ディアルクの屋敷は、それほど豪奢な雰囲気ではなかった。白い壁に蔦はなく、幾つかある煙突からは煙が流れている。だが、過剰な装飾が施されているわけではなく、威厳と質素さの調和を、見る者に感じさせた。
鉄の門を抜けると、石畳の庭で、数人の少年剣士が試合を行っていた。そんな彼らは、屋敷の主の帰還を認めると、手を止めて深く頭を下げた。
「続けてくれ。込み入った事情のある弟子ができてな。話をしてくる」
「はい、先生!」
大きな声で応えた少年らは、木剣を振る訓練に戻った。
「あの、先生って、もしかして凄い人?」
蒼を基調とした装飾が施されている玄関ホールで、ルダが問うた。
「昔、帝国で帝室剣術指南役を任されていた。皇子を守れず、魔核を埋め込められたことで追い出されたが」
帝国とは、ヴェルゾラ帝国のことだ。ナリスティア連邦から見て南西に位置する。
両階段を上り、二人は奥の部屋に連れてこられた。ベッドが二つ、両の壁際に置かれている。
「試験は一か月後。それまでここで暮らしてもらう。勿論、訓練を受けることは前提だが」
「ってことは、ついに実戦的な訓練ができる?」
「ああ。ルダには俺から黒魔法と格闘を、ウーケには俺の娘、ソレスから基礎的な赤魔法を学ぶことになる。安心しろ、死なない程度には鍛えてやる」
強くなるんだ、とルダが意気込んだ時、
「あー! パパ帰ってきてるじゃん!」
と騒がしい声が聞こえてきた。二人部屋のドアから顔を出したのは、プラチナの髪をした、ハーフパンツの女性。見た目で言えば二十台半ばだが、それがルダに違和感を持たせる。
「ソレス、お前の弟子だ。挨拶をしておけ」
ソレスと呼ばれた彼女は、ウーケの前に立つ。すらっとした長身で、ルダも見上げるほどだ。右手には、中ほどに革を巻き、先端に赤い宝石を埋め込んだ金属の杖が握られていた。
「ソレス・ガンヴェイン。あなたは?」
「ウ、ウーケです。ウーケ・エレイオン」
「よろしくね、ウーケちゃん」
杖を左手に持ち変え、握手を交わす。
「早速訓練しよっか。パパ! 地下借りるよ!」
「二番でやれ。一番は俺とこの坊主で使う」
ソレスは小さな少女を担ぎ上げ、軽快に走りだした。
「二番とかっていうのは?」
ルダが問う。
「地下に訓練場を用意してある。その番号の話だ」
ディアルクが足早にどこかへ向かうので、少年は慌てて追いかけた。
「あの年の娘がいるようには思えない、と感じただろう」
一階に下りて、裏庭に出た頃に、師が口を開いた。
「魔核を埋め込まれた影響で老化が止まっていてな。もう、廿年はこのままだ」
そこには地下へと続く鋼のハッチがある。梯子を使って下に向かえば、カーンとした静寂に満ちた、石造りの神殿と言っていい場所だった。
幾つか重々しい扉があり、ディアルクはその一番近いものを選んで開いた。
「ここなら、外に黒魔法を使っている所を見られずに済む」
「やっぱり、見られちゃいけないだ」
「魔族に家族を奪われた者は多い。徒に見せつければ反感を買うだろう。況してや、まともに制御できないとなればな」
ディアルクが剣を抜くと、蒼い甲殻がその全身を覆う。
「お前も変身しろ。黒い稲妻の使い方を教えてやる」
ルダも深く息を吸い、空間のマナを吸収する。それを腹の底に流し、オドと練り合わせて魔核へ。そうすると、痛みもなく黒い甲殻が彼の体を包んだ。
「随分と慣れたものだな。それでいい」
師は剣に魔力を伝わせ、黒い稲妻を発生させた。
「黒魔法と赤魔法は、その生み出すものの色からそう呼ばれている。黒魔法であれば、黒い稲妻、黒い炎、黒い風……そういったものが、お前の学ぶ術だ」
「一回、何となくで使ったんだ。黒い雷。でも、どうやったのか覚えてなくて……」
「不安になるな。最初は誰でもそうだ」
