どうしよう。
説明してもらっているはずなのに、ジュリアが話せば話すほどわけがわからなくなってくるクローイ。
とりあえず、だ。
「……今、なんて?」
きっと今、自分はおめめがグルグルになっている。これをすぐ理解できるいる猛者がいたら正直尊敬するところだ。
「えっと、ですから。この世界、私がプレイしてるゲーム『マジカル・ヴェスティニア』そっくりなんですよねえ」
困ったように笑って続けるジュリア。
「私の推しCPはケリー×クローイなんで、ケリーと違う女がくっつくのとか無理なんです。それがたとえ、私であろうと!なので、何がなんでもクローイさんには、ケリー王子と夫婦になってもらわなきゃいけないんです。そもそも私夢小説そもののが地雷なんですよねえ。ましてや推しCPに割って入る夢ヒロインとか世界の異物でしかなくね?マジで邪魔じゃね?素敵な物語がよくわかんねえメアリースーでぶち壊しにしてんじゃねえよクソッタレとしかならないわけでして。はっきり言って現状私は私の存在そのものがどちゃくそ邪魔なんです。マジで要らないんです、完成されている物語に余計な夢ヒロインとかオリキャラとか本当に無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!ってかんじで!!」
「ごめんなさい言ってることが1ミリもわからないわ……推しCPってなに?ゲーム?夢小説……?」
「あ、ごめんなさい。そうですよね、この世界の人にオタク用語並べてもわかんないですよね」
とりあえず、ジュリアがクローイの結婚を心の底から応援してくれていることだけはわかった。その理由がまったく理解できないが。
「えっとつまり」
ジュリアはにっこり笑って言う。
「この世界って……私の世界では、ゲームになってるんです。えっと、この世界じゃテレビゲームはないかな?なら、本みたいに物語として出版されているとでも思ってください。私はこの世界に来る前から、ケリー王子のこともクローイさんのことも知ってたんです」
「は、はあ……それで?」
「なんでも、昔私の世界に渡った人が皆さんの物語を見て感銘を受けてゲームにしたってのが真相らしくて……まあそれがいいや。とにかくですね、その私はケリー王子とクローイさんのファンだし、そのお話では普通に二人がくっついてるし、クローイさんがちゃんとヒロインなんです。二人で結婚して、この国を襲う脅威に立ち向かってハッピーエンド!というとても美しい物語でして……私はそれを壊したくないんですよ」
それなのに、と彼女の目が据わる。
「あのクソ女神ったらマジで余計なことしやがって……。王子様とご令嬢の素敵CPで充分だっつっとろーがクソが。……いえ失敬、とにかくマジで私を呼び出すという、全方位に迷惑しかかからないことをやらかしてくれやがりまして。私はまったく、1ミリも、これっぽっちも、欠片ほども、この状況を歓迎していないわけです、いいですかね?」
「な、なんとなくは」
まあ、彼女が何を望んでいるかだけはおおよそ理解できた、と思う。
とりあえず、この国の女神様はとても迷惑なことをしてくれたらしい。言われてみれば、突然無理やり異世界転移されて、よその国を救えだの知らん男と結婚しろだの言われたらそりゃ迷惑でしかないだろう。いくらケリーがイケメンで王子様で人格者だからって、故郷と家族と生活をまるごと捨てろと言われているようなもの。普通、そうそう納得できるはずがない。ましてやジュリアのように、元の生活にそれなりに満足してたっぽい人間なら尚更に。
「結論として」
彼女は椅子に座り直して言った。
「私は、クローイさんの味方です。クローイさんには、何がなんでも王子様と結婚していただかないと困ります。クローイさんもそれが御望みですよね?家の為に王子様に選ばれなければならない、と。なら、利害は一致していますよね?」
「そ、それはそう、だけど」
正直、あまりにも予想外すぎて面喰いはしたが――ジュリアが自分の味方になってくれるのならば、これほど心強いことはない。なんといっても、クローイは多少汚い手を使ってでもジュリアを排除しなければならないと本気で思っていたところだったのだから。
「……貴女が私の敵でないなら、嬉しい限りだけど……いくつも問題があるんじゃなくて」
とりあえず、お茶でも出して貰おうとメイドを呼びつける。こうなれば正式にジュリアは客だ。伯爵家令嬢として丁寧にもてなさなければいけない。
「まず、ケリー王子は貴女のこと、どう思っているのよ?保護されて、お城に一時的に住むことになったとかかんとか聞いているけど」
「はい、それは正しいですね」
やや汚れてしまったスカートを払いつつ言うジュリア。
「そもそも私は異世界人ですので、この国に家なんかないです。この国のお金も持ってないので、実質一文無し。女神が推し付けやがったチートスキルのせいで魔法だけは無駄に使えるっぽいですけど、それだけです。とにかくやむなく王子様に保護されているというわけですね」
