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魔王のぼっち勇者育成録
魔王のぼっち勇者育成録
浦賀やまみち
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年06月27日
公開日
14.6万字
連載中
魔王は勇者を倒して、1000年王国を築いた。 ところが、魔王はひょんな事から1000年前の始まりの地へと戻る。 そして、再び出会う魔王と勇者。運命がそうさせたのか、嘗てより早すぎる出会い。 だが、1000年の時は永すぎた。魔王は心に刻みつけた筈の勇者をすっかり忘れていた。 一方、勇者は魔王と初対面。2人はお互いが嘗ての宿敵と知らず、旅を重ねてゆく。 その旅路の果て、別れが待っていると知らずに……。

序章

分岐する世界




 二つの山脈が北東から南西へほぼ平行して連なる谷間にあるブランズウィック荒野。

 今日、この時、この瞬間。岩と砂しかない不毛な荒野に約100万の戦士達が集っていた。

 東に赤い軍旗を風に靡かすのは、このパンゲーニア大陸中央の雄『インランド帝国』の軍勢。その兵力は約60万。

 西に青い軍旗を風に靡かすのは、このパンゲーニア大陸西部の盟主『ラバマ連合国』の軍勢。その兵力は約40万。


「突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 どちらが先に叫んだのか、それを合図にして、両軍の軍楽隊は勇ましい曲を奏でて、戦士達を鼓舞。突撃ラッパの音色が谷間に響き渡って木霊する。

 大地を揺るがす様な雄叫びが上がり、約100万の軍靴が土埃を撒き散らす。赤い鶴は羽を大きく広げて、青い矢は鶴を討たんと突き進み、剣戟の音色を打ち鳴らす。




 ******




「間違っている……。こんなの間違っています!」


 戦場を一望する事が出来る崖の上、4人の男女が居た。

 その内の1人、ハーフプレートに身を包んだ眼鏡の少女は崖の先に立ち、茫然と見開いた目を震わせていた。


「いいや、間違っていない。例え、きっかけはどんなに下らなくとも、今や両国にとっては大義名分がある。

 だったら、それが正義だ。有史以来、人間はそうやって歴史を作ってきた。なら、これも人間が前に進む為の通過儀礼に過ぎない」


 そんな少女を鼻で笑い、貴族風の衣装を身に纏う青年が首を左右にやれやれと振る。

 わざわざ身長大の岩の上に腕を組んで立ち、戦場と共に他の3人を見下ろす姿は尊大。


「でも、だからって……。」

「お前のソレは下らない感傷、単なる偽善だ。

 もし、止めたとしても、誰も感謝はせん。それくらい両国の溝は深まっている。

 そう、抜かれた剣が血に濡れずして鞘へ収まらない様にあの赤と青の軍旗は血を望んでいるんだよ」

「そんな……。」

「そもそもだ。間違っていると言うなら、お前の大義をまず示せ。それすら見せずして嘆くなど、ただの駄々に過ぎんわ」


 少女は納得が出来なかった。その瞳に正義感を燃やして、青年を見あげながら何度も言い募る。

 しかし、その度に青年が正論を先んじて列べて潰し、とうとう少女は青年と目を合わせているのが辛くなって俯いてしまう。


「はいはい、そこまでニャー。いつもながら、**ニャンのツンデレぶりにも困ったものニャー」

「敢えて突き放す事もまた、愛……。拙僧は猛烈に感動を致しました」


 そんな少女を不憫に思ってか、カンフー着姿の獣人の娘がニヤニヤと笑いながら拍手を三度打ち、2人の会話に割って入る。

 その意見に同意して、黒い僧衣の大男が頻りにウンウンと頷く。


「う、五月蠅い! お、お前等は黙っていろ!」

「えっ!? えっ!? えっ!?」


 たちまち青年は顔を紅く染めて焦り、自分と少女の間に居る左右の2人を何度も勢い良く指さす。

 ところが、もう1人の肝心の少女は何も解っていなかった。右の人差し指を顎に当てて、視線を3人へ不思議そうに漂わせているだけ。


「切ないニャー……。これまた、**ニャンの鈍感ぶりにも困ったものニャー」

「耐える事もまた、愛……。拙僧は猛烈に同情を致します」


 そんな少女に呆れてか、獣人の娘が溜息を深々と漏らしながら肩を竦める。

 その意見に同意して、大男が頻りにウンウンと頷く。


「ふ、ふん! だ、黙れと言った!

 と、とにかくだ! お、お前1人が行ったところでどうにもならん! ひ、人を動かしたいのなら、それ相応の対価を示せと言っているんだ!」


 青年は二対の哀れみが籠もった眼差しを向けられ、たまらず鼻を鳴らして吹き飛ばすと、もう言葉を飾るのは止めて、少女を勢い良くビシッと指さした。

 だが、その真意を受け取り、一旦は大きく見開いた目を輝かせるが、すぐに少女は目を伏して再び俯く。


「……解りません」

「あん?」

「大義なんて、難しい事……。私には解りません。でも、やっぱり間違っていると思います」

「ちっ!? あのな……。」


 挙げ句の果て、蚊が鳴く様な小さな呟きで告げられた言葉は前言と何も変わらぬものだった。

 しかし、青年が苛立ちを露わに舌打ちを鳴らして、一呼吸の間を置き、改めて説教を重ねようとしたその時。


「でも、気に入らないんです! とにかく、気に入らないんです!

