確かに自分はゴリラの具現化に成功した。1体でなく2体だ。そうだというのに勇者マルスがルイージの酒場に戻ってくることはなかった。
1日が過ぎるのがとてつもなく遅く感じた。することがない。かといって、何か新しい目標を立てることすらできなかった。
そんな自分をかつて勇者パーティから追放された者たちが慰めてくれた。彼らとともに酒杯を交わす。
「俺、やったよ……頑張ったんだよ!? ついに2体同時にゴリラを具現化できるようになったんだ! それなのに、お迎えがやってこないんだよぉぉぉ、ふえええん」
「そうか! それはご愁傷様だ! しかし……勇者マルスのことで嫌な噂を聞いたんだ」
「ん? マルスがどうしたんだ? まさか、何かあったのか!?」
同じテーブルに着いていた戦士ブライアン・ホイミーが「あくまでも噂話だが」と前置きしてきた。こちらはそんなことはいいから、話の続きを聞かせろとせがんだ。
「あいつは……かつてのあいつじゃない。この3年間で功績を積み上げて、今や故郷から遠く離れた帝国の飼い犬に成り下がった……らしい」
「ブライアン、その話、本当なのか!?」
「帝国は勇者マルスを飼いならすために美女をあてがっているようだ」
「うらやましいよぉ! 俺があの時、魔法の扉を開ける鍵を具現化できたなら! 俺もおこぼれにあずかれたってのにぃ!」
悔しくて涙が出てきた。しかし、それを許さないとばかりにゴリ子が羽交い絞めにしてきた。さらにはゴリ美がこちらの頬を( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーンと叩いてきた。
正直、首から上が無くなるかと思うほどの衝撃を受けた。しかし、ゴリ子たちのおかげで正気に戻ることができた。彼女たちに頭を下げておく。
戦士ブライアンがこちらに酒杯を傾けながら問いかけてきた。
「……そもそもなんでゴリラを具現化したんだ? そんなに立派なゴリラを具現化できるなら、もっと他のものでも良かっただろ」
「マルスがゴリラを具現化すれば、俺をパーティに再び入れてくれるって言ってたから……」
「……ははは。ゴリラじゃなくて可愛い女子を具現化できるようになってれば、あの女好きはお前をパーティに戻してくれたんじゃないか……な?」
「そうだよ! なんで俺はゴリラを具現化したんだ!? あっ……ゴリ子さん、ゴリ美さん。手の指をごきごき鳴らさないでください!?」
あやうく「可愛い女子を具現化すれば良かったんだー!」と叫びかけた。そんなことを口走っていたら、ゴリ子とゴリ美に殺されていただろう。
しかしながら、ブライアンは勘違いしている。具現化するための修行がどんなものかをわかっていないからこその発言だ。
ゴリラを1体具現化するのに、こちらはマウンテン・ゴリラの群れの中で2年半、生活したのだ。
これを女子相手にするならば、こういう過程になる。
最初は実際の女子を一日中いじくらねばならない。とにかく四六時中だ。
目をつぶって女子の触感を確認したり、何百回何千回と女子をスケッチしたり……。
ずーっとただ眺めてみたり、時に舐めてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり、女子で遊ぶ以外何もしてはいけない。
しばらくしたら毎晩女子の夢を見るようになって、その時点で実際の女子とは別れを告げねばならない。
女子は別れを惜しむだろう。しかし決して振り向いてはいけない。
そうすると今度は幻覚で女子が見えてくるようになるだろう。
さらに日が経つと幻覚の女子がリアルに感じられることになろう。
女子の重さも冷たさも肌が擦れあう音も聞こえてくる。
いつのまにか幻覚じゃなく自然と具現化した女子が自分の前に出現しているはずだ……。
ただの変質者だ! しがない陰キャの自分が犯罪行為をできるわけがない!
そんな自分を見てからか、戦士ブライアンが力なく笑っていた。焦りを感じた。しかし時すでに遅し。自分の具現化能力のキャパはゴリラ2体で埋まってしまっている。
「こんなのって……こんなのってないよぉ!」
「まあ、そんな気を落とすな。勇者マルスじゃなくても他の人物が拾ってくれるさ」
ブライアンがクイッと親指でルイージの酒場のカウンターを指差す。
するとそこにはうら若き美少女が仲間を募集していた。目鼻立ちが上品だ。彼女の顔は少女と大人の中間にいると思わせた。
銀髪をツインテールにし、それをぴょこぴょこと可愛らしく揺らしている。それだけでも抱きしめたくなってしまうほどだ。そうであるのに抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な身体。
その身体をお尻あたりまでのチェニック、膝までのキュロットパンツで隠している。自分が勇者マルスであるなら、速攻、ナンパしていてもおかしくはなかった。
だが、自分は違う。目が眩んでしまうような美少女を前にすると「ふひっ、でゅふっ」と不審者の呼吸をかましてしまう!
