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第8話

日曜の夕食が終わり、夜になっても連絡はなかった。

氷丸こおりまるどころか父さまからもない。

ということは、父さまのところにも連絡が行ってないということだ。


絶望感に包まれ、私はぎょくの保管室に向かった。

悲しいとき、嬉しいとき、私は玉を見に行く。


ライエは嫌いだけど6つの玉は大好き。

ライエを継がないとなるとこの石たちとも縁が切れると思うと、それだけは心残りだ。

ひとつくらいもらっていきたいけど、それは無理っぽい。


1階のロビーを抜け、正面階段下に書庫兼保管室がある。

電子ロックを開け、そっと保管室に入り、保管庫のダイアルを回した。

このダイアル番号を知っているのは父さまと氷丸と私だけ。

中学に入ってダイアル番号を教えてもらったときはものすごく嬉しかった。


保管庫には天地てんち風雪ふうせつが入っている。


天地は家宝。誰も継承しないからずっと石のままだけど、風雪は次の継承者が決まればその人に合わせて作ったリングにはめられる。


この不思議な石たちに囲まれていると、悲しいときは慰められ、嬉しいときは幸せな気分がより大きくなる。


氷丸は私が玉を出しているといつもすごく怒った。

「遊びで出し入れするものじゃありませんよ」

怖い顔して、長時間説教されたこともあったっけ。

だから基本は氷丸に見つからないようにこっそり手にするんだけど、逆に困らせたいときはわざと持ち出す。この間の家出のときみたいに。


はた、と思い至った。

もう氷丸はいないのだから、玉を人質にして不機嫌アピールすることはできなんだ。

さすがに父さま相手にその手段は使えない。


その事実は私をより一層悲しくさせた。

あんなにうっとうしかった氷丸のお説教が恋しくなり、私は涙ぐんだ。


時計を見ると22時を過ぎている。

そろそろ父さまも帰ってくるだろう。

氷丸から連絡はなかったはずだから、さすがに今頃は慌てているに違いない。

昨日すぐに探せば居場所もわかったかもしれないのに……もう遅い。


私は途方に暮れた。いったいどうすればいいだろう。


探す? どうやって?


氷丸が行くところなんて想像もつかない。

この街以外に氷丸の行くところなんてないはずだ。

でも、氷丸ならまったく知らない土地でも平気で行ってしまう気もする。


私はポケットから氷丸を取り出して握りしめた。

氷丸が大切に大切にしている水色の石。


氷丸は12歳でこの石を継承した。

これは異例のことだったらしい。


7歳で父さまの目に留まってからわずか5年。

いくら優秀でも、普通襲名するのは若くても16~17歳。

天才と呼ばれた父さまも、炎丸ほむらまるを受け継いだのは14歳だった。

しかも、父さまはもともとライエの血筋の人間だったからすんなり襲名できたらしい。本人は関係ない、と激怒するけど。


ただ、氷丸の場合は特別な事情があった。

父さまが18歳のとき、ライエにゴタゴタがあったとかで、父さま以外の継承者がいなくなってしまったそうだ。


父さまは長いことひとりでライエを運営していた。

母と結婚してライエに婿入りし、ふと気がつくと40歳近くなり、ほかに継承者がいない。

焦ってエデュケイション中の氷丸を襲名させたというわけだ。


とはいってもその当時から氷丸はずば抜けて優秀で、稀代のギフテッドと言われていた。

いくら襲名を急いでも、能力の足りないものに玉を授けるようなことはしないということだ。


確かに氷丸はすごい。

非の打ち所がない。

父さまも「天才の上に努力家だからどうしようもない」と言っている。


父さまだって14歳で玉を授けられたわけだから、能力もあるし育ちもいい。

それだけプライドも高く、継承者選びのハードルも高かったらしい。


20数年間、数えきれないほどの学生にエデュケイションをしながらも、誰にも襲名させなかった。

自分より劣る、と思った人に襲名を許す気になれなかったそうだ。


だけど40歳を過ぎて12歳の氷丸に組み手で負け、継承を決意したそうだ。

周りからは「早すぎる」との声もあったそうだけど、自分より強いうえ、伸びしろしかないんだから早すぎもしないってわけだ。


父さまは第四代氷丸になった彼をライエに引き取って教え育てた。

継承者教育ってだけでなく、父親代わりに大切に可愛がって育てた。

氷丸が父さまに恩義を感じるのはわかるんだけど……


だからこそめったなことでライエを捨てたりしない。しないはず。と、父さまは思ってる。

でも、そんな甘えが氷丸はいやだったのかも。

大人になった氷丸に、仕事でも私のことでもなんでもお任せ状態なのが会話のはしばしに感じられるもの。


俺がこんなにがんばっているのに、炎丸様はちっとも大切に扱ってくれない。いつでも言いなりになると思ってなめている。なんでもかんでも俺に押し付けて、いい加減にしろ。

そう思っていたのかもしれない。


可哀そう。可哀そうな氷丸。

沸々と父さまに対する怒りがわいてくる。

なにもかも父さまが悪いんだ。絶対そうだ。



0時を過ぎたころ、父さまが帰ってきた。

もしかしたら、の期待はあっさり裏切られた。

父さまはひとりで、しかも機嫌が悪そうだった。

きっと氷丸が蒸発したからイライラしてるんだろう。


私は父さまを追って部屋に入った。

「なんだ? いつまで起きている。早く寝ろ!」

相変わらずカチンとくる言い方をする。


「氷丸、帰ってこなかったよ」

私は恨みを込め、低い声で言い放った。

「ああ」

「父さまのせいだからね」

「なに?」

父さまは寝室に向かいかけた足を止めて振り向いた。


「父さまが、父さまが氷丸に甘えっぱなしだから……大事にしてあげないから氷丸は行っちゃったんだよ。氷丸は父さまが大好きだったのに。父さまのばか!」

父さまは眉をひそめた。


「全部父さまのせいだからね!」

鼻の奥に熱いものがこみ上げてきた。泣くまいと思っていたけど、やっぱり泣いてしまいそうだ。


「なにを言っている、俺は出し抜かれたんだぞ。あいつめ、レイジの件もなにもかも俺に丸投げで休暇なんかとりやがって」

「……」

「確かにリサーチ・テストが終わったら休暇をやるとは言ったが……今はゴタゴタしているのにこっそり行きやがった」

「……休暇……」

「2週間だぞ、2週間。まったくなにがとてもきれいな海……」

最後まで聞いていられなかった。


「きゅ、休暇!? 休暇ってなによ! 氷丸は休暇を取ったって言うの!?」

「な、なんだ今更。知らなかったのか?」

私は必死で首を振った。知らない。私はなにも。

「あ……そういえば、昼間電話をかけてきたとき、姫様に黙って出てきたのでうまく言っといてくださいって言ってたな」

「な……! なんで早く教えてくれないのよ!」

「忘れてた」

わ……!


呆然として頭の中は真っ白。口の中はカラカラ。足がヘナヘナと崩れ落ちそう。

「仕方ないだろう、忙しくてそれどころじゃなかったんだ。なにしろゴタゴタ……」

最後まで聞いていられなかった。


「ばかばか! もう知らないっ」

叫んで私は部屋を走り出た。

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