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自分の部屋でする掃除は漫画が進むのに、人の部屋の掃除だと捗るのは永遠の謎だと思っている。

「ここか?」

「………おう」

「疲れすぎねーか?!」


 シェアハウスから徒歩で三十分ほどの位置にその家があった。酷い惨状らしく、大量のゴミが出るのは火を見るよりも明らかだと言う。

 ゴミをゴミ捨てステーションで捨てるように軽トラかなんかを借りるべきだと言う話になった。三人の中で西宮以外は免許を持っているが、三人の中で最年長である南保と依頼を受けた西宮が先に挨拶へと向かうことになった。


「っくくく……ふぅ」

「お前なぁ…30分しか歩いてないのにここまで疲れるって…」

「…大丈夫だ。戦力外と思ってくれ」

「これで給料二人分になるのはシャレじゃねーぞ」

「くくく…半額は前払いして貰っているからな」


 こすい。南保は呆れた視線を向ける。20代後半なのにここまで体力がないのなら30に入ればキツくなると注意すべきかと考えたが、南保は何も言わずに家を見あげる。女性の一人暮らしと説明を受けている。

 一人暮らしには一軒家は広くないのか?と考えながら、ドアのチャイムを押す。

 ピンポーンとチャイムの音が響く。

 はいはーいと声が響く。


「流石、うちの実家が一番大切にしている職員だな。給料が多いのがわかる」

「…偉そうにするなよ?」

「安心しろ」

「あぁ、よかった。わかってい…」

「実際に偉いからな。そういうふりをしなくても良いのだよ」

「違う!!」


 胸を張って言う西宮に思わず南保は叫ぶ。

 うるさいな、と南保を睨み西宮は前を向く。そもそもと、言葉を続ける。


「私の存在は隠されている事が多いんだよ」

「あ…あー、そっか。うん、俺も隠すわ」

「私を一族の恥晒しと思っているのか?」

「当たり前だろ?」

「お前には今一度、私のすばらしさの話をしないと行けないようだな」

「遠慮するわ」

「なぁ?!」


 適当に返す南保を睨む。そして口を開こうとした瞬間だった。ガチャとドアが開く。お待たせしましたーという言葉と共に一人の女性が顔を出す。長い黒髪に分厚いレンズのメガネ。化粧のないのは無頓着のそれだろう。ジャージ姿のそれは凡そ客を迎えるのに適した姿ではないが、気にしていないだろう。


「あ、おはようございます。本日の依頼を受けました南保です」

「ふむ。クズノハだ」


 それぞれ自己紹介をする。ぶっきらぼうにいう西宮の足を踏むべきか考え、しかし止める。


「あ、わざわざどうも。塔吉と申します」


 お互いにペコペコ挨拶をする。


「えーと、三人とお聞きしましたが」

「もう一人は後程参りますので。まずは我々から」 

「そうですか。どうぞ、お入りください。ちょっと散らかってますが…」

「だから我々が掃除をしに…グハッ」


 余計なことを言おうとする西宮の腹を殴り、黙らせる。二人は塔吉の案内で家に入り玄関で立ち止まる。


 壁だ。ゴミで出来た壁が目の前にある。上がうっすらと空いている。坂で登れるようになっているのだが、その道はゴミの塊だ。よいしょよいしょと穴を通ろうとする塔吉を見て、そしてゆっくりと頷く。


「南保、私は交渉して報酬を上げる」

「お願いする」

「では、また会おう!」

「逃げんなぁ!!!」


 スマホをポケットから取り出しながら逃げようとする西宮を抑える。穴の奥から、ひょいと塔吉が顔を出す。


「奥の方から掃除をしてほしいのですが」

「せめて入り口からさせてください!!!」


 バタバタと暴れる西宮を押さえながら、南保は叫んだ。


…………

 近くのコンビニからゴミ袋を大量に買い、領収証を大切に財布に入れた南保は改めてゴミの壁を見る。素人が手を出してはいけない案件であり、遅れてやってきた東雲もまた絶句していた。