そうであるため、ここは
「すみません! 勇者の加護を受けたので、こちらの酒場で仲間を募ろうと思いまして」
「そうですか。
「そんなの困ります! 私は神様から命じられたのです! この世界にやがて訪れる闇の勢力と対抗するために仲間を集めろと!」
銀髪ツインテールの美少女がぴょんぴょんとツインテールを揺らしながら、受付嬢に詰め寄っていた。
どうやら新しい勇者様のようだ。神も残酷なことをしてくれる……と思わざるをえなかった。
なおも食い下がる美少女に対して、受付嬢がため息交じりに受け答えしていた。
「それでは……かつて他の勇者とともに旅をした人物たちがこの酒場にいます。そちらの方々が暇をもてあましてるので声をかけてみましょうか?」
「え……暇を持て余してる?」
「言い方を間違えました。日々、修練に励んでいる人たちです。けっして年がら年中、勇者に捨てられたことをぐちぐち言いながら、この酒場にたむろしているわけではありません」
受付嬢の言葉に肩身が狭くなってしまう。「あはは……」と同じテーブルについているブライアンと力なく笑い合う。
だが、受付嬢がこちらに向かって手招きしてきた。こちらは目を白黒させるしかなかった。
受付嬢に呼ばれ、魔法使いの自分、戦士ブライアン、男神官が呼び出された。各々に自己紹介を始める。
美少女の名前はベル・ラプソティであった。名は体を表すと言ってやりたいほどに彼女にお似合いの名前だった。
「初めまして。カインです。自分はゴリラを2体、具現化できます」
「ゴリラ!?」
「黒いのがゴリ子。白いのがゴリ美です」
「名前までつけてる!?」
自己紹介が終わった。次は戦士ブライアンの番となる。
「いやあ、嬢ちゃん。良かったな。俺は二刀流スキル持ちの戦士だ。二刀流っていってもバイのほうなんだがな?」
「あっはい」
ベルがブライアンの自己紹介を華麗にスルーした。自分も彼のこの自己紹介には辟易してしまう。
最後に神官クリフ・トーレスが自己紹介を行った。
「スキル:即死魔法持ちの神官DETH。得意なのは即死魔法連打でMPを枯渇させることDETH」
「……すみません。チェンジでお願いします。いえ、ひとりじゃなくて全員チェンジで」
「「「なんでーーー!?」」」
カインたちはすぐさま男としての矜持を捨てた。女勇者ベルに泣きつき「せめてお試しでも仲間に入れてくれ」と土下座する。
――土下座。それは古来より、相手に譲歩を促す必殺技だ。土下座をされた相手はたじたじとなり、相手の言い分を少しくらいは聞いてあげてもいいかな? という気分になってしまう。
新たな勇者パーティが結成されることになった!
女勇者ベルの下に魔法使い、戦士、神官が揃った!
なんともバランスが良いパーティだった。旅の道中、勇者ベルが困ることはそうそうないであろう。
しかし……ベルは首を傾げて、こちらのゴリ子とゴリ美をじっくりと見てきた。
「ひとつ思ったんですけど……ゴリラを具現化できるのなら戦士さんはいりませんよね?」
「待ってくれ! 俺様はゴリラになんて負けやしない!」
戦士ブライアンとゴリラ2体との戦いが始まってしまった。ブライアンは戦士の誇りを大層、傷つけられたのであろう。
顔を真っ赤にしながら、手にもつ2本の剣で華麗に剣舞を披露する。しかし、ゴリラにとって剣舞は意味をなさなかった。顔をキョトンとさせたゴリ子とゴリ美がお互いの顔を見合う。
次の瞬間、ゴリ子とゴリ美がブライアンに襲いかかかる!
「待ってくれーーー!? まだ戦いのゴングも鳴ってないだろぉ!?」
「うほうほ!」
「ウホウホ!」
「うぎゃぁああ!」
ブライアンはゴリラ2体に完膚なきまで叩きのめさせられた……。
「では代わりに商人さんを……」
「はい。商人のララ・ネーネさん。新人勇者様が仲間を募っておりまーす♪」
「えっ!? あたし!? この流れで戦士さんを追い出していいんです!?」
「はい! ゴリラに負けるような戦士はお払い箱でーす!」
いきなりメンバー交代がなされた……。このパーティの雲行きは当然のごとく怪しかった……。
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名前 :カイン・ゴレイヌ
年齢 :21
職業 :魔法使い
Lv :20
加護 :魔導士
スキル:具現化
ブラック・ゴリラ:ゴリ子
ホワイト・ゴリラ:ゴリ美
特記事項:具現化のキャパはゴリラ2体でいっぱいよー!
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