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37:すべての世界と世界のすべて /後編

 頭上に広がる広い広い空は、さっきまで雲一つ無い青空だったのに、今見ると薄緑色になってちぎれ雲が幾つも漂っていて、父親の頭の向こうに鮮やかで大きな虹が見える。

 風が吹いて、黄金色の穂が揺れ、またどこからか微かに鈴の音がした。


 今目の前にいる父親は私の幻覚だろうか……いや絶対に違う。


 私は突然不安になった。ここは一体どこなんだろう? 深海魚に教えられた通りに森の中を抜けて違う世界に来たはずだけど、本当に<夢>に会える世界なんだろうか。さっきの不思議な言葉が気になる。


 ――まみやなつき、ここから、せかい


 そして、久しぶりだなと言ったきり黙って私を見ている父親に、何だか腹が立ってきた。

「お父さん、死んだんだよね。で、幽霊になったの?」

 私のとがった声を父親は気にした様子も無く、やはり穏やかに答えた。

「さあどうかな。菜月から見れば、幽霊が一番近いだろうとは思う」

「お母さんには会えたの?」

「いや、会えない」

「じゃあなんで、お父さんはこんな変な所にいるの? 前に見かけた時は広場みたいな場所だったけど。ダンジョンが心配だから?」

 父親は返事をせず、私に背を向けて歩き出した。

「歩きながら話そう。時間は幾らでもあるが、菜月はこの道を進まないといけないからな」

 ムッとしたけど、手に持っていたライ麦を道に捨てて、仕方なく父親の背中を見ながら歩き出した。


 しばらく口をきかずに歩く。ふと横を見ると、ライ麦畑の中を大きなゾウがふわりふわりと並んで歩いている。音はしないのが妙だ。幻想的といえばそうだけど、何だか混乱して嫌になってきた。

「何あれ。なんでゾウがライ麦畑にいるのよ」

 私の愚痴っぽい呟きが聞こえたのか聞こえないのか、父親が前を向いたまま言った。

「そういえば、菜月はゾウの絵本が好きで、いつも手に持って歩き回っていたな」

「ゾウの絵本?」

「どこかの国の、飾りをたくさん着けたゾウの顔が怖いと言い張って、クレヨンで塗りつぶして。でも今度は、その塗りつぶされたゾウが可哀そうだと泣くので、菜月がお化粧をしてあげたんだよと宥めたなあ」

「そこまでは……覚えてないけど」

 確かにゾウの顔を塗りつぶした記憶はある。それにしても父親が私に関する思い出話をするのは、初めてだ。生きている時は、ごくたまに会ってもそんな話は一切しなかったのに。


 ライ麦畑のゾウは、急に後ろ足で立ち上がり、長い鼻を振り回してから楽しそうにどこかへ飛び跳ねるように走り去った。私や父親の記憶と何か関係があったんだろうか。


「もう一度聞くけど。なんでここにお父さんがいるの。死後の世界ってわけじゃないよね?」

 私の問いに父親は不思議な答えをした。

「違うよ。私は死んでからこちらの世界に来て、私の世界にいた。菜月が通りかかったけど、荷物を背負って急いでいたから、声を掛けずに見送った。そのうちに菜月に呼ばれてこの世界を歩いていたら、高い塔から下りてくるのが見えた。それで声をかけた後は、ライ麦畑を眺めながら通りかかるのを待っていた」

 何だか、実際の私の経験と父親の見え方が全然違う。塔から下りてって、正確には決死の覚悟で塔のてっぺんから飛び降りたのに。

「絶対に諦めるなって言ってたけど、ダンジョンの今の状況は知ってるの?」

「いや、私は見えない。でも菜月は気が短いし、ダンジョンの事で思いつめて焦っているようだったから、少し心配になって声をかけた」

 気が短いは余計だ。私はまた不貞腐れた気分になった。

「そりゃまあ、塔のてっぺんで色々言われて焦ってたけど。でも私、お父さんを呼んだ覚えは無いけど」

「それは別にどうでもいい。ここは菜月の世界だけど、全ての世界でもある。大事なのは前に進み続ける事だけだ」

 父親の何だか意味のわからない、のらりくらりとした話しに苛つく。全ての世界? 私の世界? 何それ。

「そうだね、13階からこっち、妙な人ばかりに会って、妙な場所ばかり歩き回っていい加減慣れたよ。とにかく、ダンジョンは異変が起こって、9階が崩壊して寒くなって住民の皆が危険な状態になってる。だから私は<夢>というか、深海魚を呼んで話をしてダンジョンを……」


