「〜〜〜♪」
ついつい鼻歌が出ちまう。
あたしが昔、大ファンだった歌手のベスト盤。それを遂に入手できたんだからね。
ヴェルトーン877。この辺境にある惑星には、本屋も、音楽メディアを取り扱う店もないけれど、星間通信サービスでちゃんと注文さえすれば三日ほどで届く。
ホント、便利な世の中になったもんだよ。
で、今はそのベスト盤をヘビロテしてるところ。
曲を聞く度に、あの頃の思い出がはっきりと蘇ってくるんだから、人間の記憶ってのは中々侮れないね。
まあ、良いことも悪いことも、たくさんあったんだけどさ。
「お、その曲、“ジョアン・スターズ”か」
言いながら、取次所の職員──ウルが食堂に入ってきた。
「おや、知ってんのかい? あんたは男性歌手とか、あんまり知らなそうな気がしたんだけど」
「そいつ“しか”知らないってだけさ。俺はどちらかと言やあ、PlaneT22みたいなアイドルが好きだったからな」
「あら、そいつも意外だねぇ……」
PlaneT22ってのは、各惑星から一人ずつ選ばれたメンバー22人の女性アイドルグループだ。
あたしも二度か三度ほど、握手会に行ったことがある。
「……で、何にするんだい?」
「いつもの。あと何かオススメあったら頼む」
「あいよ」
ウルはカウンター席に座りながら注文する。
いつもの。ビールとロールキャベツ。
この男は、仕事終わりにココで一杯やるのが習慣になっている。
「それで、どうなんだい? 出荷したんだろ、アレ」
ロールキャベツを原子加温機で温めながら、あたしはウルに聞く。
虹色真珠。ハンが大粒のものを三つも納入したってのは、ちょっとしたニュースになっていた。
何でもかんでもニュースになるの、やっぱりこの星の悪いところだよねぇ……。
「ああ、アレな。正式に鑑定した結果、すべての項目で最高品質叩き出しやがったから、逆に買い手が付かなかったらしい。俺も値段聞いたとき、思わず鼻血が出そうになった」
そこは目玉じゃないのかい。
そう心の中でツッコミを入れながら、温まったロールキャベツとキンキンに冷えたビールを、カウンター越しに出してやる。
「お、今日のは一段とスープが染みてやがるな。美味そうだ」
「美味そうじゃなくて実際“美味しい”んだよ。それと、はいよ、根菜のサラダ」
小鉢に盛り付けられた、砂ニンジンと砂ゴボウのサラダ。どちらもこの星でしか取れない野菜だ。
そういえば、学者先生の好物だったっけ、これ。
後で残りを持っていってやるとするかね。
「……少し味付け変えたか? 普段のよりも美味いぞ」
「んもぅ! 褒めても何も出ないよ! 使ってる醤油をちょっと変えてみたのさぁ!」
思わずウルの肩をバシバシ叩いてしまう。少し迷惑そうだけど、まあ、いいじゃないか。
そんな風にじゃれ合っていたら、また一人、食堂に入ってきた。この時間帯にウル以外が来るなんて、随分と珍しいこともあるもんだ。
「ぅイーッス……女将さん、まだ行けます?」
くたびれたグレーの作業服の上下を着込んだ、ちょっと疲れた顔の無精髭の男。宇宙港の保安員をしているガオだ。
「おやおや、どうしたのさ。あんた、今日は久しぶりに一日休みだとか言ってなかったかい?」
「いやー、それがね、夕方にえげつない砂嵐があったじゃないっすか。整備ロボだけじゃ間に合わないからって、それでさっき叩き起こされたんすよ……。この後、徹夜で砂の除去作業っすわ。まじつらい」
言いながらカウンターに突っ伏すガオ。
それは何というか、ご愁傷さまとしか言えないね。
「確かに、あの砂嵐はひどかった。あそこまでのは久しぶりだな」
「宇宙港も一瞬、停電したくらいだからねぇ。で、何にするんだい?」
「地球ヌードルで……あ、スープは薄味でお願いします……」
寝起きに重いものを受け付けないガオの体質は知ってるんだけど、それで仕事中もつのかしら。
「残り物の寄せ集めで悪いけど、良ければ弁当作ってあげようか? それじゃ体力が持たないだろうに」
「た、助かります……」
本当に弱々しい声だねぇ……。寝起き以外はキリッとしてて、何なら密かにファンもいるくらいなのに。
注文の地球ヌードルを茹でながら、ふと時計に目を遣る。
午後九時。あの時間だ。
「ほら、あんた好きだったろ。レイちゃんの放送。これでも聞いて、少しは元気出しなさいな」
ラジオの電源を入れた途端、砂嵐のような音のノイズを経て、あの落ち着いた声が流れ始める。
『……今宵も、ヴェルトーン877よりお届けしています。短い時間ですが、どうかお付き合い下さい』