「ルダ・ファレスト……はいはい、ディアルクさんとこの子ね。これ持って、奥の待合室に行ってね」
人当たりのいい中年女性から赤い石のペンダントを与えられ、ルダは廊下を進んだ。ここは連邦軍オバル基地に併設された訓練場だった。
まずは第一次選抜のために、受験者六十人が集められている。整然と椅子と机が並べられており、ルダはその内適当な所に、選ぶでもなく腰掛けた。向こうには黒板と壇が見える。
「やあ」
二つ奥の席から唐突に話しかけられたのでそちらを向けば、背中に赤い翼を持った少年がいた。
「……ルダ」
「オレはソウマだ。よろしく」
「蹴落としあうんだよ? 自己紹介なんかしてどうするのさ」
ソウマ──ソウマ・クニキドは、声を挙げて笑う。その左手には、緩やかにカーブを描く刀が握られていた。
「突破すれば同僚になるんだ、仲よくした方がいいだろう?」
彼の頬には傷跡がある。服も、あまり連邦では見られないものだった。前開きの服で、少し厚めの黄色い生地には鳥の模様が染め抜かれていた。
「しかし……君は武器を持っていないんだな。ステゴロでやるのか?」
「それと魔法をちょっとね」
「へえ……オレは魔法に明るくないが、やはり──」
「体に纏うんだよ」
顎を撫でながらソウマは頷き、納得したふうの仕草をした。そこに、ウーケが来る。
「遅刻じゃないですよね?」
走ってきたのだろう、少し息を切らしていた彼女は、鍔の広い、三角形のシルエットを作る帽子を被っていた。魔女の正装なのだという。
「多分そろそろ始まるよ」
ルダは一つ奥の席に移り、ウーケを座らせた。それと同時に、厳めしい顔をした軍人が壇上に上がった。黒い詰襟に、灰色の乗馬ズボン。腰にはサーベルがある。
「コホン」
彼は咳払いをして、何度か発声を行う。
「諸君、よく集まった。私はヒューデリック・ラバオス。試験官だ」
その一声には、只ならぬ重みがあった。正直嘗めていたソウマも、ピリリとした緊張に襲われて姿勢を正した。
「行う試験は三つ。まず単独での戦闘能力を見せてもらう。移動する。ついてこい」
ヒューデリックの足取りは、慎重さと力強さが同居する、実戦経験を思わせるものだった。常にサーベルに手をかけ、警戒を緩める瞬間は須臾ほどもない。彼に異を唱える者はいないだろう、とルダは感じ取った。
案内された先は大きなグラウンドだ。六十体の魔力標的──ルダやウーケがディアルクの屋敷で見たものと同じ的が並んでいる。
「あれを、五分以内に破壊してもらう。手段は問わない。一秒でもオーバーしたら不合格。各自、好きなものの前に立て」
好きなもの、と言われても違いが判らず、皆一番近いものの前に立った。
「開始!」
この先、どのような試験が待っているのかはわからない。ならば、力を温存するべきだ。ルダはそう判断し、変身はしなかった。だが、マナを取り込み全身に循環させることで身体能力を引き上げ、猛烈なスピードで標的に接近する。
そこから、ストレートパンチを繰り出した。的確な体重移動も合わさり、その一撃は標的を粉砕。鼓膜を突き破るほどの轟音と共に、半透明の破片が散って、消えた。
「試験官さん、これでいいんだよね?」
「……合格だ」
その様子を見たウーケも、発起した。腰だめに杖を構え、呪文を呟きだす。
「飛天 流転 回天 轟々たる熱塊よ 現れよ
真っ赤な炎が杖の先に現れ、矢の形となって飛んでいく。心臓があるであろう箇所に突き刺さったそれは、一気に燃え広がって標的を焼却した。
「君も合格だ」
燥いでラダの方に走り寄った彼女の背中を見ながら、ソウマは標的に近づき、コツンコツンと何度かノックしてみる。なるほど、普通に刀を振るっても全く以て斬り込めないように作られている。
(マナなりオドなりを伝わせなければ、ダメージが入らない……ま、これくらいのこともできないで魔族と戦うな、ってことかな)