ディアルクが指を鳴らすと、輪郭が炎のように揺らめく、人型の黒い標的が現れた。
「人間の機械的・魔術的強度を再現してある。まずはあれを破壊できるようになってもらうぞ」
一方で、ウーケ。杖の先に赤い炎の球を作り出し、標的にぶつけた。赤い人形は一度吹き飛んだ後、再生する。
「ウーケちゃん、もしかしてアシェリス?」
その行使された魔力量を見てソレスが問う。
「わかるんですか?」
「うん。アシェリス族はマナを取り込むのが得意だからね。オドも豊富で、一度にたくさんの魔力を放出できる。魔法使いにはぴったりの種族だ」
杖をくるりと回して、ソレスは中腰の姿勢になってその先端を標的に向ける。
「天地拍動 忘我熱狂 渦巻く心の熱 今ここに、その姿を現せ」
彼女の杖の先に、指先に乗りそうなほど小さな火の玉が現れる。
「解放 『憤怒』」
最後の一言で、その球は高速で飛翔し始めた。数瞬して、雷が落ちたかのような爆音が響き渡る。風が訓練場を満たし、煙が視界を埋める。
「これが、七割ってところかな。ウーケちゃんには、これくらいできるようになってほしい」
「そ、そんな……」
「ウーケちゃんは基礎ができてる。だから、これからは実践だよ。まず詠唱が必要だね。ルーティーンワークでイメージを固定化して、魔力をより効率的に操作する手段だよ」
一つ一つ、二人は成長していく。二週間も経てば、ルダは一応黒い稲妻を自身の意思で発動できるようになった。
黒い標的を前に深呼吸を繰り返し、マナを蓄える。オドと練り合わせ、右拳に集める。やがて、火花のように小さな放電が始まる。グッと拳を握りしめ、踏み込む。
「黒雷!」
叩きつけられた一撃は、的を破砕した。だが、それが最後だ。変身は解け、ルダの体は強烈な倦怠感に襲われる。
「もう少しマナの吸収量を増やせ。オドを使いすぎだ」
「でも、そしたら発動までの時間が……」
「動けなくなる方が問題だ。少しずつでもマナを貯めて、いざという時に使えればそれでいい」
倒れ込みはしないものの、膝をついた体を無理やり持ち上げて、彼は深い呼吸を始める。五分もすれば落ち着いて、再び黒を身に纏った。
(呼吸だけじゃだめだ)
ルダ自身、限界を感じていた。だが、何ができるのだろうか。
「あと一撃で終わりだな。オドが完全に尽きてしまう」
「……魔核から、オドを引き出すことはできないの?」
ディアルクは険しい顔を見せる。
「確かに、魔核は苦痛や恐怖から増幅された、負のオドとも言うべきものの集合体だ。莫大な魔力をため込んでいる。だが、当然それは負の感情をお前に齎す。今はまだ、制御できんだろう」
どうすれば、この力を使いこなせるのか。今更放り出して逃げることはできない。思考を巡らせながら、マナを吸い込む。口と鼻が、全身にできたらもっと楽なのに、と思いつつ。
ザリッ、と足を踏ん張り、黒い光を纏った拳を、一発。威力は上々。だが、やはり体がスッカラカンになったような虚脱感に取り込まれてしまう。
「よし、休め。試験も近い……ここからは、過剰に負荷をかけるのはやめておくとしよう」
「……はい」
地上に戻ると、ウーケが待っていた。煤で頬は汚れていたが、その瞳が輝きを増しているように、ルダには思えた。
「どうですか?」
「もうちょと、なんだけどなあ。すぐ魔力がなくなっちゃう」
「私は、かなり魔法を制御できるようになったと思います。私には甲殻も力もないけれど……その分、サポートしますね」
むしろ、自分がマナを集める間の手助けをさせることになるかもしれない、などとは、彼も言えなかった。今の二人ではピースが足りない。それは明らかだった。だから、それを埋める誰かが必要だった。
そうして、更に二週間が過ぎる。ついに、試験が始まった。