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銀槍の乙女の歌

1:1/オレと彼女の小さな接点

 弁当なんて、かわいい女の子が作ってくれるのが一番嬉しいに決まっている。


 主婦歴十八年を誇るお母様のガチンコ弁当より、争奪戦に勝ち抜いた勇者が手に入れる購買のソースメンチコッペより、正門前にあるデリカ松永の十五食限定最高級岩手短角牛たんかくぎゅう弁当より。


 つたなくたって塩辛くたって、かわいい女の子の手作り弁当が良いに決まってるのだ。


 理由はカンタン、だって男の子だから。


 証明終了。


 そんなわけで門叶とが遙希はるき高校一年十六歳、目下の悩みは、弁当を作ってくれる女の子がいないこと。


 妹さんはけなげにも立候補してくれますが……まあなんというか、この際数には入れないということで。


 ……とにかく現状、遙希のお昼事情はたいへんよろしくない。


 どれくらいよろしくないかというと、机の上の五百円玉をひっつかんで出かける毎日にはもう飽き飽きだよ! というくらい。


 つまりなんだ、彼女が欲しいのかい?


 はい、その通りです。


 とはいえ、そんなのが無理なことくらい、さすがの遙希も知っている。


 彼女というのはつまり人間だ。フラスコの中で熟成栽培される人造生命体でなければ、魂で恋するアンドロイドでも、異次元からおしかけてくる人外種族の自称妻であるはずもなく、当然のことながら、曲がり角の向こうで生産されて登校時に無尽蔵に送り出されてくるパンをくわえた生き物でもない。


 そう、相手は歴とした人格を持った個人で、だから向こうがこっちを好きになる理由もないのに、それが一足飛びに彼女になんてなってくれるはずもない。きっかけでも積み立てでもなんでもいい、理由がなければ女の子は彼女にクラスチェンジしてくれないのだ。


 で、自分ごときには、そんなのおこがましい願いだってのもわかってるわけで。


 だから妥協しよう。


 だからこの際贅沢は言うまい。


 お弁当作ってくれる彼女をくれとは口が裂けたって言うまい。だからそれが他人の彼女でも、だれかのおこぼれでも良いから、ただ弁当を作ってくれればいい。すなわちリア充気分だけ満喫できれば、それでOK。


 そう……たとえば、今こうしてとなりを歩いているかわいい幼なじみが、毎日それを用意してくれたなら、恋人でなくたって文句の一つもないわけだ。


「ないわけだが」


「ん? なに?」


 くだんの幼なじみは、くりくりとした丸い目を疑問いっぱいに見開くと、背伸びをして遙希の目をのぞき込んできた。快活さを絵に描いたようなショートヘアの彼女は、週末にオーロラの中で見た美少女と同じく、遙希の通う高校の女子制服に身を包んでいる。


 まあなんだ、似合う。


 で、その幼なじみは、顔を近づけてくるように身を乗り出し、 


「ナニかなナニかな?」


 と、問いかけてくる。


 無遠慮というか物怖ものおじしないというか。


 クラスの……いや学年でも人気者の部類に入る彼女だからこそ、きっと自分に自信があるからこそできるのだろう、そんなあけすけな態度に、


「おい、やめろって」


 と、遙希は戸惑い、情けないことに照れてそっぽを向くことしかできない。


「えー」


「えー、じゃないだろうよ。勘違いされる」


「なに勘違いって」


「つきあってるとか思われてみろ」


「いやなん?」


「当たり前だ、迷惑だろ」


「誰に?」


「おまえに」


 幼なじみは、うーん、と難しそうに眉をひそめまくって悩み顔。


「わたしに迷惑かぁ……」


 悩むまでもないだろうに、と遙希は幼なじみの横をさっさと通り過ぎ、先を急ぐ。


 そも、彼女と遙希では、住む世界が違うのだ。どこにでもいる目立たない雑魚男子生徒のひとりと、同じ学年にいれば、特に接触がなくてもうっすらくらいは知っている……同学年はおろか、上級生からも告白がひっきりなしの人気者。友人ができなくて寂しい悲しいと泣いていた中学の頃の彼女を知っている身としては、青春を謳歌おうかする彼女の今に入り込んで壊してしまうなんて、そんなことできるわけもないし、して良いはずもない。


