「わっはっはっ! 愉快なのじゃ! 愉快なのじゃ!」
エリザベートは足の届かない豪華な椅子に足を組んで座り、ご機嫌な高笑いをあげていた。
なにしろ、あの空から落ちてきた日から、今日までの2ヶ月間。連戦に連勝を重ねて、8つのゴブリン族と11つのコボルト族を支配下に収めて、東西南北が100キロにも及ぶ広大なパプース荒野を統一。
その軍団を率いて、パープス荒野周辺の人間達の村を次々と襲い、5つ目の村を陥落させる事に成功していた。
「ゴブゴブ!」
「コボコボ!」
日々の糧を奪い合いするほどに飢えていたゴブリン達やコボルト達にとって、エリザベートは正に救世主である。
エリザベートが吸血鬼故に今の時刻は深夜だと言うにも関わらず、エリザベート大帝国本拠地の街は拍手喝采の嵐。
今夜も勝利をもぎ取り、凱旋して帰ってきた偉大すぎる首領の顔を一目見ようと沿道に詰めかけ、子供から老人まで全てがエリザベートを讃えて叫び、祝いの腹太鼓を打ち鳴らす。
エリザベートに付き従い、戦いに赴いていた各部族の猛者達は鼻高々。メス達から黄色い声を浴びせられ、思わず顔をにやけさせる。
「おいおい、何だよ。この数……。」
「嫌よ、嫌よ……。死にたくない、死にたくない」
「どうなっちまうんだ? 俺達はよぉ~~……。」
だが、エリザベートを先頭に食料などの戦利品、各部隊の猛者達と行進が続き、最後尾を付き従う人間達にとって、それは恐怖と怯えでしかなかった。
捕まった時は絶望を感じながらも魔物を率いているエリザベートが理知的だった為、そう酷い事にはなるまいと高を括っていたが、それはとんでもない幻想だった。
今現在、向かっている先に見える湖の畔にある古びた砦。恐らく、人間が過去に作り、用済みとなって放棄しただろうソレだけはマトモだが、街に建ち並ぶ家々は木の枝や藁、土で出来た掘っ建て小屋。
文明や文化というモノがまるで感じられず、奴隷として働かされるのは解っていたが、土を耕すにしても、岩を掘るにしても、水を汲むにしても、道具が存在するのかすら怪しい。
「なあ、アレって……。」
「な゛っ!? ……俺達は家畜って事か?」
「……嘘よね?」
それこそ、初めて見た時、ああはなりたくないと感じた馬車ならぬ、人車。
先頭を行くエリザベートが乗るソレは馬の代わりに全裸の男が8人で引いているのだが、その役目ですら上等に見えてしまい、自分達の未来に希望がこれっぽっちも見出せない。
しかし、今更ながら逃げ出そうにも両手首は縄できつく縛られて、その先は屈強なゴブリン達が持っている。そもそも周囲の魔物達の数は千どころか、万を軽く超えており、とても逃げられるとは思えなかった。
だからこそ、考えずにはいられない。魔物達が村へ攻めてきた時、幾人かの男達が勇敢に戦って逝ったが、今の自分達と彼等のどちらが幸せなのだろうかと考えざるを得なかった。
「わっはっはっ! 皆の者、今宵は宴じゃ! 飲めや、食えやの大騒ぎじゃ!」
つまり、人間の彼等、彼女等が怯えれば怯えるほど、エリザベートは絶好調。
御者のゴブリンが馬役の人間達を鞭で叩くその音を笑顔でウンウンと頷き、沿道の声援に手を振って応えながら幸せな一時に浸る。
******
「エリー!」
「父上!」
100万を超える魔物達の軍団をお互いに率い、とある平原で久しぶりの再会を果たした魔王とエリザベート。
その姿が見えた瞬間。2人は名前を呼び合い、競い合う様に全力で走り、その距離をゼロにするときつく抱き合った。
「全く! このお転婆娘め!
私がどれほど心配した事か! お前を探す為、つい人間の国を6つも滅ぼしてしまったわ!」
魔王は骸の王。残念ながら、その表情は骸骨な為に判断し難い。
しかし、普段は何に対しても興味を示さず、いつも気怠そうにしている魔王が今は声を明らかに弾ませていた。
「さすが、父上で御座います! ですが、妾も負けては御座いませんぞ!
