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第4話 秘書選抜

駆け足で今年のリサーチ・テストが終了した。


これといって気になる学生がいなかったこともあり、Aランクの5人全員一次面接で終了。

炎丸様に報告した。


「まあ、今年は手抜きでもかまわん」


いや、べつに手を抜いたわけじゃないが。


炎丸様は8月末に退院し、リフォームが済んだ執務室で仕事を始めている。


以前のように精力的に動けはしないが、その厳しい仕事ぶりは相変わらずで俺をホッとさせた。


あとは姫様の誕生日をつつがなく終えれば、9月の大仕事は終了だ。

今年はなにを贈ろうか。去年のように散財させられるのはちょっと……


「それより秘書の件はどうなっている」


「え?」


「ミズキの定年まで2年無いぞ。本部にお前しかいない以上、秘書の役割はますます重くなる。最初に選んだ秘書が使えると決まったわけじゃないんだ。どんどん試して選抜しろ」


俺はため息をついた。


「ミズキさんに定年を伸ばしてもらえないでしょうか」


「散々打診してるが、あのババア、うんと言いやがらない。まったく、この俺が頭を下げたっていうのに」


「ほう。頭を下げてまでお願いしていらしたとは」


「長年その日を夢見て勤めてきて、今さらゴールを変えられないと言うんだ。まあ、多少体にガタも来ているようだな。フルタイムじゃなくても、と妥協してやってもにべもない。やりたいことが山積みだそうだ」


「そうですか。仕方ありませんが、炎丸様とは長い付き合いですから……寂しくなりますね」


「ふん。俺が鼻ったれのころから勤めていたからな。あのころは風丸様も氷丸様も雪丸様もいて、本部は賑やかだった」


「継承者がフルでそろうとは、恐ろしい気もします」


「ミズキは秘書なんてもんじゃなくて、雑用係としてバイトに入った大学生だった。それがひとり減り、ふたり減り、気づけば俺の片腕となってライエを切り盛りするまでになった。感謝してもしきれん。退職金は弾むつもりだ」


俺はうなずいた。


「できれば同じように、若いうちから長く勤められる人材がいい。継承者になにかあっても、しっかりした秘書がいればライエを支えてくれる。秘書の経験は問わんし、能力は実務経験で補える。人柄で選べ」


「善処します」


人柄か。それが一番難しいのだが。


次から次へと振ってくる大仕事に、俺は頭が痛くなってきた。




リョータのエデュケイションをしながら、俺は秘書の選抜に取り掛かった。


正式な契約は来年4月から締結するが、ひとまずその前に3か月試用期間を設ける。

複数人雇ってみて、良ければそのまま複数人雇い、今一つな人材は切る。


その流れで炎丸様に報告すると「試用期間は派遣で雇えばいい」とのこと。


なるほど。10年ほど前に労働者派遣法が施行され、秘書は特定の専門職種に入っている。


直接雇用で雇うよりなにかと手間がない。さすが炎丸様だ。


条件厳しく数社の派遣会社に秘書の募集をかけたところ、1か月で13人集まった。

さらに絞るかどうか微妙なラインだが、結局全員面接することにした。


会ってみないと人柄は分からない。

履歴書では見抜けない良い人材を見落とさないため、俺もがんばるしかないだろう。




11月から年末にかけて面接を重ね、俺は3人に合格を出した。

39歳の女性、28歳の女性、26歳の男性だ。


年明けから3か月、まずは試用期間だ。

教育はほぼミズキに任せることになるが、ノータッチというわけにもいかない。忙しくなる。


だが、炎丸様は男性秘書に難色を示した。


「なぜです。なかなか優秀な青年ですよ」


「俺も昔、若い男の秘書を雇ったことがある。だが、だんだん生意気になってきて結局切った」


「そんなことがあったんですか」


「まあ、だから男が絶対だめだというわけじゃないが……女の秘書は絶対必要だ」


「そうですか?」


「やはり身内に女がひとりはいるべきだ。リサーチ・テストでも女の子が年々増えているだろう。なにかあったとき、どうしても女の手が必要なこともある」


「なるほど。たしかに」


さすがの慧眼だ。


「炎丸様は女子のエデュケイションは気が進まないのだと思っていました。でも考えてくださっていたのですね」


「気乗りはせん。だが、世の中には優秀な女子がいることもわかっている。俺の気分で落とすには惜しい人材も出てくるかもしれん」


俺はうなずいた。


「楽しみですね」


「面倒ごとしか見えないがな」


炎丸様がため息をついたので、俺は笑った。


いつか、女性が玉を継承する日がくるだろうか。


ライエの未来が続いていくならば、きっとそんな日も来るだろう。


俺が氷丸をつけている間に、そんな日をみてみたいものだ。



*****


年が明け、3人の秘書見習いたちが働き始めた。

俺が厳選しただけあって、3人ともいい感じだ。


特に39歳女性がいい。

学歴や実務能力はさほどでもないが、18年の秘書経験があり、よく気が利いてつつましい。

ミズキさんも彼女が一番お気に入りのようだ。


26歳男性も悪くない。

3年ほど秘書経験があり、セクレタリー・ワークに面白みを感じて派遣登録したそうだ。

明るくまっすぐな性格で、なんとなくリョータと雰囲気が似ている。


28歳女性は華麗なキャリアの持ち主だ。

大手企業数社で多くの職種を経験し、3か国語に堪能。ITの知識、経験も豊富。

そして美人だ。


この調子なら3人とも雇ってもいい。

俺はホクホクしながら業務割り振りの構想を練り始めた。


うまく育ってくれれば、俺の大学院復帰も案外早くに叶うかもしれない。




そして2月。

ふたりの秘書見習いが去って行った。


まず39歳女性が妊娠。

体調も悪く、契約終了した。

既婚ではあったが、年齢的にもう出産はないものと……いや、めでたいことだ。

本人も「もう諦めていたんですが、思いがけず。万全を期したいんです」とのこと。


残念だが、快く送り出した。


その後、26歳男性が契約終了した。

どうやら28歳女性に好意を抱いてしまったらしく、公私混同がエスカレートしていき、仕事に支障をきたすようになったのだ。


なおかつ、彼女の帰宅時に後をつけたりといったつきまとい事例まで発生した。

困った女性から勤務時間をずらす相談などを受け、注意勧告したが改まらない。


最近こういったつきまといなどが、ストーカーといって社会問題となっている。


こちらとしても従業員保護の観点から警察に相談せざるを得なかった。


退職勧告の準備をしていたところ、本人から辞めるとの申し出。

幸い、警察沙汰になって以降、つきまとい行為はなくなったということでこちらも一安心。


うまくいかないものだ。


結局、残ったのは一番評価の低かった28歳の美女。


マリ・ヒロコだけだった。


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