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第2話 透さんの仕事

 それが始まったのは、僕が高校一年生の時だった。

 最初は後をつけられたり、駅で待ち伏せされたりだったけれど、どんどんエスカレートしていった。筆記用具に体操着などが盗まれて、でも誰もまに受けなかった。

 盗撮した写真が家に届いたり、どこから漏れたのか、僕のスマホに見知らぬ相手からメッセージが来るようにもなった。ブロックしてアカウントを変えたら、今度は家に手紙が届くようになった。


「ストーカーにあっているかもしれない」


 そう両親に勇気を出して伝えても、そんな事があるわけがない、と否定された。

 それはそうだろう。

 僕は男で、相手は女性。

 男がストーカーにあうわけがない。


「断れば大丈夫でしょう?」


 親も、教師も、だれも深刻になんて捉えなかった。

 透さんをのぞいて。

 ストーカーに耐え切れず家出を繰り返していた頃、透さんが僕に言った言葉がある。


「俺は余り家にいないし。いたければうちに来たらいい」


 そして渡された、透さんの家の鍵。

 それから僕はずっと、透さんの家に入り浸っている。

 透さんの家は三階建の一軒家だ。

 僕の家は古い神社でそもそも人の出入りが激しい。参拝者が多く、住居は神社本殿と離れてはいるものの、たくさんの人が行き交う参道は近くにある。

 誰もが家に近づけるうえ、二階にある僕の部屋を誰かが見つめていたとしてもとくに不審がられないような状況は、僕にとってストレスだった。

 だけど、透さんの家は一階が元店舗で、二階と三階が住居となっていて、外から視線を感じることもない。

 僕が使わせてもらっている部屋が、通りとは逆にあるのもありがたかった。

 最低限の家事はするものの、食に対する頓着がまるでない透さんに食事を作るようになり、僕は彼と共に過ごす時間が徐々に増えていった。


「透さん、昨夜帰り、遅かったんですか?」


 朝食を食べながら尋ねると、彼は首を傾げる。


「どうだったかな。時計、見ないから」


 透さんらしい答えだ。

 僕が起きていた十二時過ぎは帰宅していなかったはずだ。ということはそれよりもあと、ということだろう。


「昨日はどんなお仕事だったんですか?」


「あぁ……祠を壊したとかで、そこに封じられていたモノが雑霊を引き寄せてたたりを起こしていた」


「……なんで祠、壊すんですかね」


 そう僕が問いかけると、透さんは肩をすくめた。

 透さんの仕事。

 それは妖怪や幽霊などを祓う、祓い師だ。いわゆる陰陽師、とでも言えばいいんだろうか。

 退魔師、という呼び方もいいかもしれない。

 透さんの家は代々そういう邪を祓うのを生業としてきたらしく、透さんのお母さんもそういう仕事をしていたらしい。

 僕が知っている透さんのお母さんは、ケーキ屋さんのおばさんだけど。


「古い祠で、工事の都合で壊された、らしい。まさかそんな厄介なものが眠っているとは思わなかったんだろうな。幽霊や妖怪なんて、信じる者は少ないから」


「そう、ですね」


 いまどき、妖怪だとか幽霊だとか言ったところで笑われるだけだろう。

 そもそも普通の人は見えないものだから。


「いつの時代もそうだよ」


 年配の、女性の声が響く。

 見れば、ソファーの上で眠っていた大きな三毛猫であるお銀さんが、大きく伸びをしていた。


「お銀さん、おはようございます」


 お銀さんにそう声をかけると、彼女は金色の目をこちらに向けて言った。


「おはよう、緋月」


 そして二股に別れた尻尾を振る。

 彼女は猫の神様のお銀さん。

 いつの頃からかわからないけれど、透さんの家にずっと住んでいるそうだ。

 年齢はわからない。

 何百歳らしいけれど、年齢を聞くと、


「レディに歳を聞くのは失礼だろう」


 と言われて答えてもらえなかった。

 お銀さんはこちらへと歩いてきながら言った。


「幽霊もあやかしも、信じないものは信じないさ。見えないものなんだから仕方ない。誰にでも見えるモノは誰にでも危険なものだとわかるけれど、見えないものはそんなことわからないからね」


 確かに、見えればその危険性を認識しやすい。けれど見えないものがどれだけ危険でも、その危険性を説明するのは難しいな。


「でも祟りなんて信じるやつがいるんだから面白いねえ」


 いいながら、お銀さんはあいている椅子にぴょん、と飛び乗る。


「祠を壊したら悪いことが起きるようになった。因果関係があるからだろうな」


 透さんが言い、カフェオレを飲む。

 見ていて思ったけれど、さっきから透さん、カフェオレばかり飲んでいて食があまり進んでいない。


「透さん、ちゃんと食べてださいね。冷めるから」


 そう強めの口調で言うと、透さんはカップを片手に僕の方を見て、ふっと笑い言った。


「わかってるよ」


 そしてカップをテーブルに置き、トーストに手にした。


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