あれをご覧下さい! 見渡す限りが父上の土地! あの者共も全てが父上の部下に御座います!」
もちろん、エリザベートは満面の笑顔。
本音を言ったら、顔を魔王の胸に埋めたいところではあるが、まだ幼女でしかないエリザベートは背が届かない。
それ故、黒いローブ下の肋骨でゴツゴツした魔王のお腹に顔を埋め、ここは私だけの場所だと主張するかの様に擦り付けて、自分の匂いも擦り付ける。
「おお、エリーよ! さすが、我が娘だ!」
「えへへ……。」
そんなエリザベートの頭を愛おしそうに優しく撫でる魔王。
たちまちエリザベートはご満悦となり、顔の表情を嬉しそうにふにゃふにゃと緩めまくり。
「だが、私の許しを得ずに魔王城を飛び出して、私を心配させた罪は重い!
そして、信賞必罰は組織の常! 我が娘とは言え、それは例外では無い! よって……。」
「……ち、父上?」
だが、それも束の間。不意に魔王が口調を厳しいものへと変え、おどろおどろしい黒い靄を全身から立ち上らせる。
エリザベートは嫌な予感を覚えて後退ろうとするが、その時既に遅し。抱き合っていた体勢から魔王の左脇に抱え上げられてしまう。
「お尻ペンペンの刑だぁぁ~~~っ!?」
「や、止めて下さい! ぶ、部下達が見ています!」
挙げ句の果て、黒いゴスロリのスカートが捲り上げられた上に白いドロワーズを下げられ、白昼堂々とプリプリの白いお尻を強制披露。
当然、エリザベートは全身をイヤイヤと懸命にばたつかせて抵抗するが、魔王はビクともせず、その骨の右手を大きく振り上げた。
「そぉ~~れ……。ひとぉぉ~~~つ!」
「ぴぎゃーーーっ!?」
200万の軍勢が固唾を飲んで見守る中、肉を叩く音が響くと共にエリザベートの悲鳴があがる。
******
「えへへ……。父上、お許し下さい。
駄目なエリーを……。駄目なエリーをもっと叩いて下さい。えへっ、えへへ……。」
実を言うと、見た目は幼女でありながら、魔王限定でちょっとイケナイ趣味を持つエリザベート。
自分自身で膨らませた妄想に顔をだらしくなく緩めながら涎を垂らして、火照る身体の疼きに堪らず腰を左右にクネクネと捩らせる。
「ゴブ! ゴブブブ!」
「コボコボ! コボ!」
だが、エリザベートの幸せは長く続かなかった。
ゴブリン達やコボルト達が何やら騒いでいると思ったら、当然の爆発音。
それも単発ではなく、連発して鳴り響き、慌ててエリザベートが我に帰ると、街の掘っ建て小屋が次々と吹き飛ばされていた。
しかも、素材が素材だけに炎を瞬く間に広げて燃え盛り、闇夜を夕方の様に真っ赤に照らして、ゴブリン達やコボルト達は炎から逃れんと右往左往。
「ええい! 狼狽えるでない!
妾が居る! いつも通り、隊列を組んで応戦せよ!」
エリザベートは椅子の上に立ち上がり、あらん限りの声で混乱を鎮めようと渇を飛ばす。
しかし、所詮は雑魚御三家と呼ばれるゴブリンやコボルト。ますます混乱は広がってゆくばかりであり、同士討ちの殴り合いを始める者達すら現れる始末。
「ちっ……。役に立たぬ者達め! こうなったら妾の力を見せてやる!
