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第8話 惑星アズレアの学生・アオイ

“知らない”と言えば、笑われそうで。

“分からない”と言えば、距離を置かれそうで。

別に興味がある訳じゃないのに、ただただ周りについて行くためだけに、流行りを追いかけては覚える日々。

隣の席の学生たちは、SNSの話題で盛り上がっていて、私の知らないアーティストの話をしていた。

話しかけようとしても、共通の話題なんて、ない。

気になるけど気にならない、気にしないフリをして、授業で使うタブレットにため息を零す。

私、本当は……こんな事がしたい訳じゃなかったのに。

そんなふうに、今日も“誰かに置いて行かれる”ような感覚を抱えながら、大学からの帰路についた。

私が居た惑星ユーフェルとは違って、この星──アズレアは何でもある星だった。

新刊が発売日に店先に並んでいる本屋。

お洒落なカフェ。

キラキラしててカラフルな、かわいいスイーツがある菓子店。

二十四時間、いつでも好きなときに買い物ができるお店。

夜でも明かりなしで出歩けるくらいの街灯。

全部、私が住んでいた場所には無かったものだ。

便利。便利だけど……。

街を行く人は、何だか冷たい感じがして、挨拶の声も聞こえてこない。

誰も、目を合わせようともしない。

ちっぽけな私の言葉は、この街のどこにも届かない気がしていた。


磁気トラムを乗り継いで辿り着く、私の借りている部屋。

夜の部屋は静かだった。

静かすぎると、不安になる。

惑星ユーフェルの、夜になると決まって吹く西風の音が恋しい。

引っ越しから三週間。部屋にあるのは最低限の寝具とテーブル。

殺風景なままの部屋が、なんだか私の迷いを表してるみたいで。

スーツケースから引っ張り出した古いポータブルラジオだけが、ここでの生活に馴染んでいた。

惑星ユーフェルでは、定期的に大きな低気圧が発生する。そんなときの情報源として、ラジオはとても大切なものだった。

家にあった、祖父が子供の頃に買ったというポータブルラジオ。私がこの星の大学に進学すると決まって、譲り受けたものだ。

テレビも、音楽も、今の私にはちょっと騒がしすぎる。

スイッチをオンにして、周波数帯のダイヤルを適当に回してみる。

ノイズに混じって、誰かが喋っているクリアな音声。

周波数帯8.77。それに合わせれば、更にはっきりとした声が流れてきた。

『こちら、ヴェルトーン877──今夜も砂の星から、お送りします』

落ち着いた声。優しい間。街の喧騒とは無縁の、静かな世界。

聞いたことのない星。だけど、私の知らない“誰か”が、そこにいた。

それだけで、泣きそうになった。

溢れそうになる涙も受け止めて、拭ってくれるような、そんな声。

遠い星の誰かが、自分のためだけに語りかけてくれているような気がして。

そしてその日から、ラジオは私の“日常”になった。

ラジオだけで聞く遠い星、ヴェルトーン877に思いを馳せながら。


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