても必要な修行なんだ!」

「……まあ、頑張れよ?」


 軽く不審がられたが、すんなりと転移門の使用を許可された。魔法陣へと足を踏み入れる。足元から光の円柱が現れる。


 意識が一瞬だけ寸断される。しかし数秒後には先ほどとは違う街へと飛ばされた。魔法陣から足を踏み出し、さらに歩を進める。


 マウンテン・ゴリラが生息している地域は、ここから歩いて1日といったところだ。食料を大量に買い込み、いざキャバクラとばかりに力強く歩く。


◆ ◆ ◆


 それから3年の月日が経った。ついにゴリラの具現化に成功した。長かった……。何度もオスのマウンテン・ゴリラに寝込みを襲われそうになった。


 お尻の貞操を守り切ったことも誇らしいが、それ以上にゴリラを具現化できたことが嬉しかった。


「うほうほ」

「よし。お前の名前はゴリ吉だ」

「うほーーー」

「ぐべえ!」


 いきなりゴリラに殴られた。何故だ……と考え込む。あっ……と気づくことがあった。


「すまん。メスだったか」

「うほうほ」

「んじゃ、ゴリ子な」

「うほーーー!」

「うぎゃあ! 抱き着くな! 背骨が折れるーーー!」


 ゴリ子にこれでもかと抱きしめられた。こちらは魔法使いである。ゴリラの腕力に対抗できるわけがない。


 ゴリ子が反省したとばかりに、こちらへ頭を下げてきた。なんとも可愛い奴だと思えてきた。


「うほうほ」

「なになに? ゴリ子、妹が欲しいだって?」


 2年半もマウンテン・ゴリラの群れと生活することで、ゴリラ語がわかるようになっていた。これくらいじゃないと具現化が成功しないから、このスキルは厄介だと言えた。


 さらに具現化のスキルにはキャパシティという問題が存在していた。すでにゴリ子を具現化してしまっている。ここにもう1体のゴリラを具現化すれば、自分のスキルのキャパはいっぱいになってしまう。


 だが……勇者マルスの言葉を思い出した。


――ゴリラを具現化できるようになれば、またパーティに入れてやる。


 1体だけではダメだと思えてきた。マルスの考えている以上のことをやってのけねばならない気がした。


 ゴリ子の頭をよしよしと撫でる。ゴリ子が「うほうほ♪」と喜んでくれた。それから追加で3カ月を修行に費やした。


 2体目のゴリラはホワイト・ゴリラだった。ゴリ子はブラック・ゴリラである。ホワイト・ゴリラのほうにも名前を付ける。


「よし。今日からお前はゴリ美だ」

「ウホウホ!」

「気に入ってもらえたようで、俺も嬉しいよ。ゴリ子も嬉しいだろ?」

「うほうほ♪」

「よーしよしよし。ぐへえっ!」


 ホワイト・ゴリラのゴリ美とブラック・ゴリラのゴリ子からサンドイッチにされてしまった。やはりメスでもとんでもない怪力だった。


 達成感とゴリラの腕力に包まれながら、自分は幸せな笑顔を浮かべつつ、その場で失神した……。


◆ ◆ ◆


 お世話になったマウンテン・ゴリラの群れとお別れを告げる。ゴリ子とゴリ美は涙を流していた。


 彼女たちを慰めながら、その場を後にする。転移門をくぐり、故郷の地を踏む。さらに幌馬車の中でゴリ子とゴリ美と和気あいあいとしゃべった。


 他の客がひそひそと耳打ちしていたが無視した。こんなに可愛いゴリ子たちとおしゃべりすることのどこが悪いのかと逆に問い詰めたくなってしまう。


 王都に戻るなり、ルイージの酒場へ足を向けた。もしかすると勇者マルスが待っていてくれるかもしれないという淡い期待を抱いて……。


 しかし、ルイージの酒場にマルスの姿は見えなかった。しょんぼりと肩を落としながら、受付嬢に声を掛ける。


 受付嬢に「お久しぶり~って、後ろのゴリラ何!?」と驚かれてしまった。どうやら、ゴリ子たちの勇ましい姿が目立って仕方がないようだった。


「えっと……こちらはゴリ子とゴリ美です。俺がスキルで具現化したんです」

「ああ……噂では聞いていたけど、本当にゴリラを具現化するために修行してきたのね」

「はい! これで俺はマルスとの約束を果たせました! マルスは……どうしてました?」

「ああ……彼は1年前にパーティ変更しにきて以来、ずっとご無沙汰ね」

「そう……ですか。でも、待っていればマルスは俺をパーティに誘ってくれますよね!?」

「うん……そうなることを祈ってるわ」


 受付嬢から距離を取り、3年ぶりのルイージの酒場を見渡す。


 相変わらずだった。新しい出会いを待ちわびて、目をキラキラさせている10代から20代前半の少年・少女と青年たち。


 それとは対照的に未来を悲観する30代付近の中堅冒険者たち。


 40代ともなれば、しみったれた雰囲気で酒をちびちびと飲んでいる。


 自分はゴリラの具現化に成功した。30・40代のような未来を悲観している者たちとは別次元にいると思えていた。


 しかし……ルイージの酒場に戻ってきてから何も起きずに半年が過ぎた。いつしか、自分も30・40代と同じような暗い表情をするようになっていた。


 まだ21歳だというのに、気力の衰えが40代半ばのおっさんのようになってしまった……。


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