「まずは玄関から開放しないと行けないね」

「そうだな。俺と東雲がこれらをゴミ袋に纏めて、外に出したのを西宮が軽トラに詰め込む」


 南保は簡単な支持を出し、バッとゴミ袋を開ける。黒く大きなゴミ袋は口を開く。そこにゴミを纏めて、詰めていく。八割入ると口を閉めて、外でボーとする西宮へと投げる。一つの袋を作るのに1分はかからない。ゴミしかないから全部処分で良いですよとは塔吉の言葉だ。

 物に無頓着なのか?と考えるが、無頓着な人にしてはここまで溜めてしまう者なのか?と考えてしまう。ただ何もかも無頓着なのか、何かに集中してしまうからなのか?と南保は考える。


 一時間程掃除に集中して、やっと玄関から三メートルほど続いていた壁の半分が消えた。まだまだあるだろうがひと段落は着いたんだろうと一息つく。春咲きながらも陽気さは暑さに近い。動くに動いたのか汗ばみ、シャツが張り付く感覚に顔を歪ませる。それは東雲も同じなのか、似た表情で一息ついていた。


「あつい~」

「ん?あぁ、あついな」


 熱いのか、厚いのか。両方か。東雲の言葉に南保は適当に返す。ガチャと玄関が開き、西宮が覗いてきた。


「やはり、サボりか?」

「休憩だ。お前が一番サボってんだろ?」

「おいおい。私は二人よりも長い距離を往復しているぞ。そろそろトラックも埋まる頃合いだ」

「まじかぁ」


 しっかりとした業者が必要じゃないか、と南保は溜息を吐く。その表情に西宮は眉を潜めた。


「南保、掃除の業者は頼めないぞ」

「何でわかるんだよ」

「単調単純単細胞なお前の表情は口以上に多弁だ。少しは慎め」

「喧嘩売ってんのか?」

「唯一知っている慣用句を自慢してどうする?」

「やっぱやる気じゃねーか?」

「まぁまぁ、二人共落ち着いて。元から醜いのにこれ以上醜くなったらどうするのさ?特にコゴミ」

「てめぇ!!!…つぅ…まぁ、良い。何で業者頼めないんだ?」


 東雲の仲裁が入り、南保は一呼吸置く。やれやれと呆れた表情を全面に出し、西宮が口を開く。


「あいつは実家うちの研究職だ。特に責任のある立場で色んな情報を持ってるのだ。もちろん、そこには他所が触れてはいけないのもある」

「あー、そっか」


 西宮の実家は大企業なのは同居人の二人は知っている。しかし、それがどういう企業なのはよくわかってはいない。いないのだが、有名番組のスポンサーとして必ずと言っても良いほど名前が載る企業なのは知っている。

 企業スパイを警戒するのは当たり前だろう。


「我々は信用されているってことだ」

「いや、あれじゃない?消えても困らない存在」


 西宮の言葉を東雲は笑いながら否定する。物騒な考えをするな、と南保は軽く睨む。

 これ以上の雑談は時間の無駄だろう、と南保は両手を叩き仕事の再開の合図を出す。それに二人は不服そうな顔をする。俺も仕事したくねーよ、と南保も溜息を吐く。


「じゃあ、ちょっとゴミを捨てに行くわ。纏めて玄関に並べて置けるか?」

「はいはい」


 南保の指示に東雲は適当に返し、玄関の戸を開ける。ゴロと球体の何かが転がり出る。鈍色でサッカーボール程度の大きさのそれはダンゴムシが丸まった姿の様にも見える。三人は静かにそれを眺める。


「なんだ、これ?」


 ボソッと南保は呟く。それに呼応してか、パカッと開く。これまたダンゴムシよろしくな形で開き、中から二対の輪っかが見える。ポンと軽く飛ぶと、南保の腕をガシと掴む。鉄製のアームリングの様に南保の腕を捕まえる。