するり、美しい所作で刀を抜いた彼は、左の人差し指と中指を揃えて立て、顔の前に持ってくる。その指先に、赤い光が灯る。マナとオドが混ざり合った光球だ。十秒ほどの後、それを刃に這わせる。すると、刀自体が同じ赤い光を纏った。
「
両手で柄を握り、真上から一気に振り下ろす。ぱかり、的はよく熟れた桃にナイフを入れたかのように割れた。
「試験官さん、これでいいだろ?」
自信に満ちた態度で彼はそう問う。
「合格だ。控室に戻れ」
来た道を戻った彼は、先にいたルダに近寄った。
「君、随分とパワーがあるじゃないか。一番乗りの秘訣を教えてくれよ」
「マナの吸収の修練をそれなりにしたんだ。でも、特別なことはしてない。地道に訓練を繰り返しただけだよ」
ソウマはルダの肩に手を回し、顔を近づける。
「何か隠しているだろ。臭うぞ、昏いものが」
「え、エエ、え、えっちなのはだめです!」
答える前にウーケが割って入って、二人を遠ざけた。
「えっちではないだろ」
「と、とにかくルダさんに近づきすぎないでください!」
知らない人間を威嚇する飼い犬のような雰囲気──ではあったが、そう譬えるには、彼女は小さすぎた。
「いいガールフレンドじゃないか」
「そういうんじゃないよ……ウーケも、僕はちゃんと自分の距離感わかってるから」
「それなら、いいんですけど……」
よくない、と言い返したくなる気持ちを仕舞って、彼女はそれだけ言った。
「次の試験、なんだと思う」
ソウマが、なんであれ合格する、という余裕を湛えた表情でルダに問うた。
「さあ……魔物狩りでもさせるんじゃない?」
「いきなり実戦か! まあ、やりそうなことだ……話は変わるが、君、出身は」
「北東にある……小さな村だよ。聞いたこともないような、田舎。ソウマは?」
問い返された彼は、椅子の上で胡坐をかいていた。
「オレはここから西に行った島さ。よくある話だが……魔族に家族を食われてね」
「僕も似たようなことだよ。あの日死んだみんなを無駄にしたくないから、戦うんだ」
その一言を聞いたソウマは、そっと右手を差し出す。
「君と共に戦いたい。約束してくれ。選抜を突破する、と」
「言われなくたって」
覚悟と宣誓を交わした二人は、どちらからともなく手を離した。
「第一次選抜は、どれほどが突破するのだろう」
立ち上がり、窓から選抜の様子を眺め始めたソウマが言う。
「あんな簡単な課題、突破できない方が問題だよ」
「そうでもないみたいだ……やはり、そうか」
一人納得した彼に、ルダは疑問の目を向ける。その後ろで、ウーケがその彼に警戒の視線を送り続けていた。
「マナを吸収し、オドと練り合わせ、出力する。アシェリスのようなそれを自然と行える種族以外は、瞑想や魔法との接触で入り口を開けなければならない。当然、それには相応の生活基盤が必要だ」
彼は窓に背中を預けて二人を見る。そろそろ、受験者も帰ってきつつある。
「修行の間、生活を維持する手段がね。そういう幸運に恵まれなかった者は、何の準備もなくこの試験に臨むことになる。ほら、半分は脱落だ」
二分ほどして、少し静かになった控室。三人は次の指示が出るまでの間、ソウマの言葉の続きを聞いていた。
「君たちはどういう伝手で師事したんだい? 田舎にそう都合よく、あれほどの教育を施せる魔法使いがいるとは思えない」
「都合よく来たんだよ。その──魔族を倒すために、来てくれたんだ」
信じきれないな、とソウマは目で語った。
「ディアルクっていう、剣士だよ」
「ディアルク? ディアルク・ガンヴェイン?」
「知ってるんだ」
「知っているも何も……十を超える魔域を平定した英雄だ」
魔域とは、魔族や魔物、時には意思を持った武具たる魔剣が生み出す、謎の空間である。一説には、異界とこの世の狭間とさえ言われている。
「そうか……それなら君たちの実力にも得心がいく」
一人頷いていた彼を止めるように、試験官が戻ってくる。
「第二選抜の内容を発表する」
あの張りつめた糸のような緊張が帰ってくる。
「魔域の踏破だ」