宇宙港の屋上テラス。あの子が空を見上げていた姿を、今でも忘れられない。
あの子──レイは、この星を出られない。いや、正確には“出ようとすると、死ぬ”んだ。
重力アレルギーってやつさ。
宇宙じゃまぁ時々ある病気らしいが、あそこまで深刻なケースは、俺も聞いたことがなかった。
普通は、ちょっと頭が重くなるとか、気持ち悪くなる程度。
だけどレイは違う。ほんの少しでも重力が上がれば、それだけで危険域に入る。
だからあの子は、航宙船に乗ったことすらない。
「ねえ、ガオさん」
空から目を外し、俺の方を見ながら、レイは問い掛ける。
「宇宙を旅するのって……どんな感じなのかな」
俺は思わず返答に窮してしまう。
どんな風に答えても、この子を傷つけてしまうんじゃないかって、そう思ったからだ。
自然と眉間に皺が寄る。
真顔のまま何も言えずにいる俺を見て、レイは儚げに笑った。
「そんなに考え込まないで。私は……知りたいだけだから」
その様子が何だか、昔見た映画──確かタイトルは『砂の王国』だったか──に出てくる、砂塵の国から出ることを許されないお姫様のようで。
俺はただ、呆けたように彼女を見てた。
深夜三時。宇宙港の屋上テラスで、俺は休憩していた。
この星、ヴェルトーン877の夜空は赤いが、夜明け前だけ深い青になるってのは、意外と知られていない。
火を点けたタバコの先端から、白い煙が空へと消えていく。
見下ろせば、十五分前まで俺が駆け回っていた滑走場が見える。
航宙船てのは精密機器の塊だから、砂ってのはある意味大敵だ。
もちろん防塵処理はしてあるはずだが、それでも宇宙を航行している内に弱くなったり、そもそも基準を満たしてない船だってあったりする。
ま、事故の原因なんて作りたくないだろ?
それが自分の責任が届く範囲なら、尚更だ。
「ふぁっ…………ゔあぁ、あ……」
大きなあくびを一つ。
しかしまあ、俺も相当の変わりモンだな。一度この星の外に出たってのに、また戻って来てるんだから。
同年代の連中はとっくの昔に出て行って、同じ年頃の奴なんて全く居ない。
俺より年下の奴はそれなりに居たりはするが、この星で生まれ育ったのはハンとレイだけだ。
年の離れた弟や妹みたいな存在。一時期、ほんの一瞬だけ、レイに惚れかけたこともあったが、あいつにはハンがいる。
俺はまあ、“ちょっとガラが悪いけど気の良い近所のお兄ちゃん”、そんなポジションでいい。少なくとも、今は。
不意に、尻のポケットに突っ込んでいたデバイスが鳴る。
『主任! あと二十分で今日の第一便着くそうです』
空港保安部の連中からの呼び出しだ。
「うっす、りょーかい。滑走場に砂の塊が無いか再確認、一時停泊場のナンバーが砂に隠れてないか見とけ。あと寄港スケジュールの再確認。それと、管制に連絡入れとけ」言いながら、袖に隠れた腕時計を見る。
この星の時間で、午前三時二十分。
全く、タバコ一本吸い終わる時間すらくれないのな。
胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、乱暴に吸い殻を突っ込む。
「さあてと、もう一頑張りしますか」
指先でくたびれた帽子を回し、勢いを付けて頭に被る。
気合いを入れるときの、俺のクセだ。
ふと脳裏に、四時間ほど前のレイのラジオが浮かぶ。
『お仕事終わりの方は、おつかれさまでした。そして今からお仕事の方は、いってらっしゃい。明日もまた、この場所で。DELTA RADIO 877、お相手はレイでした。それでは、砂の星より思いをこめて……』
ああ。俺だって、頑張ってるよ。