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第二次選抜に向けて

「魔域、か」


 連邦軍宿舎の談話室で、ディアルクは弟子二人を前に呟いた。


「どのような魔域が選抜の舞台になるかはわからんが……気をつけろ。時に物理法則が通用しない世界になる」

「えっと……魔域って何?」


 ディアルクは暫し目をぱちくりさせた後、目頭を揉んだ。


「教えてなかったか……ざっくりいえば魔の存在が作り出す迷宮だ。魔族、魔物、魔剣。莫大なマナとオドで空間そのものを構築し、入る者を喰らって力を増していく……それが、魔域。危険な存在だ」

「なるほど……つまり?」


 わかった風な顔でそう問う弟子の少年の頭を、彼は軽く叩いてしまった。


「一般人が迷い込んだり、魔物が外に出たりする前に対処しなければならないもの、ということだ。まあ、選抜に使われるなら、それほど危険性の高いものではないのだろうが、くれぐれも慎重にな」

「大丈夫だって! 僕、第一次選抜は一番に抜けたんだから」


 腕を掲げて笑うルダに、彼はそれとは似合わない、暗い顔を向けていた。


「これまで、多くの弟子を見てきた。魔法使いや剣士、時には乗馬を教えたこともある。だが、お前のような弟子は初めてだ。力の使いどころは選べよ」


 魔族を征伐するための部隊に魔族がいる。ディアルクの真実を知らない者がそれを知った時、どのように対応されるか。はっきりとはわからない。ルダの心が人間と同じものであることを完全に証明できる手段などないのだから。


「でも、一人で魔域に入る、なんてことはないですよね?」


 ウーケが一抹の不安を抱えて尋ねる。


「断言はできないが、原則として対魔族部隊の編成は六人以内のチームが最小単位であることを考えれば……即席のチームを組んで当たることになるだろうな。まさか、新米以下の人間に単独での平定を命じることはあるまい」


 弟子二人は胸を撫で下ろした。


「チームを組む際のポイントを教えておこう」


 俄かに彼らを緊張が襲う。


「何よりバランスだ。基本的に、多数を少数が支援する形であるべき、と俺は考えている。前衛に立つ者が、後衛となる魔法使いや射手を守りつつ、相手の行動を制限する。その間に、後衛が致命傷を与える……というわけだ」


 ディアルクが指を鳴らすと、紙とペンが現れた。さらさらと図を描いていく……のだが、そこに表現された魔物の様子は、超現実的、としか言いようがなかった。


 角なのか毛なのかわからないものが生えたその魔物の周囲に、彼は幾つか人型らしいものを配置する。持っているのは杖──なのだろうか、とルダもウーケもわからないなりに読み解こうとしていた。


「ルダ、前衛として組める相手はいるか」

「……一人、仲良くなったよ」

「なら、どうにか頼め。互いにカバーできる関係が必要だからな。お前は間合いが短い……うまく入りこむ隙を作ってくれるような、素早い相手がいいだろうな」


 頷きながら話を聞くルダ。脳裏に思い浮かんでいるのは、ソウマだ。


「俺は屋敷に戻る。多少の怪我は仕方ないが、身の危険を感じたらすぐに諦めろ。試験は年に一度行われるからな。また落ちても来年挑めばいい……その間の食い扶持は稼いでもらうがな」

「先生こそ、心配しすぎて風邪とかひかないようにね」

「……明るくなったな」


 それだけ言い残してディアルクは基地を後にした。


「僕、変わった?」

「ええ。最初に会った時とは全然違いますよ。雰囲気も、軽くなってます」


 彼は自覚していなかった。自分に力があること、その力をある程度操れるようになったこと。二つが彼の心に生来の明るさを取り戻させていた。


「そうかなあ……」


 後頭部を掻いた時、夕食を告げるベルが鳴った。都会の人間がどんなものを食べるのか、とワクワクして食堂に向かったルダは、牛テールを使った春野菜シチューに出迎えられた。


