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<後編>

 この国は、とにかく王家が最も強い魔法使いであること、を重視する傾向にある。

 魔法の才能というのは環境や努力でももちろん変わるが、元々の魔力の値は遺伝が大きいということでも知られているのだ。絶対とは言えないが、優秀な魔女や魔術師が親である子供は、高い魔力を得る傾向にあるとでも言えばいいか。

 王子様の伴侶に、より優秀な魔女を迎えたいと思うのも道理なのである。聖女として無理やり異世界転移させられてしまったジュリアが、本人の意思とは無関係にお后候補に入れられてしまったのもそのためだった。

 裏を返せば。

 そのジュリアより魔女として優秀であることを目に見える形で示せば、その女性はお后様候補の筆頭として躍り出る可能性が高い、ということ。その最もわかりやすい形が、S級魔導士の資格試験というわけである。


「王子様に、S級魔導士の資格試験を受けるように言われたんですよね、私」


 苦笑いしながら語るジュリア。


「私の魔力があれば、少なくとも実技ではいい点が取れるから、と。……ていうかぶっちゃけますと、いくら聖女でも無資格の魔女をお后に迎えるのはちょっとね……って意見が王族の方々からも出ているようでして」

「ああ、なるほど。それは一理あるわね」

「はい。なので、とにかく恥ずかしくない資格を私にとって欲しい、ということなんです」


 ただし、と彼女は続ける。


「さっきも言ったように、私は魔法が存在しない世界の人間です。魔法に関する知識なんて、ゲームで触れた程度のもんしかありません。ようするに、筆記試験はぼろっぼろになる可能性が高いです。その上で実技試験でもいい成績が残せず、ズタボロで不合格ともなれば……まあ流石に王族の皆様も、私を妃にすることを考え直すんじゃないでしょうか」


 ていうか本気でやっても合格する気しないんですよねえ、とジュリアはあっけらかんと答える。


「私、昔から試験と名のつくもの全て大嫌いでしてー。学校の中間テストとかも、いつもどうやって逃げ出そうかと全力で考えている始末です。結果、いつもテストは赤点かサボりかのどっちかですね!」

「それはかなりダメなやつじゃ……」


 思わずつっこんでしまうクローイ。おかしい、自分は突っ込みタイプではないはずなのに、この少女が現れてから見事にツッコミしかしていないような。いかんせん、斜め上の話ばかりされてはそうなるのも仕方ないだろう。


「で、聞いたところ、クローイさんは既にA級の魔導士資格まで持ってるらしいじゃないですか。なら、S級だって合格できる可能性は充分にあるでしょう?ぜひ、圧倒的大差で私を任して合格していただきたく!」

「それをアナタの口から言われるのはかなりどうなのかと思うけど……!」


 まあ、言いたいことはわかる。

 魔導士の資格は、上から順にSからEまである。E級の魔導士ならば、小学生低学年でも取れるとされている。一般的に就職に有利となるのはBクラス以上。王宮専属の魔導士である王宮魔導騎士の職につくためにはAクラス以上が必須とされている。

 そして最上級のSクラスは、合格できる者は極端に少ないとされていることで有名なのだ。膨大な魔力と膨大な知識に加え、優秀な身体能力や戦闘技術も要求される難関試験。受験するだけならばどのクラスでも自由に受験できるので、受験生のレベルもピンキリである。S級を受験して合格できる者は、記念受験の者を含めているとはいえ毎年全体の5パーセントにも満たないと言われているのだ。


――無資格のジュリアでも、受験自体は可能。……なるほど、王家はいきなり彼女をS級にねじこんで資格を取らせようとしたわけね。なんて無茶な……。


 毎年、試験の過酷さは受験生たちを中心に語り草になるほどなのだ。魔力は膨大でも、魔法の知識ゼロな聖女サマがいきなり投げ込まれることがどほど不憫か。流石に、同情を禁じえない。


「……まあ、いいわ」


 とにかく、やるべきことは理解した。


「S級魔導士試験、受けましょう。あたくしの実力なら、圧勝するのが当然ですもの」

「やったあ!」


 小躍りするジュリア。どうせ、二か月に一度の試験、受ける気満々ではあったのである。S級を取れれば結婚のみならず、それ以外の就職にも有利になるだろう。自分はA級でも上位――充分に可能だと踏んでいた。