四季を司る風よ! 天の戒めを解き放ち、我は汝を翼として共に踊る! エアロウイング!」
エリザベートは不甲斐なさ過ぎる味方達に舌打ち、飛行魔術の呪文を唱える。
敵を上空から魔法で狙い撃ち、その絶大な強さを見せ付ける事によって、烏合の衆と成り下がった味方達の混乱を鎮める作戦である。
だが、椅子を蹴って、天高く舞い上がり、エリザベートは吸血鬼の特性である暗闇を見通す目を茫然と見開いて固まった。
「全軍、突撃ぃぃぃぃぃいっ!?」
パプース荒野に響き渡る突撃ラッパの音色。
その音に釣られて南の方角を見ると、土煙を舞い上がらせて、こちらへ攻めてくるその人数は百人や、千人では無かった。
三部隊に分かれて、先頭は矢の様に疾走する騎馬隊、次は装備がばらばらの歩兵団、最後は足並みを完全に揃えた槍兵団。その兵力はざっと見積もっても万は軽く超えており、大軍団と呼べる人数だった。
そう、エリザベートは派手にやりすぎたのである。人間の村を短期間に5つも立て続けに襲えば、さすがに気付かれない筈が無く、人間達が黙っている筈も無かった。
しかも、そろそろ周期的に魔王が出現するのではないかと噂されている昨今。人間達の警戒心は強く、パプース荒野を縦断する街道の行き交いが途切れ、ある村が壊滅したとの報告が伝わると、冒険者ギルドは即座に動いた。
そして、何十人という一流のスカウトがパプース荒野へ投入され、今までバラバラで勢力争いすらしていたゴブリン達やコボルト達が一丸となり、大勢力を形成していると知るや否や、冒険者ギルドは国家災害級の警報を発令した。
つまり、エリザベート大帝国の本拠地に攻め込んできたのは、パプース荒野を領土に持つリゾナ王国の国軍と超一流と言われるAランク冒険者達を筆頭とする冒険者軍団であった。
「あやつ等は何処に目を付けとるんじゃ! 幾ら夜とは言え、誰も気付かなかったと言うのか!」
エリザベートは怒りを通り越して呆れ、思わず怒鳴らずにはいられなかった。
ここ、パプース荒野は雨が極端に降らず、土はひび割れた赤茶の大地。植物や木が育ち、森を成しているのはここの砦があるオアシスの北側のみ。
基本的に東西南北が見通せる大平原であり、円柱状の小高い岩山が所々に存在するが、朝夕は陽が地平線に見えるほど起伏はほぼ無い。
即ち、姿を隠す場所は無いと言っても過言で無いにも関わらず、これだけの大兵力に接近されるまで気付かなかったのだから、エリザベートの疑問と苛立ちは当然のもの。
「あれだ! 狙え! 情報にあった吸血鬼だ! あいつを倒せば、勝ったも同然だ!」
「にょっ!?」
しかし、炎が燃え上がる上空にて、怒鳴ったのは致命的な間違いだった。
その存在が目立ち、格好の的となってしまい、魔術師達から一斉砲撃を浴びせられて、何百という火球が、氷塊が、風の刃が、電撃が、土礫が、光線がエリザベートを目がけて襲う。
例え、その一つ、一つが取るに足らない攻撃だとしても、これだけ膨大な数ともなれば、不死身の吸血鬼とは言えども只で済む筈が無い。下手したら、完全な塵と化して、復活するのに十年単位の時が必要となるかも知れない。
エリザベートが思わず両手を顔の前に翳して、恐怖のあまり身を竦めた次の瞬間だった。
「おっとっ!?」
「……ほぇ?」
突如、布がバサリと翻る音と共にエリザベートの目の前に壁が立ち塞がった。
その結果、何百というエネルギーの弾は壁に着弾する寸前、その悉くを弾き反らされて周囲へと散り、幾つかは直下にある街へ着弾。壊滅的なダメージを次々と与えてゆく。
だが、エリザベートは完全な無傷。何が起こったのかと顔の前に翳した両手を怖ず怖ずと下ろしてみると、目の前に謎の男が両手を左右に大きく広げながら背を向けて立っていた。
「やあ、小さなレディ。余計なお世話だったかな?」
すると見計らったかの様に顔だけをエリザベートに振り向かせる謎の男。
但し、その白すぎる肌は同族である吸血鬼を連想させたが、その顔は目元が黒いマスクによって隠されていた。
しかし、今も何百というエネルギーの弾を受けながらも浮かべる口元の涼しい笑みが印象的であり、エリザベートは目を奪われてしまう。
「な、何者じゃ? ……お、お主?」
おまけに吊り橋効果が発動したのか、胸をキュンキュンと高鳴らせるエリザベート。
今まで魔王以外の男に興味どころか、目もくれなかった筈が、心の中で密かに『父上の次に格好良いかも知れない』と呟き、初めて男に興味を覚える。
「私の名前はナルサス。君と同じ吸血鬼にして、神秘の探究者さ。
さて、どうする? そろそろ、私も辛くてね。逃げるというのなら、手を貸すが?」
その一方でエリザベートは戸惑っていた。全く見知らぬ相手でありながら、目の前の男と何処かで会った事がある様な懐かしさを覚えて。