 父親がいきなり立ち止まって振り向いた。

「それは、菜月がやるべき事か?」

 父親の真面目な表情に驚きつつ、詰問されたような気になって思わずムキになって大声になってしまう。

「そうだよ! お父さんは手紙に散々好き勝手な事を書いてたけどね、私にしか出来ない事だってわかったからやる。私は絶対に絶対にダンジョンの皆を助けるって決めたの!」

 意外な事に父親は微笑んだ。

「菜月がやるべき事をやると決心したなら、必ず上手くいく」

「え?」

 強い風が吹いて、周囲の黄金色の無数の穂が大きく揺れた。頭上は、ピンク色とラベンダー色が混ざったような空に、ふちが銀色に光る大きな入道雲が地平線からわいている。永遠の塔はどこにも見えない。少し日の光が弱くなったような感じがするけど気のせいかな。


 父親は、再び背を向けて歩き出した。同じように歩き出した私は、さっきのは励まされたんだろうか? と戸惑っていた。親なのにわかりにくいな、全く。すると父親が肩越しに話しかけてきた。

「9階が崩壊したと言ったな。私はまず7階で本棚が崩れたりするのかなと考えていたよ」

「7階? 薬湯温泉があった階だね。なんでそう思ったの?」

「あの階は他の階より奇妙な雰囲気だっただろう? 本棚が巨大で高さがあるのに、天井はもっと上部にあって本棚との間が広く空いて不安定に見えた。何かで本棚が倒れてきたら大惨事だなと心配になったよ。それに温度が明らかに低かったから余計に気になった」

「ふうん……」

 確かに私も、天井が高くて教会みたいだと思ったけど。

「そういえば、ダンジョンの温泉は異変で全部消滅したよ」

「ええ? それは残念だな。5階の温泉とか星空が見えて、気に入りだったんだが」

「そこ、行きそびれているうちに無くなって残念だった」

 急に父親に、私がダンジョンで経験したあれこれの事を話したくなった。良く考えたら、父親は私と違いダンジョンに長期間出入りしていて、全ての階や施設を良く知っているのだ。


 改めて話しかけようとした私は、急にぐらりと強い目まいに襲われて立ち止まった。何だか身体がひどく怠い。まずい。13階に下りてから一切飲み食いをしていない。空腹感などは無いけど、さすがに体力には限界が来たのかな。その場にしゃがみ込んでしまった私に父親が近付くと、そっと私の腕を掴んだ。良かった、ちゃんと実体があった。

「大丈夫か? もうすぐ星が訪れるから小屋でしばらく休もう。ゆっくり立って動け」

 小屋? そんな物がどこにあるの、と思いながら父親に身体を支えてもらって立ち上がり、よろよろと歩く。

「何だか……ダンジョンに入ってから弱くなったような気がする……大丈夫かな……」

「菜月は大丈夫だよ。ただダンジョンの空間は部外者にはきつい時があるからな」

「うん……そんな感じがしてた……」


 父親とこんな風に歩くのは初めてだな……幽霊みたいな父親に違う世界で助けてもらうなんて、皮肉だ……そう考えているうちに辺りが夕方のような気配になってきた。こういうゆっくりとした時間の経過を感じるのは久しぶりだ。

 私を支えながら歩く父親が、ライ麦畑の中に入っていく。と思ったら細い道が小さな小屋に続いていた。何の装飾も無い、木造の小屋だ。もしかしたらライ麦畑に色々出現する世界なんだろうか。

