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第6話 食堂の女将・ミト

「〜〜〜♪」

ついつい鼻歌が出ちまう。

あたしが昔、大ファンだった歌手のベスト盤。それを遂に入手できたんだからね。

ヴェルトーン877。この辺境にある惑星には、本屋も、音楽メディアを取り扱う店もないけれど、星間通信サービスでちゃんと注文さえすれば三日ほどで届く。

ホント、便利な世の中になったもんだよ。

で、今はそのベスト盤をヘビロテしてるところ。

曲を聞く度に、あの頃の思い出がはっきりと蘇ってくるんだから、人間の記憶ってのは中々侮れないね。

まあ、良いことも悪いことも、たくさんあったんだけどさ。

「お、その曲、“ジョアン・スターズ”か」

言いながら、取次所の職員──ウルが食堂に入ってきた。

「おや、知ってんのかい? あんたは男性歌手とか、あんまり知らなそうな気がしたんだけど」

「そいつ“しか”知らないってだけさ。俺はどちらかと言やあ、PlaneT22みたいなアイドルが好きだったからな」

「あら、そいつも意外だねぇ……」

PlaneT22ってのは、各惑星から一人ずつ選ばれたメンバー22人の女性アイドルグループだ。

あたしも二度か三度ほど、握手会に行ったことがある。

「……で、何にするんだい?」

「いつもの。あと何かオススメあったら頼む」

「あいよ」

ウルはカウンター席に座りながら注文する。

いつもの。ビールとロールキャベツ。

この男は、仕事終わりにココで一杯やるのが習慣になっている。

「それで、どうなんだい? 出荷したんだろ、アレ」

ロールキャベツを原子加温機で温めながら、あたしはウルに聞く。

虹色真珠。ハンが大粒のものを三つも納入したってのは、ちょっとしたニュースになっていた。

何でもかんでもニュースになるの、やっぱりこの星の悪いところだよねぇ……。

「ああ、アレな。正式に鑑定した結果、すべての項目で最高品質叩き出しやがったから、逆に買い手が付かなかったらしい。俺も値段聞いたとき、思わず鼻血が出そうになった」

そこは目玉じゃないのかい。

そう心の中でツッコミを入れながら、温まったロールキャベツとキンキンに冷えたビールを、カウンター越しに出してやる。

「お、今日のは一段とスープが染みてやがるな。美味そうだ」

「美味そうじゃなくて実際“美味しい”んだよ。それと、はいよ、根菜のサラダ」

小鉢に盛り付けられた、砂ニンジンと砂ゴボウのサラダ。どちらもこの星でしか取れない野菜だ。

そういえば、学者先生の好物だったっけ、これ。

後で残りを持っていってやるとするかね。

「……少し味付け変えたか? 普段のよりも美味いぞ」

「んもぅ! 褒めても何も出ないよ! 使ってる醤油をちょっと変えてみたのさぁ!」

思わずウルの肩をバシバシ叩いてしまう。少し迷惑そうだけど、まあ、いいじゃないか。

そんな風にじゃれ合っていたら、また一人、食堂に入ってきた。この時間帯にウル以外が来るなんて、随分と珍しいこともあるもんだ。

「ぅイーッス……女将さん、まだ行けます?」

くたびれたグレーの作業服の上下を着込んだ、ちょっと疲れた顔の無精髭の男。宇宙港の保安員をしているガオだ。

「おやおや、どうしたのさ。あんた、今日は久しぶりに一日休みだとか言ってなかったかい?」

「いやー、それがね、夕方にえげつない砂嵐があったじゃないっすか。整備ロボだけじゃ間に合わないからって、それでさっき叩き起こされたんすよ……。この後、徹夜で砂の除去作業っすわ。まじつらい」

言いながらカウンターに突っ伏すガオ。

それは何というか、ご愁傷さまとしか言えないね。

「確かに、あの砂嵐はひどかった。あそこまでのは久しぶりだな」

「宇宙港も一瞬、停電したくらいだからねぇ。で、何にするんだい?」

「地球ヌードルで……あ、スープは薄味でお願いします……」

寝起きに重いものを受け付けないガオの体質は知ってるんだけど、それで仕事中もつのかしら。

「残り物の寄せ集めで悪いけど、良ければ弁当作ってあげようか? それじゃ体力が持たないだろうに」

「た、助かります……」

本当に弱々しい声だねぇ……。寝起き以外はキリッとしてて、何なら密かにファンもいるくらいなのに。

注文の地球ヌードルを茹でながら、ふと時計に目を遣る。

午後九時。あの時間だ。

「ほら、あんた好きだったろ。レイちゃんの放送。これでも聞いて、少しは元気出しなさいな」

ラジオの電源を入れた途端、砂嵐のような音のノイズを経て、あの落ち着いた声が流れ始める。

『……今宵も、ヴェルトーン877よりお届けしています。短い時間ですが、どうかお付き合い下さい』

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