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第2話 悪役令嬢とは

 爺が思うに、お嬢様も「悪役令嬢」がなんたるものか、ご存知ないような気がしてなりません。あのあと、お嬢様は就寝時刻を過ぎても、今日は寝ないの!と言い張られて困っておりました。いつまで経ってもお部屋の明かりがついたままで、爺が寝室を覗きますと、案の定、お嬢様はベッドでお布団もかけず、よだれを垂らし、大の字で眠られておりました。


「・・・やれやれ、困ったものです」


 お嬢様は、幾つになられても爺の可愛らしいお嬢様です。ただ、ベッドにお身足を片付ける時の重さといったら、小麦の袋三つほどの重さがございました。お嬢様は寝言で『ほーほほほ!ザマァミロ!』と扇子を振り回す仕草をされ、枕を床に叩き落とし、ご自分もドスンと転がられました。爺の腰が悲鳴を上げつつ、丸太・・いや、ゲフンゲフン、お嬢様をベッドに戻した次第でございます。


(昔、ドラゴンの尻尾を持ち上げた腕が今はこれか・・いや、なにも言うまい)


 やれやれ。


(おや?)


 ふと、そこで枕元のナイトテーブルを拝見いたしましたら、黒い革の冊子が置かれておりました。申し訳ございません、と爺がその表紙を開くと「非情なる悪役令嬢」と言うタイトルと、羊皮紙にはひとりの女性の生き様が書かれておりました。なるほど、この本をご覧になられて「悪役令嬢」に興味を持たれたのでしょう、なんとも安直な、ゲフンゲフン。大変、素直で宜しゅうございます。


「おやすみなさいませ」


 わたくしはお嬢様の愛読本をナイトテーブルに戻し、お辞儀をしてお部屋の扉を閉めたのでございます。すると部屋の中から「ひゃーははは」と微かな笑い声が聞こえて参りました。一瞬、悪戯っ子のエルフが耳元で笑ったのかと思うほど醜くいものでしたが、どうやらお嬢様の寝言のようです。例の本に、「悪役令嬢は高笑いで皆を震え上がらせる!」という一文がございましたが、それを練習されていらっしゃるのかもしれません。不気味な、ゲフンゲフン。



チュン チュン



 翌朝、お嬢様は鏡を見て「ぎゃーっ」とドラゴンの雄叫びのようなものを挙げられました。


「お嬢様!どうなさいました!?」

「爺!私の顔にこのようなものが出来ている!」

「は?」

「この赤いものは悪魔の刻印では!?「悪役令嬢」の証かしら!?」


 お嬢様の白磁のような肌に、赤い発疹がいくつも出来ていました。それはそうでしょう、夜にあのような油まみれの鶏を食すれば、吹き出物のひとつも出来るでしょう。愚かなり、ゲフンゲフン。


「これはなにかの病気ではないの!?」

「いえ、お嬢様。それはニキビでございます」

「ニキビ!」

「若さの象徴でございます」

「そ、そうなのね!」


 十八歳ともなれば、ニキビというなど烏滸がましい。吹き出物、いえ、ゲフンゲフン。


「このニキビは「悪役令嬢」の試練よ!」


 などと仰いながら鏡を凝視されておられます。


「爺!この呪いを解く魔法のクリームを!」


 命じられた爺は、トロルの店で「ニキビ退散クリーム(副作用:肌が虹色に光る)」を入手して参りました。それを塗ったお嬢様の顔はキラキラ輝き眩しいほどでございました。


「爺!これぞ「悪役令嬢」のオーラよ!」


 お嬢様は、扇子を振り回し始めました。これはただの詐欺商品、いや、もうなにも言うまい。


 すると気を取り直したお嬢様は、着替えるから侍女を呼んで頂戴と顎をしゃくった。「悪役令嬢」みたいでしょ?はいはい、確かにそうでございます。ただ爺には、ご機嫌がお悪い時のお嬢様と同じのような、ゲフンゲフン。


 侍女たちが慌ててやって参りました。


「あぁ、ちょっと待ちなさい」

「はい、ルーベル様」


 侍女たちにはお嬢様が「悪役令嬢」みたいでしょ?と仰ったら頷くようにと耳打ちいたしました。案の定、お部屋の中からは、このドレスは嫌だ、それがいい、やっぱり嫌だ、と駄々をこねられている様子が窺えます。


「このドレス、邪悪さが足りない!」


 お嬢様は黒い羽根付きドレスを投げ捨て、トカゲの鱗柄を!と叫ばれたのでございます。侍女の一人は震え上がり、もう一人は、ただのわがままでは・・。と小声で呟き、わたくしの目配せで慌てて頷きました。ゲフンゲフン、「悪役令嬢」とは悪趣味の極みか・・・?


 さらに、「悪役令嬢」の必須アイテムよ!と魔法の扇子(振るとハリケーン発生の恐れあり)を持っていらっしゃいと、侍女の足元にご自身の扇子を投げつけました。試しに振ったお嬢様、部屋は大嵐、爺の假面は吹き飛び、侍女の髪は鳥の巣になったのでございます。かつて魔王の炎をくぐり抜けたこの身が、今はお嬢様の扇子ハリケーンに耐えるとは・・・いや、魔王の方がまだ理屈が通った、ゲフンゲフン。


「これぞ悪の力よ!」


 お嬢様は高笑い。


(これはただの災害では・・・)


 すると、トカゲの鱗柄なんてお嬢様は本当にお召しになられるのでしょうか?と鳥の巣頭の侍女が小声でわたくしに尋ねました。


「黙って頷け、さもないと次のハリケーンだ」


 侍女たちは慌ててトカゲの鱗柄のドレスのリボンを結んだのでございます。


「はぁ、お嬢様はどうなさったのだ、ゲフンゲフン」


 数日前までのお嬢様は、社交界の「白い天使」と呼ばれ、「悪役令嬢」とは程遠い存在でございました。舞踏会で皆を魅了したお嬢様が、今はフライドチキンに夢中とは、嘆かわしい。


 それがあの一冊の本でここまで駄々をこね、いえ、ゲフンゲフン。変わられるとは、なにか理由があるに違いないと思われるのです。


(いや、ただ、単純馬、とは言うまい)


 それが一体、なんなのか。爺は首を傾げるばかりでございます。

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