 父親は何も言わずに小屋のドアを開けて中に入る。

 一部屋しかなくて狭いけど、部屋の中央にテーブルと椅子がある。父親に椅子に座らせてもらって、ぐったりしつつ見ると、テーブルの上にはランプに小型のポット、小さなカップがあって皿に盛られたタルトのようなお菓子もある。

「何だか、ダンジョンの休憩処みたい」

 窓から外のライ麦畑が見えるのが違うけど。そう言うと、向かいの椅子に座った父親が小さく笑った。

「確かにそうだな。あそこと同じように飲食物は安全だ。ゆっくり休むといい。時間は幾らでもある」


 一息ついてから、私はショルダーバッグを外し、ジャケットを脱いで椅子の背に掛けた。途端に身体が軽くなった。やっぱり疲れてたみたいだな……。父親がポットから注いで渡してくれた冷たい薬草茶を飲み、ジャムを乗せたタルトを齧る。うん、ちょっと固いけど美味しい。父親はお茶も飲まず黙って私を見ている。何となく照れくさくて急いでタルトを飲み込んだ。

「あの、私がダンジョンに入ってからの出来事を聞いて欲しいんだけど。お父さんは長い間ダンジョンの事を調べてたし」

「私は遊んでいただけだよ。菜月が見聞きした事は私も知りたい。ゆっくり話してくれ」

 私はダンジョン相続苦労話は大幅にはしょり、ダンジョンでの騒動などをなるべく詳しく語った。ヴァレンティールとの事は一応内緒にしたけど、父親は時々相槌を打ちつつじっと最後まで聞いていた。


「驚いたな。菜月はダンジョンに入って一カ月も経たずにそこまでの経験をしたんだな。そうか……無限の記憶庫の境目を閉じるだけじゃ駄目だったか。地震は気づかなかったな。確かに地上の地震の影響でダンジョンの異変が早まったのはありえる」

「暗黒女王はそんな話をしてなかったの? あの女、お父さんの事を質問が上手いとか言ってたけど」

「私は、本が増えるのを止める方法やダンジョンの成り立ちを質問しただけだ。まさか崩壊がそんなに早く進行するとは考えていなかったし、体調の事もあったからな。別の言い方で質問すれば違ったかもだが」

 体調……やっぱり心臓の具合が悪かったんだろうか。

「自分でも言ってたけど、なんで暗黒女王は嘘をつかないって信じられるの? 他の世界からダンジョンに潜り込んで悪さばっかりしてるのに」

「ああ。他の存在を怒らせたり混乱させるには、真実を言うのが一番だからな。本当の事を言われると、誰でも腹を立てて周囲と揉めだすのさ」

 父親は軽く断言し、私はぐっと言葉に詰まった。色々思い当たる。父親はカップに薬草茶を注いでゆっくりと飲み、小屋内が少し薄暗くなってきた。


「……地震か。親父は大変な地震嫌いだったから、深海魚はダンジョンが揺れないように作り上げたんだろう」

「地震嫌い? そりゃ好きな人はいないだろうけど」

「子供の頃に地震で怖い目に遭ったとかで、反応が極端だったよ。微震でも大騒ぎをしていたけど、人前では必死で隠していたから鱗さんも知らなかっただろうな。あの屋敷も、耐震を考えてえらく頑丈にしてあったから、大陥没の時に即死を免れたのかもな。菜月の言う通り、ダンジョンが地震のたびに揺れていればまだマシだっただろうに。まあ元は魚の深海魚の剥製に、そこまで配慮するのは無理だったろうが」

 深海魚には妙に辛辣な物言いだな。父親は窓の方を見ながら首をかしげた。

「しかし、深海魚はダンジョンを作り上げ維持している。それに菜月が会った記憶庫の番人や深海魚の片割れの言う通りなら、奴はとんでもなく強大なエネルギーを操れる訳だ。そんな深海魚が、どうしてダンジョンの崩壊や異変をそのままにしているんだろうな? あと本棚の隙間の施設や設備は一応動かしているのに、親父が好んでいた温泉だけが消えたのも妙だな」