 南保は慌てて、外そうとするが微動だにしない。助けを求めようと二人に視線を向けるが、顔を背ける。


「ぐふふふ」

「あはは、似合ってるよ」

「お前ら…。まぁ、害がなさそうだし…」


 役に立たないな、と呆れた感じで南保は言い、軽トラに乗り込む。エンジンのかかる音と共にスムーズな運転と共に軽トラが去っていくのを見送り、遺された東雲と西宮は渋々と玄関に入る。

 入り口から三メートルは半分になっている。


「何往復になるのかな?」

「100にもなりそうだ」

「レンタル料金の方が高くなりそうだよ…」

「領収書取っとけ。私が送り付けておく」


 西宮はそう言い、袋を開ける。東雲はそこにゴミを詰めていく。一つ埋めるのに一分も掛からない。すぐに埋まるゴミ袋は玄関の外へ持っていく。


「廊下が終わったら、それぞれで部屋を一つずつ片付けるってコゴミが言ってたよ」そう言えばと、東雲は話す。「こんな感じで片付けやすいゴミなら楽だけどね」

「確かに部屋を二つずつなら効率的だな」

「いや、キミも手伝うんだよ」

「あれだ。見張りだ。この掃除の間を狙って産業スパイが入らないようにするためだ」

「たとえ、スパイが来てもコゴミがいるからさ」


 東雲の言葉に西宮は納得しかける。しかし、と言訳の言葉を探しているとガシャンと大きな音が響く。その音に西宮は作業を止める。東雲の方へと視線を向けると腕に先ほど、南保の腕に着いた物と似た何かが着いていた。

 東雲は困った顔で西宮を見る。見た目に対して重いのか、足場が悪いのか、若干ゴミの中へと沈んでいる。


「クズノハー、奥に行ってさ、塔吉さん呼んでー」

「ゴミを潜る程落ちぶれてないぞ、私は」

「いやさ、目の前で友達が困っているじゃん」

「困っている奴は友達じゃないのだ」

「薄情じゃん」


 きっぱりと縁を切ろうとする西宮に東雲は若干驚いた顔をする。


「お呼びですかー?」


 話し声が響いていたのか、それとも外に出たかったのか、ガサゴソとゴミの通路を掻き分けながら塔吉が顔を出す。

 文字通りひょいと顔を出す。グラグラと今でも崩れそうなゴミの壁から西宮と東雲の二人は慌てて距離を取る。もさもさと長い髪を揺らしながら、塔吉は着いていく。

 そして、三人は玄関の所で止まる。


「それで何かございましたか?」

「あー、腕に変なのがくっついちゃいまして」

「ん?あー、これは侵入者撃退用に開発していた道具ですよー」


 のんびりと塔吉は話す。撃退用?と不安な表情を東雲がする。西宮は静かに口を開く。


「捕まえるだけなのか?」

「捕まえてー、爆発してー、撃退です」

「バカなのか?」

「天才ですが」


 胸を張って言う塔吉に西宮は悪態を吐く。


「あー、でもこの子たち、ちょっと欠点があったので後で直そうと放置してたんですの」

「…この子た・ち・?」

「そうそう多く作りましたが、同じ時期に作ったのが悪さしたのか、一つが爆発すると他の子たちも連鎖的に爆発するってのがあったんですの」

「…何個ある?」

「…ゴミを片付けたら出ると思いますし…まぁ、試作品でしたので爆発条件を変えてますので爆発はしませんよ?」


 笑顔で塔吉は言う。それなら良いかと、西宮は安堵の息を吐く。塔吉は外しますね、とポケットからレンチを取り出す。


「ねぇ、塔吉さん…。爆発の条件って何ですか?」

「盗まれたら困りますので、家から1キロ以上離れたら爆発する設定にしました!」


 塔吉の笑顔は輝いていた。いな、塔吉の笑顔だけではない。そこにいる全員が、玄関からゴミに至る全てが照らされていた。


 その日、竜ヶ梅にて二つの爆発が観測された。

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