「ただいまー」
明るい声がシェアハウス内で響く。高い声は家全体に届くように響く。軽やかな足取りで一人の少女が歩く。るんるんとしたその足は迷いなく共用エリアへと進んでいた。
ソファの上で頭を抱える南保を見つけて、少女は笑みを浮かべる。
「コゴミー!帰って来たよー!」
「あ、おう。おかえり」
「えー、かわいい子が帰って来たのに、ハッピーにならないの?」
「男で喜ぶのは流石に」
その言葉に少女。否、青年は頬を含まらせる。
「ほら、ボクってかわいいじゃん」
「まぁ、かわいい」
「じゃあ、いいじゃん。よころべ」
「東雲、俺は女が好きぞ?」
「ボクもだよ」
西宮の言葉に東雲はホモじゃないよと返す。
「それで何かようなんか?」
「なんかいるの珍しくてさ。仕事は?」
「クビになった」
「ふふふ」
南保の言葉に東雲は軽く笑う。南保は怒りの表情を浮かべるが先ほどの西宮との会話での疲れか、溜息だけで済ませる。
「それで新しい仕事とか探すの?」
「そりゃあなぁ」
南保はそう言いながらもテーブルの上にある求人誌から目を逸らす。
「楽して稼ぐ方法がないのかな?」
「ふふふ、ボクにいい方法があるよ」
「…へぇ、何がある?」
「パパ活とかどうよ?」
「アホか?お前は」
南保の呆れた言葉に東雲は首を傾げる。
「割と稼げるよ?」
「いや…稼げるよ?じゃないよ。アウトだし」
「くくく…違法性はあんまりないのだよ」
「いや…そもそも俺は男だ」
「ボクも男だよ?」
それもそうだけどさぁ、と南保は頭を抱える。
「もうちょっとさ、健全な方法あるか?」
「健全に稼ぐ知性とかないでしょ?」
「あるぞ!!ある…ぞ」
東雲の言葉に思わず声が大きくなるが、徐々に声が小さくなる。
それに東雲は呆れた視線を向ける。何か得意と言うわけではなく、そもそも才能もない。ろくに学校にも行かずに遊びまくり、高校も中退している。流石に20になれば心を入れ替えてと、仕事を探しだしたが、学歴と普段の素行が足を引っ張り、フリーターに落ち着いた。
実家暮らしだと親の視線が痛く、かと言って一人暮らしには資金難が付きまとう。ならばと、見つけたのがこのシェアハウスではあった。
「いや、まぁ俺自身本気出せば、な。就職ぐらいできるってわけさ」
「無理だよ」
東雲はきっぱりと言う。それに手が出そうになるが南保は我慢する。
ふぅと静かに息を吐く。
「そもそも論、西宮も務めれば良いじゃないか?」
「この前、クズノハに仕事探したらって言ったんだけどさ…何か老人ホームの求人ばかり見始めたから、止めた」
「俺、頑張るよ」
東雲の言葉に南保は静かに誓う。
三人の中で西宮の行動だけは意味が分からない事が多い。
吐く溜息すら見つからない程の素寒貧な状況の打破をする為に求人誌を見ていると、ガチャリとドアが開く。西宮の部屋からだ。ノソノソと独特な足音を携え、西宮が現れた。
「くくく、愚民どもよ…報せがあるぞ」
「就職するのか?」
「するわけがないじゃないか」
南保の言葉に西宮は淡々とノーと返す。南保は渋い顔をするが、西宮は気にせずに続ける。
「くくく…まずは悪い知らせからだ」
「…バンされたの?視聴者あんまりいないのに」
「いなくてもバンされる時はされるんじゃない?」
「違うぞ。流石にラインはしっかりしてる」
西宮の言葉に南保と東雲は呆れた視線を向ける。これ以上は何も言うべきではない、と口を紡ぐ。納得したのか、と西宮は言葉を続ける。
「まずは悲報だ。私のツブヤキングが凍結した」
「ざまー見やがれ!!」
「南保、てめぇ!」
「まぁまぁ。元々フォロワーさん、あんまりいないからダメージ少ない方じゃん」
「南保!てめぇ!!」
「俺じゃねぇ!!」
東雲の言葉に怒った西宮は南保の胸倉を掴み、前後に激しく揺らす。それに南保は怒声を上げる。
「それで他に良い情報はあります?」
「あ、あぁ?うん」
喉から出た罵声を呑み込み、西宮は続ける。
「短期ながらも仕事があるみたいだ」
「お前…外で働くのか?」
「まぁ、そんなことだ」
「ちゃんと先生の話を聞くのよ」
「私は小学生か?!」
東雲の言葉に西宮は呆れた声を出す。
「まぁ、短期なら良い社会経験になるんじゃない?」
「ネットの荒波に揉まれているぞ?」
「荒波でも揉む相手を選ぶし。そもそも荒波ができるほどに人と関わらないじゃん」
「南保!てめぇ!!」
「だから、俺じゃねぇ!!」
再び南保の胸倉を掴み、前後に激しく揺らす。微動だにしない南保は叫ぶ。東雲はそんな二人を見ながら、ふと口を開く。
「それで他に何か話があるの?」
「あ、そうそう。三人で向かおうと思っている」
「…?短期のバイトが入ったって、一人で向かうんでしょ?」
「三人で向かえば、三倍になるだろ?もう交渉済みだ」
「先に相談しろよ」
確かに仕事が欲しいとは思ってはいたが不意打ちすぎた。東雲は手をちょこんと挙げる。
「なんの仕事なの?」
「清掃だ」
「特殊な方?」
「いや、普通のやつだ。実家が雇っている研究職の奴の部屋が汚くなってな」
西宮はそう言い、手をパーと広げる。
「一人一日五万で雇うってわけだ」
「流石は現代の財閥。太っ腹だな」
「いやー、やっぱりクズノハの家って天才だよ」
「くくく…私への讃頌は?」
「するわけないじゃん」
「南保!!!てめぇえええええ!!!!」
「俺じゃねぇ!!!」
西宮はがくがくと南保を激しく揺らした。