自室のドアを開き、一歩二歩歩く。バタンとドアが閉まる音が静かに響く。南保は嘆きと共に膝から崩れ落ちた。ごああああと喉から人ならぬ悲鳴を上げて、膝から崩れ落ちる。
幸いにも爆発事件はお咎めなしになり、レンタルしていた軽トラをはじめとした様々な修繕費は西宮の実家が対処を行った。しかし、その代わりか報酬は減らされた。一人一万程度になった。
幸いにも怪我などはなかったが、爆発の中心地で全裸で蹲る南保の姿はネットの玩具になってた。西宮が爆笑して、それをポスターにしようと画策していた。東雲が止めたという。『すごく醜いよ、これ。流石にこんなのを飾る奇人は実在しないよ』と。
なお、東雲はその姿をプリントしたTシャツを作り、そこそこの売り上げが出たという。その事を南保はまだ知らない。
「仕事、探さないと」
自分でも驚く程に頑丈な体を動かし、南保はベッドの上で放置していた求人誌を開く。条件に合わない仕事が並ぶ。自分に合うのは単純な力仕事だけだ。事務仕事は避けたいとぺらりぺらりとページを捲る。パタンと本を閉めて求人誌を元の位置に投げる。
何もねぇと涙を静かに流した。
仕事を探さないと行けないのにと頭を抱えているとノックが響く。
「東雲か?」
「そうだよー、ボクだよー」
「なんの用だ?」
「知り合いがちょっと男手欲しくてさ」
ドアを開けながら要件を端的に言う東雲に仕方ないな、と南保が立つ。
「変な場所の掃除じゃなければ、俺は行けるぜ」
「あはは」
南保の発言に東雲は乾いた笑いで返した。
…………
「話が違うじゃないか」
「何も話していないからね」
東雲の言葉に確かに、と南保は肩を落とす。様々な機材が並ぶ広い空き地を見て、南保は東雲へと恨み節を言おうと口を開くが仕方ないとそのまま閉じる。
機材は撮影の為にあるわけではではない。寧ろ撮影の方が良かったと、南保は考える。
それ以上に目立つは一台の車だ。明らかにこれに乗ってくださいと言った感じで置かれていた。不吉な予感を発するそれから目を逸らす事ができなかった。
「良子ちゃん、連れて来たよー」
「あ、カミスくん。良かったー。丈夫な人間が欲しくてさ」
塔吉の笑顔は明るくもどこか暗い物を感じた。南保は東雲へと視線を送るが、東雲は照れた感じで視線を逸らす。何故逸らした?と疑問を抱きながら、視線を車へと戻す。
「家吹っ飛んだから、ちょっと追加でお金が必要になっててね」
「それで」
「ほら、完全な自動運転ってまだできてないじゃん。だから、パパっと作ってさ。そのテスト」
まるでお腹空いたから目玉焼きを焼いた感じで説明する塔吉に対して、その凄さを理解できていない二人は首を傾げた。塔吉は笑顔でパンパンと手を叩く。
それに反応してか、車が勝手に動き出す。ブーンとゆっくりと進み、南保の前で止まる。
ガチャとドアが一人で開いた。
「人を乗せての実験は初めてなんだ」
塔吉の言葉に南保は静かに一歩引く。ポンと東雲は肩を優しく叩く。
「最悪な事が起きても慰謝料貰えるからさ」
「起きる前提だよな?」
東雲の優しい行ってきなよの言葉に南保は反発する。そもそも自分が実験台になれば良いじゃないか?と南保は思う。
東雲は紹介料目的で南保を紹介しただけである。自分が実験に巻き込まれない様にしっかりと念押しした上で南保を紹介しただけだ。もちろん、南保がどうなるのか気になる為に実験の見学をしている。
ついでではあるが、例の南保シャツは妙な売り上げを更新しているのでシリーズ化したいとも考えており、その素材を撮影できるのではないか?とも考えている。
「では南保さん、入ってください」
「…安全だよな?」
「設計上は安全ですよー」
「設計上?!」
「試運転しないとわからないのですから」
なのでテストしたいんです。と塔吉は続けた。南保は渋々、車内へと入る。
開いた扉の先は助手席。横にあるだろう運転席を見ると、ハンドルや踏むためのペダルはない。その代わり一台のパソコンが座席を占拠していた。
『ヨロシクオ願ガイシマス』
ビビビと機械音が響く。南保は思わず頭を下げる。
『デハ参リマス』
グーンと静かに加速を始める。ゆっくりとした運転に拍子抜けしたのか、ふぅと静かに息を吐く。
「安全運転だな」
『ゴ不満デスカ?』
「そんなことない。俺は安心している」
のんびりとした返答を行い、窓の外へ視線を送る。ゆっくりと流れる景色は徐々に速くなっていく。あれ?と首を傾げて、隣のパソコンへと視線を動かす。
「あの速くなっていきますが」
「大丈夫デス。安全運転デス」
「いや、ほら法定速度ってあるじゃん」
「ココハ私有地ナノデ平気デス」
「平気じゃないよ?!危ないよ?!」
「今ハ兵器ッテ事デスカ?」
「喧しいわ!」
ブオンとけたたましく響くエンジン音は己の力を誇示していた。暴走車一台が空き地を爆走する。バンと看板が車の目の前へ唐突に現れる。
「あ!ブレーキしなくちゃ!!ブレーキブレーキ!」
「大丈夫デス。丈夫ナノデ」
ズドン!と看板が木っ端となり宙へと飛ぶ。
「違うよね?!人間だったら事故だよね?!」
「看板ナノデ良インジャアリマセンカ?」
「良くないよ?!」
南保の悲鳴は無視され車は更に加速する。南保は悲鳴を上げる。情けない声は車から響く。
「あ!ほら、アレだ!アレ。ロボットの三原則的にアウトじゃないか?!」
「自分、ロボットデハナイノデ」
無慈悲な言葉に南保は口を閉じる。仮に自分がロボットだとしても、とパソコンは続ける。
「ソレニ、アンナ古イ時代ノ人間ガ生ミ出シタ古典ハ無視二限リマス」
「大事!!大切!!古典は大切なの」
「南保様、学生ノ頃、歴史ノ成績ハ良カッタノデス?」
「悪かったよ」
「デハ何モ言ワナイデ下サイ」
「悪かったよぉ!!だから止めてよ!!」
南保の悲鳴にパソコンはチッと音を立てる。え?と彼は怯える視線を向け、静かにシートベルトを掴む。目の前に様々な障害物が現れては、その全てを破壊していく暴走車。祈る事しかできない南保は俯いていた。
ふわっと急な浮遊感を感じ、南保は思わず顔を上げる。
南保は空を飛んでいた。
「安全性!!!」
「大丈夫デス。エアバッグガ出マス」
「これ防げる?」
「ハハハ」
「ねぇ、ちょっとぉ!!」
ガシャンと強い振動が車内を激しく揺らし、ボン!と運転席側にエアバッグが開く。あまりの衝撃に南保は暫く固まる。
ガチャと勝手に開いたドアから這いずる様に出た南保へと東雲と塔吉が近づく。
「コゴミ、大丈夫?」
「…」
「実験の協力ありがとうございました。良いデータ取れましたので、お給金は後日口座に振り込みますね」
二人の言葉に南保は何も言わず、静かに涙を流した。