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第4話 悪夢のダンスパーティー

雨は上がり、星が雲の隙間から覗いている。


パーティー会場には知った顔がずいぶんあって、みんな私たちを大歓迎してくれた。


主催者の挨拶や乾杯が終わると、ワルツが流れ始めた。


みんな最初は遠慮していたけど、所詮ダンス好きたちの集まり。

一組踊りだせばワラワラと出てくる。


私たちもワルツの輪に入った。


あきらかに周りのカップルよりうまい。おさらいの甲斐があった。


得意のスローフォックストロットが始まると、一層注目を浴びているのがわかる。


予定通り称賛の嵐。気持ちいい。


音楽がチャチャチャになったので、私たちは輪から抜けた。


いい気分で休憩スペースに落ち着く。

氷丸はボーイに飲み物を頼んでくれた。


氷丸が動きを止めるとワラワラと人が集まってくる。


いつものことだ。みんな氷丸と話がしたくて仕方がないのだ。


気にも留めなかったけど、今日はいつもと違っていた。


見たことのない偉そうなおじさんが、氷丸をどこかへ連れて行ってしまったのだ。


「すぐ戻ります」と言っていたくせに、5分経っても帰ってこない。


氷丸目当ての人は解散したけど、ひとりでぽつんと座っている私を見て、時々見覚えのある人が話しかけてくる。


「炎丸様はお元気ですか」「大きくなられましたね。おいくつになられたのですか」「素敵なコーディネートね。とってもお似合い」……


私はこういう話が苦手なのに。

大人の人と話すと、いつもとてつもなく緊張する。


心細くなって、泣きたい気分になってきた。


すると、同じダンス教室に通っているオノエ家の次男坊が声をかけてきた。


私は4歳年上のこの男が前から苦手だった。


教室はクラスが違うからほとんど会わないけど、たまに振替とかで会うこともある。

いつもなれなれしくて、うまく話もできない。


「久しぶりだね。氷丸様はどうしたの?」


「え……ちょっと」


「どうしたの? 気分でも悪い?」


「い、いえ。べつに」


「そう? あ、さっき踊ってるの見たよ。相変わらず上手だよね。僕はラテンの方が得意だけど、ユーナちゃんはラテンクラスとってる?」


私は首を振った。


「そっか、残念。ラテン楽しいよ。教えてあげるよ」


私は首を振った。


「そっか、残念。お、ヴェニーズワルツになったね」


「……」


「どう? スタンダードならいけるんでしょ?」


手を出され、私は青ざめた。


いやすぎる。


「氷丸様も帰ってこないしさ。踊りながら待とうよ」


私は首を……


強引に手を取られ、首を振ってはみたもののそのままフロアに連れていかれた。


あれよあれよと組まされ、踊ることに。


もう、本当に泣きたかった。


次男坊は下手ではないけれど、どうにも息が合わない。


リードが期待と違うし、ステップがラテン風味だし、背中に回された手がいつもと違うところで気持ち悪い。


早く終わってほしい。

それだけを願っていると、ふと気づいた。


あれ? 今、すれ違ったカップル……


氷丸だ!


私は目を疑った。


どういうこと?


知らない女と踊っている!


私をほったらかしにして、ラテン風味の男と踊らせておいて、自分は変な趣味の悪いドレスを着た女と踊っている!


私は必死で氷丸に視線を送った。


念を感じとったのか。

氷丸がこっちを向いて、私たちは目が合った。


するとなんと、氷丸は嬉しそうににっこり笑ったのだ。


許せない。

もう、本当に許さない。

一生許さない。


私は固く心に誓った。



なんとか曲が終わり、次男坊とさっきの休憩スペースに向かう。


次男坊はグイグイシャンパンを飲んでいる。


私は怒りと混乱で放心状態だった。


すると、氷丸がニコニコしながら近づいてきた。しかも変なドレスの女を連れて。


次男坊と氷丸はにこやかに挨拶をかわしている。

論文がどうの、ゼミがどうのと……そういえば同じ大学に通っていたっけ。


「ではユーナちゃん、失礼します。踊ってくれてありがとう。また教室でね」


私はうなずいた。


次男坊が去ると、変な女が氷丸の後ろから一歩出てきた。


「氷丸様、ユーナ様に紹介してくださる?」


ハッとした。


顔は笑っているけど間違いない。


この人から私に向かって、すさまじいマイナスパワーが発せられている。


「ああ……姫様、こちらはクオン・ミカ様。クオン家のご当主は炎丸様とご学友で、仕事でも付き合いがあるんですよ。私も大変お世話になっているんです」


「はじめまして。と言っても5年前に一度お会いしてますの。覚えていらっしゃらないかしら? 我が家で開いたガーデンパーティーにいらしたのですけれど」


もちろん覚えていなかった。


私は無言で首を振った。


この人怖い。


私は氷丸のそばへ行き、左腕にしがみついた。


「無理もないですよ。姫様まだ小さかったですからね」


氷丸が私の手をさする。


「ええ、本当に大きくなられて。16歳ですって? わたくし、11歳のユーナ様のイメージしかなかったものですから。あのころから氷丸様とユーナ様は本当の兄妹のようでしたものね」


