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第3話 悪役令嬢と見合い話

 お嬢様のこの「悪役令嬢」騒ぎ、単なる気まぐれか・・・それとも、社交界の重圧から逃れたい心の叫びか?爺にはまだ分かりませぬ。


 お嬢様は「白い天使」と呼ばれておりました。いつも微笑みを絶やさず、舞踏会で貴族たちの視線に耐え、笑顔を崩さず踊り続けられました。あの夜、加齢臭漂う公爵と踊りながらも、お嬢様は笑顔を崩さなかったのでございます。


 しかし、屋敷に戻るとドレスの裾を握りしめ、涙を隠してい・・・ゲフンゲフン。お嬢様は呟かれたのです、完璧な令嬢なんて疲れたわ。その声は爺の耳に今も残っております、ゲフンゲフン。十八歳になられたばかりのお嬢様には、さぞお辛かったことでしょう。あのお姿には爺も心を痛めました。それを思えば、爺はこのワガママにお付き合い致しますぞ!


「ねぇ、爺や」

「なんでしょうか、お嬢様」


 お嬢様は、口の周りや指を油でギトギトにしながらフライドチキンをお召し上がりになられておりました。どうやらダイエットは諦め、額や頬に「悪魔の印」なるものを作ることに精を出されているようです、後悔先に、ゲフンゲフン。


「あれは、なに?」

「あれは、とは?」

「お父様が持って来られた、あれはなに?」


 お嬢様の視線の先には、旦那様が先ほど置いて行かれたアルバムが、ダイカスコンの山のように積み上がっておりました。爺が察するところ、あれは「見合い写真」の数々だと思われます。


「広げて見せてみて」


 僭越ながら、爺がアルバムを取り出し、お嬢様の前で広げてお見せ致しました。するとお嬢様の目つきが険しくなり、チェンジ!チェンジ!を繰り返されました。


「お嬢様、この王子殿下は隣国の英雄で、魔法騎士団を率いた・・・」

「英雄?ダメよ!「悪役令嬢」には、敵を倒すような男は不要!もっと弱い男じゃなきゃ!チェンジ!」


わたくしめには、意味がさっぱり分かりません。


「弱い男、ですか?」

「そうよ、浮気性で意志が弱い人!」


 お嬢様は扇子をバサッと振り、写真をバッサリ切り捨てられました。わたくしは額に汗を浮かべつつ、アルバムをめくりました。


「こちらの公爵様は、笑顔が爽やかでキラキラと輝いて・・・」

「キラキラ?悪役令嬢のオーラを奪う気ね!チェンジ!」


 お嬢様は三本目のフライドチキンをかじりながら、鋭く目を光らせたのです。


「この王子、馬が白すぎるわ!「悪役令嬢」には黒い馬の男が必要よ!チェンジ!」

「お嬢様、それはただの馬の色では・・・・」

「細かいこと言わないで!チェンジ!


 あの「非情なる悪役令嬢」の本にはそのようなことまで細かく指南されていたのでしょうか?ただ、お嬢様のオツムがへっぽ・・・ゲフンゲフン。


「お嬢様、隣国の王太子殿下や公爵様からのお申し出をお断りになられるのはいかがなものかと」

「嫌!」


 お嬢様は見合い相手のご身分など気になさらぬ様子で、バッサバッサと切り落とされました。


「一度だけ、お会いになられては?」

「嫌なものは嫌!「悪役令嬢」は孤独なのよ!」

「・・・・左様でございますか」


 これには困ったものです。お嬢様がフライドチキンまみれになる前にお輿入れをしなければ、それはただのブクブクの豚、ゲフンゲフン。ケールナー家の一大事でございます。


 わたくしがアルバムを片付けていると、お嬢様は侍女を呼び、お召し物を替えられました。お嬢様は静かで、「悪役令嬢」の黒いドレスを持て!蜘蛛の巣模様の豪華なドレスではなければ嫌!などと叫ぶことはありません。あの悪趣味なドレスの数々、思い出すだけでも悍ましい。それには安堵いたしました。


(あぁ、それにしても、王太子殿下のお妃の座を逃すなど、よほどのお馬、ゲフンゲフン)


 そこで爺は閃いたのでございます。


 ーお嬢様は羽ばたきたいのだと!


 お嬢様は見合いをお断りするために「悪役令嬢」を演じられているのではないでしょうか!誰にも媚びずに自由に生きられる!その喜びを噛み締めるために!これまでの鳥籠の暮らしは、さぞ窮屈だったことでしょう。


 ただ、「悪役令嬢」は傍迷惑でしかありません。お嬢様の奇行に、侍女が屋敷を去り始めました。今や、ケールナー侯爵家は「悪役令嬢」の噂で持ちきりで、火を吹くドラゴンの炎で大炎上でございます。


「爺や、馬車を用意して!」

「お嬢様、どちらに?」

「今夜は王太子殿下の舞踏会があるの!」


 爺は胸を撫で下ろしました。お嬢様には、我が国の王太子殿下 という想い人がいらっしゃったのですね?なるほど、それで合点がいきました。「悪役令嬢」の振りをされることで、旦那様からのお見合い話をお断りされていたのですね!


 今日のお嬢様は「白い天使」に相応しく、白い絹のドレスに白鳥の羽根の髪飾りをつけておられました。お美しい、爺は感動で目尻に涙を浮かべました。


「爺!」

「なんでございましょうか?」


 お嬢様は扇子で爺の肩を軽く叩いたのでございます。


「泣くほど私が恐ろしい?」

「は?」

「そう!白い白鳥は、今宵「悪役令嬢」になるのよ!ほーほほほほ」


 もしやまた、魔法の扇子でハリケーンを・・・ゲフンゲフン。爺は悪い予感しかしませんでした。

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