「言われてみれば確かに。うーん、もしかしたらダンジョンの状況をちゃんと認識していないのかもしれない。あちこちを漂っている存在らしいから、遠くにいて反応が遅れているとか……」

「それもあるな。もしくは、暗黒女王が本を減らした以外に致命的な何かを引き起こしているかだ。嘘は言わないが嫌な存在だよ。まあとにかく、菜月の考え通りダンジョンを作り変えるのが最適だろう」

 頭の回転が早い父親にそう言ってもらえて、かなり安心する。


「深海魚というか、<夢>はお父さんにダンジョンで話しかけてこなかったんだね」

「そりゃそうさ。親父と私はお互いに縁を切ってたし、私は生まれる前から親父の書斎にあったあの剥製が大嫌いだったんだ。深海魚に敵視されて無視されても仕方ない」

 15階で会った深海魚の冷たい視線を思い出す。父親は平気な顔だが、私は少し辛くなった。

 単純に、仲の悪い祖父がとても大事にしていたから剥製を嫌ったんだろう。そこまで仲が悪かったのか……でも今さら色々尋ねても仕方ないので黙っておく。事情を知っていたらしい母親も詳しい話はしなかったし。父親が急に笑い出した。


「親父の書斎と言えば、気難しい司書ウサギの前で署名と宣誓をさせられただろう? <5つの決まり>を読んで、親父が書いたクソ分厚い『文学史三百年』に手を置いて」

「うん。著者名を見てびっくりした」

「あの本な、私が書斎から持ち出して他の部屋に隠したんだよ。高校生の頃だったかな。何かと言うと本に挟んであった、子供じみた<5つの決まり>を見せられて、口うるさく注意されるのにうんざりしてな。もちろん親父は怒って探したけど、家中が本の山だったから自分でも見つけられなくて、ついに諦めたんだよ。ずっと私に文句は言ってたけど」

「ああ! それでダンジョンの書庫にあった訳ね」

「うん。だからダンジョンのあんな所で目の前に『文学史三百年』を置かれて驚いたよ。深海魚が再生したにせよ、間違いなく私が隠した物だった。しかも<5つの決まり>が宣誓文だ。司書ウサギに抗議して、特にくだらなくて嫌いだったビスケットの項目は消させてもらった」


 私は溜息をついた。そういう訳だったのか。

「それでお父さん、ガイドブックやメモにウサギが宣誓させる事は書かなかったんだね」

「まあな。気が進まなかったし、ちょっと菜月を驚かせてやろうとも思った」

 どっちが子供じみてるんだか。

「大体、お父さんの書き残した手紙やらガイドブックやら、わかりにくくて理解するのに苦労したよ」

 私の言葉を聞いた父親は苦笑し、手を伸ばしてテーブルの上のランプを操作して灯りを点けた。気が付かなかったけど、小屋内もかなり薄暗くなっていた。父親と私を、暖かな灯りが照らす。

「そうだな。最後の手紙はきっちり書きたかったけれど、結局時間切れだったし。死んでこの世界に来てから理解できた事が多かったよ」


 ぎくりとした。悪い事を言ったと後悔したけど、父親は特に表情は変えなかった。

「実は私が初めてダンジョン探索を始めた頃は周囲がうるさくてな。久満さんはともかく、ダンジョン管理部がいちいち報告書を出せと要求してきて、腹が立ったからガイドブック形式で提出してやったんだ。呆れられたのか、それからは余り言われなくなった。新谷川さんの執り成しもあったし。でも菜月はもう私以上にダンジョンに詳しくなったし、私の知識は不要だろう」

