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16:店番は吟遊詩人

 エルフは、私の方を見ながら眉をひそめた。美形なのでそんな表情も様になる。


「客ではないのか? 見知らぬ顔なので客人だと思ったのであるが、私の美麗なる音色は無料ではないぞ。金が無いなら貢ぎ物でも構わぬ。おお良く見れば大きな荷を背負っているではないか。商人であったか。商いの品から高貴な私にふさわしい物を差し出すがよい」

「いやその客といえば客ですが、商人でもないので、その」

「金も貢ぎ物も拒否するとは。私の奏でる音楽に何か不満でもあったか?」

 エルフは組んでいた足をほどくと、パイプ椅子から立ち上がった。背が高くてカッコいい。マントが揺れてファンタジー映画のようである。構えているのはウクレレだけど。


「誇り高きタイドリアン王国の者を侮辱するのであれば、考えがあるぞ」

 何やら恰好をつけようとした隙を狙って、ようやく口をはさむ。

「私はですね! 店主の鱗さんに会いに来た者です! 4階の店で呼び出せと言われたので!」

 途端にエルフはつまらなそうな表情になった。


「なんだ、店主の客であったか。店主を呼ぶならそこの紐を引っ張れば良い。しばらくしたら姿を見せるであろう」

 指で示す方を見ると、天井から『御用の方は紐を引いてください 店主』と書かれた木札が紐でぶら下がっている。

 エルフの偉そうな態度に腹が立ったけど、司書ウサギに「くれぐれも揉め事を起こすな」と忠告されていたのを思い出し、ぐっと我慢して力任せに紐を引っ張った。

 エルフは既に知らん顔で、またパイプ椅子に座ると、何かウクレレの調整でもしているのか弦をいじっている。

 大人しく店主の鱗氏を待つしかないな……12階からだと時間がかかるかもだけど。

 店の隅に畳んで置いてあるパイプ椅子を見つけ、背中のナップザックを下ろすとなるべく音がしないように座って、エルフの横顔を眺めた。うーん態度はアレだがつくづく美男子。


 エルフは彼らの世界から、こちらの世界の幾つかのダンジョンに出現しているけど、人数は決して多くはない。

 とにかく猛烈にプライドが高く、我々人間が付き合うのは大変だと聞いている。そもそもエルフの話す言語が非常に難解で、会話もままならないので専門の通訳者がいるほどだ。まあ凄い美男美女ばかりなので、黙って立っているだけで人間界では人気がある存在だけども。

 ところがこちらのエルフは、日本語で良く喋る。少々変わり者なのかもしれない。


 鱗氏が会ったら驚くぞ、という筈である。まさか店番がエルフとはねえと考えていると、あちらから話しかけてきた。

「店主の客。何を無遠慮に眺め回しているのだ。私の高貴さが目新しいのであろうが、礼儀を考えて控えろ」

 ムカッとしたけどここで言い返してはいいけない。最近は色々知恵もついたのだ。私は素早く考えた。


「えーと失礼しました。あなた様がつけていらっしゃる青い宝石の耳飾りが実に美しいので、つい見惚れてしまいまして」

 嘘ではない。実際のところ美しいし、良く見たら魚の形をしているようで珍しくて気になったのだ。慣れない言葉で褒めると、エルフは得意げな笑顔を浮かべた。

「この『お魚耳飾り』に気づいたか。これは我がタイドリアン王国の魔術と貴重な宝石により作られた特製の翻訳耳飾りで、王族しか身に着ける事が許されぬ。この耳飾りのおかげで、私はどこの国を訪れても現地の言葉を不自由なく理解し、操れるのだ」

「へえ凄い。するとあなた様は王族の方なのですね」

「そうだ。私は、タイドリアン王国の正統な王子で名はヴァレンティール。王子にして吟遊詩人だ」

 一瞬意味がわからなかった。

「吟遊詩人? ですか? あの旅をしながらあちこちの国で歌ったりする……音楽の才能ある方の事ですね」

「その通り。私は吟遊詩人ヴァレンティールである」


 そんな威張って、どこかのブランド名みたいな長い名前を名乗られても。王子で吟遊詩人? しかし迂闊な事は言えない。

「なるほど吟遊詩人ですか」

 間抜けな感想になっても、店番というか王子は気にしないようだった。

「世に名高いタイドリアン王国の名声は知っているであろう?」

「すみません、まず国名が初耳です」

「何という事だ! だがそなたは運が良いぞ。店主がやって来るまで店主の客であるそなたに、この私がタイドリアン王国の栄光をじっくり歌い聞かせてやろう。今回は特別に金を払わずとも良い」

「はあ。光栄です。拝聴します」

 さっきから金金カネカネと少しせこいな、と思ったが、王子はウクレレを弾きながら、なかなか美しい声で歌い出した。歌と演奏の腕前は多分上手いと思う。


 彼の歌によると、タイドリアン王国は光り輝く紺碧こんぺきの海に囲まれた、大きな島国らしい。

 気候は温暖、海運業や漁業が盛んで、風光明媚。

 白く輝く王宮に住まうタイドリアン王家によって、代々ほぼ争乱も無く統治されている。今の時代は偉大なる女王が玉座にあり、善政により慕われている。

 王子はそのあたりで演奏を止めると、自慢げに話し出した。

「母上は賢く、素晴らしい女王である。父上は勇猛な海の戦士で、妻である女王の補佐役として軍船を統括して国の守りを担っている。後継者に決定している姉上は、母上の片腕として政務に携わり、4人の妹たちも中央神殿にて我が一族の魔術や王族としての学問を学んでいる」