 問題は。


「ていうか、貴女こそ自分の心配をしたらどうかしら。実技試験は本当に過酷なのよ?……魔力だけ高い普通のお嬢さんでは、命の危険さえあるわ。わかってるわけ?」

「ぐ……な、なんとかします!」

「本当になんとかできると思ってる?」

「大丈夫です、逃げ足だけは速いんで!いざとなったら全力で逃げますんで!」


 ぐ、と親指を突き上げるジュリア。


「私、悪運にだけは自信あるんです!きっとなんとかなります、たぶん、めいびー!」




 ***




「どこがなんとかなるってのよ、あのバカ!」


 試験の日。

 クローイは思い切り叫ぶ羽目になっていた。というのも、実技試験の課題を見た時から嫌な予感がしていたからだ。

 S級魔導士試験実技課題――クロスドラゴン討伐。

 王宮魔導騎士が召喚したクロスドラゴンと戦う、というかなり無茶な課題だったのである。正確には、用意されたフィールドで十分間クロスドラゴンと戦うというものだが、このモンスターはA級魔導騎士であっても苦労するほどの難敵なのだ。

 この世界にいるイキモノは、大きく二つに分けられる。人間達がその生態の九割以上を解明することができた『動物』と、それができていない『モンスター』だ。解明できていない理由のほとんどは、モンスターと呼ばれる者達が攻撃的だったり、魔法を使ったりと捕縛して実験できないからというのが大きい。中でもドラゴン種の厄介さは折り紙つきであり、特にクロスドラゴンは頑強で巨大な体と鋭い牙、さらには炎のブレスまで吐いてくるという非常に危険なモンスターなのだった。

 S級の資格を与えるならば、こいつごときに遅れを取られては困る――ということなのかもしれない。実際、冷静に対処すればまったく倒せないモンスターではないのだ。それゆえ、この課題を見て絶対に無理だと思った者達は、その時点で辞退を申し入れているはずである。今年はこれで、記念受験レベルだった受験生たちがほぼ全て振り落とされることになったはずだ。

 問題は。


――あのバカ女は、絶対辞退なんて許されないということよ!


 普段はマジカルバトルの試合で使われるコロッセウムを貸し切って行われる実技試験。クローイは動きやすい戦士服を身に纏い、フィールドを走り回っていた。

 すぐ後ろに着弾する火球。中途半端な攻撃にブチギレたクロスドラゴンが、さっきからブレスを吐きまくっているせいだった。火球を防ぎきれなかった受験生たちが、火傷を負いながら走り回っている。なんでそのレベルで辞退しなかったんだろう、と今怒っても仕方ない。

 同じ班でドラゴンとまともに戦えそうなのはクローイ一人だ。逃げまどっている受験生たちを避けながら、どうにかさっきから姿が見えない一人を探し回るクローイ。

 ジュリアは言っていた――自分はどうしても受験するしかないのだと。頼みこまれて、嫌でも試験を受けるしかないのだと。しかしスキルも知識もないので、100%合格することはないと。


『だから私が特別な演技をするでもなく、私は落ちてクローイさんは合格するという図になるはずです』


 だからおかまいなく、とジュリアは笑っていた。


『クローイさん、絶対合格してくださいね!そして王子様と結婚して、幸せになってください!』


 そんなこと言っている場合なのか、あのお人よしは!

 試験がどれほど危険なのかわかっていなかったのか、あるいはわかっていても逃げられないと知っていて諦めていたのか。いずれにせよ、あの筆記試験の酷すぎる点数からも察するに、まともな魔法はほとんど使えないとみて間違いない。そしていくらムカつく聖女とはいえ、目の前でクロスドラゴンにぺしゃんこにされていたら寝覚めが悪いことこの上ないのだ。


「ジュリア、どこ!?」


 クローイが叫んだ次の瞬間だった。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴。

 ぎょっとして振り返った先、ジュリアが地面に蹲っているではないか。恐らく、身を護る為防御魔法だけはどうにか土壇場で身に着けたのだろう。泣き叫びながら、必死でバリアを貼って耐えている。だが。