 だから、駄目。


 だから、邪魔をしないと決めた。


 遙希がそんなことを考えていると知ってか知らずか、やがて幼なじみは、走って来て遙希の隣に並ぶ、


「そっか、わたしに迷惑じゃぁしょうがないなー。じゃああきらめてあげるよ」


 そうして鞄を抱きしめた格好で腕を組んだまま、うんうんとお許しをくださった。


「さんきゅー。ところでさ、つむぎ」


 幼なじみの名を呼ぶ。


「んー、あわわでいいのに」


 毎朝のお約束だ。いつまでも彼女のことを「つむぎ」としか呼ばない遙希に、こうして彼女はもっとフレンドリーに呼べー! と、要請をしてくるのだった。


 しかし、何度聞いても思うのだが、いくら本名が『発泡はっぽうつむぎ』とはいえ……。


「あわわ、は恥ずかしいよな」


「慣れたー。『あわわ』でも、『はっぽー』でも『ぽっぽ』でも、みんなに言われ続ければそんなもんかなーって思うようになるしねー」


「そうか。じゃあ、オレはつむぎにしとくわ……んでさ」


「んでさ、なに?」


背羽せわ先輩ってさ」


氷夜香ひよか先輩?」 


 ふたりともが知っている女生徒の名だった。


 校内随一、並ぶ者のいない栗色の髪の美少女にして優等生。


「そうそう、『背羽氷夜香せわひよか』先輩」


「うん、昨日見たよ? 本屋にいた」


「いまどき本屋? で、なにしてた?」


「本買ってた」


 あたりまえだ。


「いやさ、あの人って、つきあってる人いるのかなって思ってさ」


「いないと思うけど……なに? ハルキ、まさか背羽先輩狙い?」


「そんなわけねー。だいたいオレなんかが告っても相手にされないっての」


「だよねー。そこまで現実見えてないわけじゃないよねー。うんうん」


 あははー、と、つむぎはどことなく乾いた笑い声をあげた。


「……うるせ」


「ごめんごめんー。ていうかさハルキ美術部でしょ? 部活いっしょなのに、そっちのほうが詳しいんじゃないの?」


「バカ言うなよ」


 幼なじみの言葉を、自嘲じちょう込みで鼻で笑う。


「実質あっちとこっちは同じ名前の別の部だ。背羽先輩は美大志望組。で、こっちはお気楽に好きな絵を画いたりなんなら同人誌とか作ってる連中ばっかなのに、あっちには専用の顧問と専用の部室がついてるんだぜ? 通りがかりにちらっと顔を見ることはあっても、話したこともそれどころか名前呼ばれたこともねーって」


「ハルキ出てないしね」


「まったく帰宅部な。はじめの二日しか出てないわ」


「そっか。で、それだけ?」


「ああ、それだけ」


「ふーん……」


 つむぎは、くんくん、と子犬のように、ちいさな鼻をひくつかせて。


「これは嘘をついている臭いなんだぜ?」


「なんだよ、べつにやましいこと……」


「隠し事はやだ」


 にらみつけられて、降参と片手をあげる。そんなすねたような顔をされては、黙っているわけにもいくまい。


「金曜日に帰り道で会ってさ。すれ違ったらいきなり殺すって言われたヨ」


 なので、事実のみを端的に述べた。 


「は? なにそれハルキ、なんか恨まれるようなことでもしたの?」


「記憶にございません」


「だよねぇ」


「んで、なんだろうなってさ」


「うーん。それよりむしろ、わたし的にはあの背羽先輩が『殺す』なんて言葉を口にすることにびっくりだー」


「オレもだー」


「クールでかっこいい」


「え、殺されるのオレだよ?」


「そもそも本人だったの?」


「たぶん。でも別人かもしれん」


「別人じゃね? ねぇ?」


「だよなー」


 背羽氷夜香の話題は、それきりだった。そこからは益体やくたいのない世間話を重ねて、てくてく歩くこと十五分。やがてふたりは、トネリコの木が道を分かつ、いつもの公園脇の三叉路さんさろに到着する。


 遙希は左に、つむぎも左に。 


「おい」


 当たり前のように後ろをついて来ようとする幼なじみを呼ぶ。


 遙希は足を止めて右の道路を指さし。


「おまえはあっちで、オレはこっち」


 別々に登校する約束だろ、と。


「ばれたか」


 つむぎは漫画かアニメのような仕草で、舌を出して、てへぺろ、とばかりに頭をこつんとげんこで小突く。


「あのなー」


「はいはい。今や人気者となったこのわたしにヘンなウワザが立つとまずいんでしょ? わかってるって。んじゃがっこーで!」


 なにを言われるまでもなく、背を向けて右の道へと向かうつむぎ。そのさばさばとしたところこそが、皆にフレンドリーな印象をあたえるのだろうし、それが彼女を人気者にしているゆえんのひとつなのだろうと、その背中を見ながら思う。


 と、その背中が、くるり、とターンをして手を振った。


「じゃあねー!」


 叫ぶつむぎに手を振り返す。


 この後また学校で会うことになるのに、彼女はわざわざ大仰なのだ。


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