恐怖がだんだん怒りに変わってきた。


私に向けられるこの理不尽な皮肉。


理由は簡単に察することができた。


この女は氷丸に気があるのだ。


私は次第にムッとしてきた。もちろん顔にも出ていたと思う。


それを、この女は嬉しそうに挑戦的な目で見ていた。


「ヴェニーズワルツはあまり調子が出なかったかしら? 氷丸様と踊られたときはとてもお上手だったのに」


「姫様は私が相手じゃないとだめなんですよ」


私たちの間の険悪な電流を感じたらしく、氷丸は取り繕うように私のフォローを始めた。


「でも氷丸様はどなたにも合わせられますのね。さきほども、わたくしが踊りやすいように巧みにリードしてくださって。わたくし、いつもよりずっとうまく踊れましたわ」


そう、私がみんなに褒められたのは私がうまいんじゃなくて、氷丸のおかげだって言いたいわけね。


「はは、ご謙遜を。ミカ様はどなたが相手でも変わらず素晴らしいですよ」


「そうかしら、確かめたいわ。ね、もう一曲お相手してくださらない?」


変な女は氷丸の右腕に手を回した。


「いや……まあ」


氷丸は困ったようにチラリと私を見た。


そんなこと、当然許せるはずがない。


私は氷丸の左腕をギュッと握った。


変な女は私をのぞき込み、微笑みかけた。


「よろしいでしょう? ユーナ様。いつも氷丸様をひとり占めなさっているのですもの。もう一曲だけお相手していただいても」


「……だ、だめ」


なんとか声を絞り出した。


場が凍り付いている。


氷丸は、するりと変な女の腕を外した。


「申し訳ありませんが」


姫様が、と言いたげな顔で変なドレスの女に苦笑している。


「まあ、残念だわ。それではあきらめます。ユーナ様がもう少し大人になられるまで待つことにいたしますわ」


「!」


血管が切れそうだった。


「ユーナ様、気分を害されたのならごめんなさい。でも、氷丸様はこういう場でも仕事上の付き合いというものがありますのよ。こんなことで目くじらを立てていたら、本部での氷丸様をご覧になったら大変。たくさんのきれいな女性に囲まれてお仕事なさっているのですもの。気が進まなくても、女性の相手をしなければいけないときもありますわ。もう少し、大きな心で氷丸様のご苦労を理解して差し上げなければ……ね?」


次第に力が入ってきた。


氷丸はきっと、貼りついたような笑顔で固まっているに違いない。


「ではユーナ様、ごきげんよう。氷丸様、それでは来週に」


変な女は、しゃなりしゃなりと腰を振って遠ざかって行った。


もう、泣きそうだった。

怒りと悔しさで顔から火が吹き出しそうだった。


私は唇をかみしめ、氷丸の腕を思い切りつねった。


予想していたらしく、氷丸は腕に力を入れて私の攻撃に耐えていた。




帰りのハイヤーの中で、私は泣きながら氷丸を責めてたてた。


私をほったらかしにしたこと、次男坊から助け出さなかったこと、変な女と踊っていたこと、そしてその女に私を引き合わせたこと。


すべてが許せなかった。


「なんで、なんで私があんなこと言われなくちゃいけないの! なんであんな知らない人にばかにされなくちゃならないのよ!」


泣きながら氷丸をボカスカ殴った。


氷丸は防御しながら「すみません」を繰り返した。


「謝ったって許さない! なんで、なんであの女を連れてきたのよ! 人のこと子供扱いして! ばかにして! 自分だってあんな趣味の悪いドレス着てるくせに!」


「ひ、姫様、もう少し声を落として」


「わざとよ、わざと私の前で氷丸にベタベタして! 大きな心で、なんて……なんであの人にそんなこと言われなきゃいけないのよ! なんであの人に!」


「落ち着いてください、お願いですから」


落ち着いてなんかいられなかった。


私は泣きながら氷丸を殴り続けた。


「今日は本当に俺が悪かったです。すみません、本当に。いい子だから泣き止んでください。ほら、運転手の方が驚いていますよ」


悔しくて悔しくてどうしたらいいかわからなかった。


氷丸の胸で私は泣き続けた。

氷丸は優しく背中をさすっていた。


家に着くと私は階段を駆け上り、自分の部屋へ向かった。


背後からなにか言ってるけどすべて無視した。



私は心に誓った。


人の心がわからないロボット氷丸を、一生許さないと。




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