「こんな大きな肉を……!」


 ディアルクの屋敷で出た食事は、その収入に比して質素なものだった。パンはいいものだったが、肉はそう高級ではなかった。


 だが、今目の前にあるこれは、焼き立てのパンと一人に一かけら与えられたバターの香りと共に、若き戦士たちを誘惑していた。


 肉は柔らかく、スプーンで簡単に崩れる。興奮のままに口に運び、パンをシチューに浸して食べる。


「ルダくん」


 向かいに座ったソウマ。ウーケが警戒の目を向けた。


「魔域踏破、組まないか」

「頼もうと思ってたよ。ウーケも、いいよね?」


 嫌いな食べ物を無理やり口に詰め込まれているような表情を浮かべた彼女は、少し悩んでから頷いた。


「ルダさんがそれでいいなら、いいです」


 その不機嫌さに気付けないまま、少年二人は握手を交わした。





 魔域は、首都から南東に向かった島の山岳地帯に位置していた。


「ここはコルニアという都市だ」


 その様子は、何重にも張り巡らされた赤い結界のせいで窺うことができない。街を囲う壁に一つだけある大門にも、封印の護符が幾つも貼られている。そんな所に連れてこられた若人たちの先頭に立っているのは、ヒューデリックだ。制帽を被り、頻りにサーベルの柄頭を触っている。


「丁度二か月前に発生し、街全体を魔域として作り変えられた。住民は避難済み。だが、避難が遅れた者が魔物に同化されている。諸君らに与えられた課題は、これの最深部に到達し、帰還すること」


 彼は右手に握っていた赤い石のペンダントを掲げて見せる。


「最深部に到達した者のペンダントは、発光する。その状態のペンダントを持ち帰ったことを、到達の証拠とする。従って、ペンダントを失った時点で失格とする。また、一人に一つ、これを配布する」


 銀色のコインがそれぞれに渡された。


「魔力を流すことで、この地点にワープする魔導式が刻まれているコインだ。命の危険を感じたらこれで脱出しろ。ただし、これを使用した場合、最深部に到達した後でもペンダントの光は消える。つまり、失格だ」


 整理するまでもなく、合格条件は一つなのだ。その体と心で乗り込んで、帰ってくる。それがどれほど難しいのか、誰にも推し量れるものではなかった。


「質問はあるか」


 ソウマが手を挙げる。


「地図を貰えたりは、しないんですね?」

「ああ。その身一つで潜ってもらう」


 挑発的な微笑みを浮かべた彼は、自分を試すであろう相手の想像を始める。


「他にないか」


 食料は、水は、安全は保証されているのか、今からでも辞退できないか。様々な声が飛び交う。最後の疑問については、冷たくも


「帰ればいい」


 とだけ、ヒューデリックは返した。だが、誰も戻れないことを知っている。ここから首都に帰るには、船が必要なのだから。


「出尽くしたな」


 食料の配布はなし。それほど時間がかかるものだとは想定されていない、というのが試験官の弁だった。水については、たっぷり入った金属製の水筒が配られた。


「ビスケットの一つもないとは、中々大胆な判断だね」


 ソウマが言う。


「ま、一番底まで行って帰ってくるだけなんだ。途中でおやつを食べる時間もないと思うよ」

「君、魔物を倒した経験は」


 ルダは首を横に振る。だが、


「魔族なら、ある」


 と返した。すると、ヒュウッという口笛が吹かれた。


「どうやったか教えてくれよ、魔核はそう簡単には壊せないんだぞ」

「そこ、私語をするな」


 ぴしゃり、言い止められてソウマは翼を僅かに振るわせた。不満の意だ。


「第二次選抜は、死の危険性があることを改めて通告しておく。平定されていない、ということは魔域の主が依然存在しているということを意味する。封印こそされているが、万が一にもそれが打ち破られた場合、強制的に全員を帰還させ、改めて別途選抜を行うこととする。いいな!」


 斯くして、第二次選抜が始まった。

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