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第2話 砂の星の漁師・ハン

ヴェルトーン877。この砂だらけの星には港がある。

港と言っても宇宙港じゃない。漁港だ。それはつまり、この星には海があるってことだ。

そして俺は、過疎化が進むこの星では数少なくなった漁師だ。しかも、最年少の。


砂に覆い尽くされて何も見えない海の中を、レーダーとセンサーを頼りに潜っていく。

ヴェルトーン877の海は、他の星とは違う。水の中に砂の粒子が溶け込み、とにかく『重い』。

大昔の宇宙飛行士が着ていたような特殊な耐圧使用のスーツを使わなければ、とてもじゃないが潜ることなんて出来やしない。

生息している生き物も独特だ。

魚の場合、強烈な圧力に耐えられるように平たい体をしているか、やたらと硬い外骨格や鱗に覆われているかのどちらかだ。なので、食用には適さない。

俺達漁師が潜ってまで採りたいもの。それは。

レーダーに何かしらの物体の反応があった。センサーは有機物の反応を示している。何も見えないが、反応があった辺りを手で探る。

厚い特殊繊維製の手袋に触れる、硬い感覚。それをもぎ取ると、左手に持っていた袋に押し込む。

そしてすぐさまケーブルを伝い、水面へと浮上する。

十数分。それほど深く潜った訳ではないが、頭が水面の上に出るまでは、それくらいの時間が掛かる。

エンジンを切って留めてあった船へと慎重に上がる。

ここで油断して足を滑らせ、海に落ちて亡くなったという話は何度も何度も聞かされてきた。

海での油断は死に繋がる。だから、どうしても慎重にならざるを得ない。

重い耐圧スーツを纏った体全体を船に引き上げ、ここでやっと大きく息を吐く。

前面に特殊樹脂製の窓を張ったヘルメットを外し、二時間ぶりに外の空気を吸った。

一拍置いて、スーツを脱ぎにかかる。

ブシューという音と共に胸元にあるロックが解除され、完全密閉ファスナーが下りていく。

自分自身でも思わず顔を顰めてしまうくらいの、むせ返るような強烈な汗のにおい。

スーツの中は四十度近くにもなる。脚を抜く前に、顎から汗が甲板に滴り落ちた。

ある意味、一人で漁に出ていて良かったと思える瞬間だ。こんな汗臭い汗塗れの姿は、少なくとも異性には絶対に見せられない。

甲板を踏みしめた足の裏に感じる、まだじんわりと残る熱。

太陽は既に沈んでいるが、この星の夜空は暗くはない。

海の上を滑る生ぬるい風は、汗だくになった身には心地良く感じる。

若干の眠気を感じつつも、今日の成果の確認の時間だ。

袋の中に入っていたのは、俺の握り拳の三倍はありそうな大きな貝。間違いない、ヴェルトーン真珠貝だ。

逸る気持ちを抑えつつ、ナイフのような形をした器具を、閉じている貝の口に挿し入れていく。

柔らかいが強靭な貝柱を切断し、慎重に、慎重に貝を開く。

果たして現れたのは、虹色の輝きを帯びた透明な真珠だった。それも三つ。

ビンゴ……!!

心の中で思わずガッツポーズをしながら、真珠を純水が入った水筒に放り込む。

俺達漁師が命を掛けて潜ってでも採りたいもの、それが虹色真珠だ。

一つとして同じものはない、虹のような輝きを封じ込めた透明な真珠。

そういえば、俺が初めて真珠を見せたとき、アイツは大興奮してたっけ。

綺麗とか、凄いとか、まるで燃えてるみたい、とか。

トドメの一言が「お菓子みたいで美味しそう」だったのは、未だに思い出すと笑いそうになる。

かなりの高品質な大粒の真珠が三つ。

仕事をやり切った余韻のまま、俺は思わず空を仰ぐ。

三つの月が浮かぶ、ヴェルトーン877の明るい夜空。

地上とは違い、海の上だと空が澄んで見える。

「……そういや、そろそろか」

耐圧スーツを片付けながら、船の時計を確認した。

午後九時。人口が極めて少ないこの星には、時間帯という概念が無い。

この星の上に居る者は、全て同じ時間で生きている。近くにいても、離れていても。

船の操舵室に置いてある星間ラジオの電源を入れれば、知らず知らず待ち侘びていたその声が、すぐさま聞こえてきた。

『ヴェルトーン877よりお送りしています。今宵もどうか、お付き合い下さい』

幼馴染の、アイツの声。

船の甲板に寝転び、煌めく星を見ながら、ラジオに耳を傾ける。

成果は上々。明日には港に帰って、納品に行くか。そんな事を考えながら。

『リスナーの皆さんは、“虹色真珠”ってご存知ですか? ヴェルトーン877で採れる真珠の一種なんですけど、とても綺麗なんですよね。初めて見たとき、キャンディの中にゼリーやジャムが入ってるお菓子があるじゃないですか。あれを思い出してしまって、ついつい美味しそうって言っちゃったんですよね。そしたら大笑いされちゃって、そのことを未だに覚えてます……』


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