「え。そんなの、まだわからないよ」


 私は何だか辛くなってきた。徐々に父親との別れが近付いているのを感じる。ずっと一緒にいられる訳が無いのはわかっている。私は何としてでも<夢>と会い、そしてダンジョンに戻らないといけない。でもこんな風に父親と長く親しく話したのは初めてなのだ。普通なら、死んだ筈の父親とは出会えなかった……なんで生きているうちに……。


 私は顔を見られたくなくて、椅子の背に掛けたジャケットを手にした。隠しポケットに入れてあった『お魚たちの朗読会』の手製本を取り出して、深海魚が修復した話をしながら手渡した。興味深げに表紙を眺めていた父親は、私が一緒に取り出してテーブルの上に置いた、金色のスカーフで包んだ父親の手紙に目を止めた。

「なんだ、私の手紙を持って来ていたのか」

「うん。さっき話したエルフの王女が、これはお守りになるから持って行けって言ってくれたから」

 父親はしばらく黙った。

「……そうか。お守りか」

「なんで、あんな妙な場所に隠したの?」

「手紙に書いた通りだ。まず菜月にだけ読んで欲しかったからだよ」

 ヴァレンティールがこの手紙から絶対に私を守るという強烈な思念を感じると言っていたけど、父親はそれ以上は何も言わなかった。

「その紙は何だ?」

「ああ、ダンジョンに入る前に久満さんが送り付けてきた『お魚たちの朗読会』の画像や小説のテキスト。探す時の参考に印刷して持って来て、司書ウサギに見せて説明したり、結構役に立ったよ」

 すると、父親が意外な事を言った。

「それを貰ってもいいか? 本は見つけたからもう要らないだろう?」

「え? そりゃ別にいいけど……」

 私は父親に『お魚たちの朗読会』のプリントアウトを手渡した。父親は中身を少し見てから丁寧に畳んで懐に入れた。

「このスカーフも渡そうか? お母さんからのプレゼントだったんでしょう?」

「いや。それは菜月に譲った物だ。菜月が持っていてくれ」


 私は、父親から返された『お魚たちの朗読会』の手製本を隠しポケットではなく、ショルダーバッグにビスケットの缶と一緒に入れた。この方が歩きやすいだろう。私は椅子に座らず、立ったまま暗くなった窓の外を見た。こちらの世界の夜になったようだ。朝が来たら父親と別れないといけないんだろうか……。

「体調はもう大丈夫か? これからまだしばらく歩くからな」

 私を見上げる父親の言葉を聞いて、突然私の口から言葉が飛び出した。


「お父さん、どうして、家を出て行ったの?」


 ずっとずっと聞きたかった事、でもどうしても聞けなかった事。

「お母さんは、理由を言ってくれなかった。お父さんに聞いちゃ駄目だとも言われてた。でも私は理由を知りたい」

 父親は目をそらし、しばらくじっと何かを見つめていたけど、やがて立ち上がりランプを手に持った。

「そろそろ出発しよう」

 父親は、真っ直ぐに私を見た。

「大丈夫だ。逃げはしないよ」

 そう言って小屋から出て行く父親の背中を見ながら、私は急いでジャケットを羽織りマフラーをしっかり巻き直すと、ショルダーバッグを肩にかけた。


 小屋の外に出ると、既に闇夜だった。風が吹きライ麦畑がざわざわと揺れる音だけが聞こえる。少し寒いけど広々としていい気持だ。ランプを掲げて白タイルの道に出た父親は、立ち止まると何も言わずに灯りを消した。周囲が真っ暗になり、暗闇の中から父親の声だけが聞こえた。

「星がきれいだろう?」

 見上げた私は思わず小さく歓声を上げた。頭上は、満天の星空だった。天の川のような星の帯が何本も見え、流れ星が次から次へと夜空を横切る。

「凄い。こんな星空、見た事ない」

 しばらくしてまたランプが灯り、少し離れた場所にランプを掲げた父親が立っていた。


「歩きながら話そう。菜月はこの道を進まないといけない」


 ランプの灯りに浮かび上がる、白っぽい作業着のような父親の姿はなぜかとても神秘的に見えた。

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