「ゴオオオオオオオ!」


 そのバリアを、ガシガシと踏みつけているクロスドラゴン。体重1トンにもなるドラゴンの踏みつけをどうにか耐えているのは、彼女の魔力そのものは並外れているせいなのか。

 だが、あの様子。いつ恐怖で気絶して魔法が解除されてもおかしくない。完全にパニクって、バリアを貼ったままその場から逃げることさえままならない状態だ。


「た、たたた、助けてえええええ!」

「ああもう、このバカ!」


 自分も大概お人よしである。クローイは呆れ果てながらも、魔導書を取り出して構えた。クロスドラゴンは今、ジュリアを踏みつぶすことに躍起になっている。他の受験生たちがコロシアムから逃げていくのも気づいていないし、クローイの存在も煙に紛れて見えていないのだろう。

 逆に言えば、これ以上ないチャンスだ。ならば。


「ぶっとんでおしまい!」


 魔導書を開き、呪文を唱えた。


「〝Flare〟!」


 強大な光属性の魔法が、一瞬にしてクロスドラゴンの頭を吹っ飛ばしていたのだった。




 ***




「作戦通り、です!」


 試験の結果は、言うまでもない。

 クローイはS級魔導士試験に合格。ジュリアは合格ラインに掠りもせずに不合格。しかも、ジュリアは逃げる時に転んだせいであちこちすりむいて怪我をしていた。

 念のため検査もかねて入院となったはずなのに、お見舞いに行くと彼女はクローイにピースサインをしてみせたのである。試験会場では、あんなテンパって泣いていたくせに。


「王子様も、クローイさんをめっちゃ褒めてましたよね!ライバルの聖女を助けたってところもポイント高かったようで!いやあ、私も体張った甲斐がありました!」

「あんたね、ほんとに死にかけてたくせによく言うわよ……」

「いやあ、それほどでも」

「褒めてないから!」


 絶対演技じゃなかっただろアレ、とクローイはため息をつく他ない。自分が彼女を見捨てていたらどうなっていたやら、だ。それこそ、クロスドラゴンレベルならば、クローイだってやられていたっておかしくなかったのである。クローイが逃げていたら、間違いなくジュリアも死んでいたはず。もう少し危機感を持ってほしいところなのだが。


「私があまりにもヘボすぎたんで、王族の方々もこの聖女とやらをお嫁にするのはダメじゃね?って雰囲気になってるっぽくて。何より、クローイさんを評価する声がどんどん増えてるんです。王子様も、かなり乗り気みたいですしね。これはほぼ、クローイさんがお嫁さんになるって決まったも同然ではないでしょうか!」


 ジュリアはキラキラした目で言う。


「つまり、私もお役御免です。やったぜ!」

「……本当にそれでいいわけ?そりゃ、あなたも元の世界に帰りたかったんでしょうけど……でも、ケリー王子の妻になれば、この国で最高の身分が約束されるのよ?間違いなく、目が覚めるような贅沢な生活ができるでしょうに」


 一応、クローイはそう口にすることにする。

 もちろん、妃というポジションがそんな甘いものだけではないのはわかっている。だが、少なくとも一生飢える心配がない生活ができることだけは間違いないはずだ。ケリーは優秀であるし、政治的なことは全て彼に丸投げしたって構わないはずなのだから。

 何よりイケメンで、優しい。こう言ってはなんだが、あんな優良物件はどこを探してもいないと思うほどだというのに。


「言ったでしょ?私は、推しが幸せになるのを傍で見守るのが一番の幸せなんです。自分は主役になりたくないんですよ。それは解釈違いで」


 というわけで!とジュリアはクローイの手を握って言うのだ。


「元の世界に帰るまで……見守らせてくださいね!王子とクローイさんが共に幸せになるところを!」


 まったくもう、とクローイは呆れるしかない。

 自分はきっと、物語における悪役令嬢だったはずだ。彼女は女神に愛され、力を与えられた聖女。本来自分は邪魔者扱いで断罪ルートでもおかしくなかったはずなのに、一体どうしてこうもシナリオが書き換わったのだろう?

 いや、わかっている。それらは全て目の前の少女が、ただただ純粋に祈ってくれたからだ。クローイという名の、悪役令嬢の幸福を。


「……ええ、見せてあげる」


 だから、自分もはっきり言うのだ。


「必ず、あたくしは幸せになってみせるわ」


 とりあえずはこの無鉄砲で無邪気な〝友人〟を、お説教するところから始めようか。


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