 だから、私は止めたい! ただ、それだけです! それ以上でも、それ以下でも有りません!」


 少女は顔を弾かれる様に上げると、青年の目を真っ直ぐに見据え、胸を右掌で叩きながら高らかに吠えた。

 その理由になっていない理由をどう思ったのか、青年と獣人の娘と大男は三者同様に茫然と目を見開き、大口もポカーンと開け放つ。

 沈黙が辺りに漂い、少女は3人のまじまじとした視線に気圧されて一歩後退る。


「無理にとは言いません。だから……。

 いえ……。いえ、お願いします! 是非、皆さんの力を私に貸して下さい!」


 もう一歩後退ろうとするが、少女はこれではいけないと頷き、逆に一歩前進。

 その勢いを利用しながら自分自身を勇気付け、3人へ向かって頭を下げた。その際、ポニーテールにしている長い髪がピョコリと跳ねる。


「当然ニャー。**ニャンはニャーの友達ニャー。だったら、友達が困っているのを見捨てなんかしないニャー」

「今、己が道を切り拓かんとする勇者よ。何なりと御命令を」


 最初に少女の意志に応えたのは獣人の娘。数度、胸の前で左掌を右拳で叩いた後、親指を立てた右拳を少女へ向けて笑う。

 次に少女の意志に応えたのは大男。左手を腰に当てて、右拳を大地へ突きながら片跪き、その頭を恭しく少女へ垂れる。


「***さん! ****さん!」


 少女は嬉しそうに表情を目一杯に輝かすが、最も頼りにしている青年が何も応えない。

 思わず縋る様な視線を向けると、青年は開いた右手で覆った顔を俯かせながら肩を小刻みに震わせていた。


「ぷっ!? くっくっくっ……。あ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!?」

「……*、*****さん?」


 やがて、たまらず吹き出すと共に顔を上げて、喉の奥が見えるくらいに大笑い。

 その上、膝を軽く曲げて、身体を大きく仰け反らせながら天を仰いで笑い、少女は木霊する狂気じみた笑い声に茫然と顔を引きつらせる。


「ただ、気に入らないと来たか!

 良い! 実に良いぞ! 単なる私情を2つの大国と列べるとはな!

 だが、悪くない! 所詮、大義など大いなる私情よ! 勝者が後からでっち上げた戯言よ!

 くっくっくっ……。気に入らない! 大いに結構! 実にお前らしい答えじゃないか! 闇と欲望の祝福を受けるお前に相応しい大義だ!」


 だが、少女は知る。露わとなった青年の愉快そうな表情に100万の軍勢に勝る援軍を得た事を。

 だから、突き付けられた青年の人差し指に応える。声高らかに大きく頷き、眩いばかりに輝く黄金の剣を鞘から抜き放って。


「ならば、足掻いてみせろ! 歴史を変えてやるとな!」 

「はい!」


 味方の数はたったの4人。100万の軍勢に対して、その兵力差は25万倍。少女を歴史の表舞台へ挙げる戦いが今ここに幕を上げる。




 ******




「何だ、これは……。」


 いつの間にそうなっていたのか。

 つい先ほどまで何処までも蒼穹が広がっていた天空が曇天に包み、戦場全体が薄暗闇に覆われていた。

 その闇は急速に深まってゆき、両軍が何事かと剣戟の音色を自然と止め、誰もが空を見あげた時にそれは起こった。


「な、何だ! こ、これは!」


 身も、心も寒気を覚える一陣の冷たい風が荒野に吹き、この世ならざる者達が姿を続々と現す。

 白く淡い光の尾を描きながら宙を舞い、気ままに現れたり、消えたりを繰り返すゴースト。

 大地を割って現れ、各々が持つ武器を掲げながら生前の怨嗟を叫んでいるのか、顎骨をカタカタと鳴らすスケルトン。

 闇の中から蹄の音が聞こえたと思ったら、嘶く骨の騎馬が現れ、その手綱を引き絞って骨の騎馬を落ち着かせる首無しの黒騎士。

 それこそ、今先ほどまで勇猛果敢に戦って散り、無惨な屍となった筈の両軍の兵士達も虚ろな生を得て、ゾンビとなって立ち上がっていた。


「な、何なんだっ!? こ、これはああああああああああっ!?」


 自身の精神を保つ為、似た様な驚き声が戦場の彼方此方であがる。

 俗にアンデットと呼ばれている者達が100万の軍勢へ向かって行進を始め、それはまるで七大教会の各聖典に共通して語られている終末の日を見ているかの様な光景だった。




 ******




「のじゃっ!?」

「ブモモっ!?」

「なんと……。」


 4人が居た南側の山脈とは正反対の位置にある北側の山脈の崖の上、そこにも別の4人の男女が居た。

 その内の3人は100万の生者と100万の死者が埋め尽くす眼下の圧倒的な光景に息を飲むしかなかった。


「ほう、変わるか。歴史が……。」


 だが、もう1人は違った。

 顔の半分を仮面で隠している為、その表情は解らないが、腕を組みながら右手で支え持つ顎をさすり、愉快で愉快で堪らないと言った様子で口元を緩めていた。


「****! いきなり妾をここへ連れてきたと思ったら、これは何じゃ!

 何を知っている! 知っているなら疾く答えよ! 何故、父上にしか成せない筈の秘術をあの男が成せる!」


 その余裕ぶりが癪に触り、黒いゴスロリを身に纏った幼女が仮面の男を指さして叫ぶ。

 それに合わせて、幼女の左右に控える大猪と老執事が無礼な返答は許さないと言わんばかりに殺気立つ。


「ふっ……。そうだな。一つ、物語を語ろうか」

「何ぃっ!?」

「そう、私にとっては過去の物語だが……。もしかしたら、君達にとっては未来の物語かも知れない」


 しかし、仮面の男は三者の剣幕を鼻で笑い、何処吹く風。

 辺りをキョロキョロと見渡して、近くの手頃な岩へ足を組んで腰掛けると、眼下の戦場を眺めながら語り出した。



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