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第3話 取次所職員・ウル

昼下がりの宇宙港、取次所にはタバコの煙が薄くヴェールを掛けていた。

カウンターの椅子にふんぞり返りながら、今朝の貨物便で届いた一日遅れの新聞を読んでいる。

【主星で連続強盗事件が発生。犯人は逃亡中。最後に目撃されたのは主星の第二衛星の宇宙港。星系警察は行方を追っている】

「おうおう、物騒な世の中になったもんだ」

ついそんな感想が漏れたが、どこか他人事のようだった。

ここはヴェルトーン877。三つの月を持つ、砂に覆われた辺境の星。

定期就航便は週に一度。新聞が一日遅れで届くのも、日常の一部でしかない。

取次所とは言っても、仕事はあってないようなものだ。

何しろ人口が少ない星だから、届く個人宛の荷物もたかが知れている。

一日の仕事中、誰とも話さずに終わる日だって、ざらにある。

だから、来客の足音が聞こえると、つい顔を上げる癖がついている。

まあ誰なのかは、大体予想はついてはいるんだが。

「お、来たな」

噂をすれば何とやら。

外の熱い空気を纏いながら姿を現したのは、日焼けした、背の高い筋肉質の男──漁師のハンだ。

過疎化が進み、数少なくなった漁師の中で一番若い。確か、今年で二十六だったか。

ダボッとした白い長袖のボタンダウンシャツに、これまたダボッとしたカーキ色の長ズボン。

漁の最中の格好とは大違いだ。

「……こいつを」

肩に掛けた布製の鞄から取り出したのは、透明な円柱形のガラス容器。

水で満たされたその中には、燃えるような虹色の輝きを放つ玉が三つ、静かに揺れていた。

虹色真珠。

この星でしか採れない、この星で唯一の“売り物”と呼べる代物だ。

無骨で大きな褐色の手からそれを受け取り、光にかざしてじっくりと検分する。

「……この大きさ、透明度、虹の強さ……こりゃ三つとも最高品質だ。また宝石市場に騒ぎ起こす気かよ、お前さんは」

美しさと希少性から、小粒なものでも中型の航宙船が一隻は買える値がつく。

それが三粒。しかも最高品質となれば──

「下手すりゃ血を見るかも知れねぇなあ、こりゃ」

バイヤー同士の札束での殴り合いが目に浮かぶようだ。

「明日の便で頼む。金は、いつもの通りで」

ハンは変わらず淡々とした調子でそう告げる。

どれだけの値がつこうが、この男には関係がないらしい。

欲がないというか、浮つかないというか──まあ、それがこいつの良いところなんだが。

受け取った容器に管理バーコードを発行し、耐振動仕様の梱包箱に詰める。

「ああ、そうだ」

受領証を一枚手渡し、もう一枚をカウンター越しに押し付ける。

「これは?」

話が見えないとでも言いたげなハンの様子。

「こないだ置いてった“砂の薔薇”、売れたぞ。先日、難破した小型貨物船が不時着しただろ、その運転手が買っていったらしい」

人口が少ないが故に、こういう事も筒抜けだ。良いんだか悪いんだか。

「そうか」

興味なさげに返事をすると、ハンは二枚の受領証を折り畳み、ポケットに無造作に突っ込む。

その受領証のうち一枚は恐ろしい額に換金できるんだが、本当に解ってやがるのかこいつは。

「……ああ、そうそう」

踵を返そうとしたハンの背中に、もう一つ声を掛ける。

「たまには曲のリクエストくれって、嬢ちゃんが言ってたぞ。メッセージは無理でも、リクエストくらいならって」

立ち去ろうとしたハンの動きが、ピタリと止まった。

数秒か、数十秒か。

外から聞こえてくる風の音が、静寂というよりは沈黙を埋めていく。

ハンはゆっくりと顔を動かし、自分の肩越しにこちらを見遣る。

「…………考えておく」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、ハンは足早に宇宙港の出口へと歩いていった。

何と言うか、まあ、分かりやすい奴だ。

「悪い奴じゃあ、ないんだがな」

思わず苦笑いが浮かぶ。

この調子じゃ、嬢ちゃんも大変そうだ。

やれやれと息を吐きながら、読みかけの新聞の続きに戻ろうとした時だ。

「すっ、すみませんっ! 荷物っ、届いてますよねっ! 取りに来るの、遅れて、すみません……!」

大きく肩を上下させながら、一人の男が滑り込んできた。

黒縁の眼鏡を掛けた、色白で少し頼りない感じがする、いかにもデスクワークが似合う印象の男だ。

そこまで急いで来る必要はないんだが。

「ああ、学者の先生か。確かに届いてるぞ」

一ヶ月前からこの星に滞在している、確か生物学者の先生だったか。生態系の調査、とか何とかいう名目で来てたな。

背後の棚に置いていた白い箱を、カウンターに乗せる。

「はあああ、こんなに早く届くとは思わなかった! これで調査続行できる……あああ良かった……」

何が入ってるかは分からんが、とりあえず大事なものらしい。

が、若干鬱陶しい。

「ほらほら、受取証にサインしたらさっさと持ってってくれ」

受取証書のサインを見る。

エルヴィン・スミス。それが名前らしい。

すみませんと何度も頭を下げながら、学者の先生は箱を抱え駆けていった。

そして、すっかり静かになった宇宙港。

……何か、どっと疲れたな。

対照的すぎる二人に連続で来られたせいかも知れない。

預かっていた荷物も渡したことだし、今日はもう、終わりにするか……。

四つ折りにした新聞をカウンターの下に詰め込みながら、定時よりも遥かに早い閉店の準備をするのだった。


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