 どうやら姉と妹に囲まれて育った王子らしい。エルフ族だから美女揃いなんだろうな。


 私は小さく拍手をした。実際、ダンジョンに入ってから初めてのちゃんとした音楽なので、楽しく聞けたのだ。

「本当に素晴らしい国なのですね。けれど王子のあなた様はその国を出て、吟遊詩人になったと」

「そうだ。私は日々、宮殿や神殿の窓やバルコニーからタイドリアン王国を見下ろし眺め、称賛するための歌を歌っていた。楽器は今のこの弦楽器とは違うがな。

 だがある日ある時、母上と姉上に玉座前に呼ばれ、母上からは国を出て吟遊詩人としてタイドリアン王国の名声を広げるよう、姉上からは国の宝となるような珍しい品を持ち帰るようにと命じられたのだ。そしてこの耳飾りを贈られたので、私は王子専用の船に乗って旅に出たのである」

「……なるほど。そういう訳でしたか」

 私は胸のうちで確信した。

 絶対に女王と姉上は、毎日ぶらぶらして歌っているだけの王子を鍛え直すために、国から叩き出したんだろうなあ。本人はどうも気づいてないようだけども。


 そのあと、王子の得意な歌だという「タイドリアン王国を襲った巨大な海竜と戦う英雄譚」をウクレレで演奏する音楽付きで大人しく聞いていると、表の引き戸から鱗氏がぶらり、という感じで入ってきた。予想よりずっと早い……あれ?

「よお、お待たせ。賑やかだが、店番の音楽は楽しめたか?」

「音楽より! 鱗さん、体がちゃんとあるじゃないですか! 半透明で光ってませんよ!」

 鱗氏は楽しそうに笑った。ワイシャツにネクタイ、ズボンの古風な服装の全身がちゃんとある。眼鏡はかけていないけど。

「あっちの方が、動きやすいんだよ。真面目に歩かずに済むしな。奥に来てくれ、座る場所があるから。店番、後は頼んだぞ」

「うむ、了解した」

 音楽が途中までになった王子は少し不満そうだったけど、大人しく返事をした。鱗氏には従順らしい。しかしどういう関係なんだろう。


 鱗氏の後について、狭い通路を歩いて店の奥に行く。本の詰まった本棚に挟まれているけど、何というか独特の匂いがする。

 突き当りには、天井から電燈が下がった小さな畳部屋があって、何と炬燵まである。鱗氏はさっさと靴を脱いで部屋に上がった。うーんちゃんと足があるね。私も靴を脱ぎ、すばやく炬燵に入らせてもらった。炬燵はほかほか暖かい。

「あー落ち着きますねえ。私もそのうちに、リビングに畳を敷いて炬燵を置こうかな」

 私の向かいで鱗氏がうなずいた。

「やっぱり畳に炬燵だよなあ。まあ茶菓子とかは出せないがゆっくりしてくれ。あんたみたいな若い人には、こんな古本屋は馴染みがないだろう? 今は本はほんとんど全部電子書籍だし、古書や古い本も完全にデジタルアーカイブ化されているからな」

「そうですねえ。でも学生時代には、先輩の先導で神田の古本屋街には何度か行きましたよ。古い画集とか買いましたね」

「ほお。まあ俺が死んで20年以上だ、あそこもだいぶ様子が変わっただろうなあ」

 懐かしそうな表情の鱗氏を、少し恐る恐る見てしまう。

「あのー店主さんというか鱗さん、やっぱり幽霊なんですか? 今はそんな感じが全然しませんけど。足音もちゃんとするし」

 鱗氏はちょっと笑い、店の方からウクレレの音色が聞こえてきた。


「幽霊だよ。手っ取り早く言えば、俺は神田の古本屋街で割と老舗の古書店をやってたんだ。で、大きな地震があって本棚が崩れて本に埋もれてお陀仏だ。耐震対策はやってたんだが、抜けがあったんだろうなあ。ま、寿命だからそれは別にいいんだが、女房は驚かせたな。葬式を出してもらった後も、辺りをうろうろしていたんだが……呼び寄せられてこの迷宮に取り込まれて、また古本屋の店主を体付きでやらされてるわけだ」


 私は、鱗氏の顔をじっと見た。

「……何だかその、誰かが亡くなった鱗さんを強引に店主にしたみたいな言い方ですね」

「近いな。この迷宮はな、あれこれ取り込んで作り上げられているんだ。俺も古本屋も飯屋も案内処も温泉も、増え続ける本を整理するウサギ連中も。俺たちの常識や理解を超えた空間だ」

「それは、この間鱗さんが言ってた、ダンジョンが思念に満ちているというのと関係あるんですか? もしかして祖父の思念ですか? ウサギに聞きましたよ、ダンジョンの元になったのは祖父の蔵書だって」


 鱗氏は頬杖をついて私の顔を見た。

「正確には間宮さんの願望を叶えようとしている何者かの、えらく強力な思念だな。そいつはな、屋敷ごと地下に落ちた間宮さんの願いを叶えるために、この迷宮を作り上げて今も膨張させ続けているんだよ」

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