「異世界から来た人は伝説の神子、もしくは聖女と言われるから……貴女が異世界転移してきたと分かった時点で、待遇は国賓級になるでしょうね」
「はい。これに関してはしょうがないです。そもそも、馬車に乗っていた王子様の目の前に私が落ちて来たわけですから。それを無視できるような人じゃないでしょう?王子様って」
「そうね……」
なんだか複雑な気持ちになる。ケリーとは年も近く、子供の頃から一緒に過ごしたことがあるくらいの仲ではある。
この国は、王族と貴族たちの交流の機会が非常に多い。特に、子供の頃はよく一緒に遊ばせられることになるのだ。王子や王女に、少しでも豊かな心をはぐくんでほしいという教育プログラムの一環だと聞いたことがあるが。
ケリー王子は他の兄弟姉妹と比べると、非常におっとりしていて優しい性格なのは間違いなかった。体力がないわけではないが、鬼ごっこでもすぐに捕まってしまうことが多かったように思う。――大抵、足の遅い子を庇って、身代わりになってしまうせいで。
――大人になってからもそう。……あたくしの家族が風邪をひいた時は、わざわざ自ら屋敷を訪れてお見舞いの品を持ってきてくれたこともあったっけ。
社交界でも、交流のある家の者達の顔と名前は必ず覚え、可能な限り趣味なども把握するように努めていたと知っている。クローイがオペラにハマっていた時は積極的にその話題を振ってくれて嬉しかったのだった。――そんな人が、突然現れた見知らぬ女の子であっても、助けないなんて選択をするはずがないのである。
――だから私も、あの方と結婚したいと思ったのに。
ちくり、と胸が痛む。
家のため。名誉のため。プライドのため。
結婚したい理由はいろいろあるが――本当は、それだけが理由だったというわけではなくて。
「王子様は私が聖女だろうがなかろうが、優しくしてくださったと思います。それこそ、貴族ではないみすぼらしい姿の子供であっても、きっと助けてくださったことでしょう。……私だから、特別愛されているなんてことはないです。それは、ご心配なさらないでください」
ただ、とジュリアは眉を寄せる。
「問題は……王子様にそのつもりはなくても、周りの方々がどう考えているかは別ってことでして」
「なんとなく状況が理解できてきたわ。……みんなの前で貴女を紹介するようにと王子様に進言したのは……」
「王様に仕える参謀長の方みたいですね。多分、紹介した意味を王子様は全然わかってないと思います。だって、めっちゃ天然な性格でしょ?」
「あーね……」
まったくもうあの人は、とクローイは頭痛を覚えた。こうして冷静に考えてみれば、色々見えてくるというものだ。
クローイは現在二十二歳、王子であるケリーも同じ年のはず。本来王族の婚約者は二十歳で決まることが多いのに、本人が魔法の鍛錬ばかりにかまけてお見合いをすっかり忘れていたがゆえ、この状況になっているのだろう。
いやまあ、王子様の結婚相手であるからして、慎重に決めたいという王様の意向もあったのかもしれない。いずれにせよ本人は結婚のことなんかすっかり忘れていた可能性が高そうだ。今回だって、意識の端にも上らなかったかもしれない。
だが。
――王子様が何を考えていようと……王様が強引に話を進めたら止められない、わよね。
なるほど。どうやらジュリアは、それをどうにか阻止したい、というわけらしい。
「女神ヤロウのせいで、私は魔力だけはチートクラスみたいなんです。でもって、魔法を使える皆さんは相手の魔力がどれくらいか、ってのは肌で感じて大体わかるのですよね?……そのせいで、異世界人なのに当たり前のように花嫁候補にされちゃってるわけです。このままだと王様は本当に、私を王子様のお后様にするとか言い出しかねません」
ですが!と彼女は拳を握る。
「私は推しには!推しの本当に大事な人とくっついてもらいたいんです!私を溺愛する推しとかもうマジ解釈違いなんです夢小説とか乙女ゲーとかそういうのほんっきで望んでないんですううううううう!」
「い、言いたいことはわかったから落ち着いて。……ようは王様に、貴女よりも相応しいお后候補がいる、ということを示さなければいけないということでしょう?あと、貴女を呼び出した女神様を納得させなければいけない。それ、とても難しいことではなくて?特に後者はどうするの?」
ジュリアを元の世界に返すには、嫌でも女神の協力が必要となってくる。だが、せっかく異世界から呼び出した少女を、女神は簡単にはいそうですかと元に戻してくれるものだろうか?はっきり言って、NOとしか言いようがない。
「方法はあります。……クローイさんこそがお后様に相応しいと証明できれば、私は完全に用済みです。女神様も、こいついらねーってことで元の世界に返してくれる可能性が高いと思いませんか?」
そこで!とジュリアは身を乗り出して提案してくるのだ。
「S級魔導士試験!クローイさんに受けて欲しいんです……私と一緒に!クローイさんの魔女としての実力を証明するために!」