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第4話 悪役令嬢VS悪役令嬢

 白亜の城、見事なまでに煌めくクリスタルのシャンデリア。王太子殿下の舞踏会はひときわ華やかで、着飾ったご婦人の薔薇や銀木犀の香水が臭く鼻が曲がり・・ゲフンゲフン。


「お嬢様、着きました」

「あぁ、ありがとう」


 わたくしの手を取られたお嬢様が馬車を降りられると、周囲のご婦人方からは感嘆の溜め息が漏れ、殿方はその姿を我先に見ようと押し合いへし合いが始まりました。そのお嬢様の姿は、まさに湖面に静かに舞い降りた純白の鳥。爺は鼻高々でございます。そこでお嬢様が振り返られました。


「ねぇ、爺や」


 一瞬、翡翠の石の瞳が妖しく光ったのでございます。これはお嬢様がよからぬことを考えていらっしゃる時の証。爺は背筋が凍りました。


「なんでございましょうか」

「今夜は、あの子は来ているかしら?」

「あの子、とは?」


 お嬢様は周囲を見回し、その姿がないことに微妙な表情をされたのでございます。


「あの子、ヘンリエッタ・ドマーニよ」

「あぁ!ドマーニ公爵家の御息女でございますね!」

「御息女なんて!そんな良いものじゃないわ!」

「そうでございますか・・・・」


 お嬢様とヘンリエッタ様は相性があまり宜しくなく、ことあるごとに衝突されていらっしゃいました。そういえば、ヘンリエッタ様はどちらかといえば「悪役令嬢」に近いのではないでしょうか?高飛車な物言いや、人を見下したような眼差しが印象的な方です。お嬢様もドレスの裾を踏まれたり、ワルツを踊られている時、何度もぶつかられたとのことでした。


 「アッ・・・・!」


 お嬢様のお顔の様子が変わり、扇子を持つ手が震えました。大広間の入り口に漆黒のドレスをお召しになられたヘンリエッタ様が立っておられました。烏の濡れ羽色の髪、黒曜石の瞳、お嬢様とは真逆の黒い鳥が舞い降りた、爺はそう思いました。


 ヘンリエッタ様が扇子を横に振ると、人混みは潮が引くように後ろに下がり道を開けました。それはもう見事なもので、深紅の絨毯をお嬢様に向かって一直線に歩みを進めたのです。ヘンリエッタ様の表情は高慢ち・・・ゲフンゲフンでございました。ただ、顎を上げ、お嬢様を見下すような顔に爺は腹が立ち、拳を握り締めたのでございます。


(サーベルがあればこのような小娘、一太刀!)


 お嬢様も同じく、怒りと恐ろしさで白い扇子が小刻みに震えておりました。ヘンリエッタ様はお嬢様を見下ろすと、黒い扇子を広げて例の不気味な笑い声を大広間に響き渡らせたのです。


「おーほほほほ!あら、こんなところに白いガチョウがいるわ」

「・・・・・・!」


 お嬢様は顔を赤らめて唇を噛まれました。爺は、そのいたいけな横顔に、胸が締め付けられました。やはりヘンリエッタ様は真の「悪役令嬢」、付け焼き刃のお嬢様が敵う訳がありません。


「ガチョウは大人しく、田舎の池に帰ることね」


 お嬢様も負けていられないとばかりに、白い扇子を開かれました。そして大きく息を吸い、高らかな笑い声を大広間に響かせるはずでした。けれど、お嬢様は笑うことが出来なかったのです。お優しいお嬢様は、ヘンリエッタ様の前では「悪役令嬢」になることが出来ませんでした。


 ヘンリエッタ様の高笑いに、かつて社交界で無理に笑顔を作ったお嬢様の姿が重なったのでございます。高貴な笑顔を作られたお嬢様は、ただ一言、ヘンリエッタ様に向かって、不細工 とだけ呟かれました。


(お嬢様・・・流石にそれは・・ゲフンゲフン)


 確かにヘンリエッタ様の頬にはそばかすがあり、鼻もさほど高くありませんでした。お嬢様の方がはるかにお美しく、輝いておられます。人の容姿を蔑むことは褒められませんが、ボキャブラリーが少ない、ゲフンゲフン、お嬢様はそう言うしかなかったのでございます。


「なんですって!?」


 ヘンリエッタ様の顔がみるみる赤らみ、眉間にシワがよりました。あぁ、ゴーゴンのようなお顔に恐怖すら感じました。


「この田舎のガチョウが!」

「キャッ!」


 お嬢様の言葉にヘンリエッタ様は激昂されました。給仕が持っていたトレーのワイングラスを掴むと、お嬢様へ思い切りぶちまけました。赤ぶどうのワインはスローモーションのように飛び散ったのです。かつて魔王の毒霧を防いだこの身が、今はワインを・・・ゲフンゲフン!


「お嬢様!お下がりください!」


 ところがわたくしが庇う間もなく、赤ワインはお嬢様の白いドレスを血のように染めたのです。その時のお嬢様の表情はとても険しいもので、皿に盛られたショートケーキを、手でグニュっと握り潰されたのです。


「アッ!お嬢様!おやめください!」


 クリスタルのシャンデリアが燦然と輝き、弦楽四重奏の音色が響く中、貴族の皆様方はお嬢様の赤く染まった白いドレスに目を奪われておりました。次の瞬間、ケーキが空を飛び・・・ゲフンゲフン。


「えいっ!」


 お嬢様は握りつぶしたショートケーキをヘンリエッタ様へと投げつけました。けれどそれは明後日の方向に飛び、ヘンリエッタ様に命中することはなく、壁に飛び散り白いシミを作りました。


「何をするのよ!」

「あなたが先にしたんでしょ!」


 お嬢様とヘンリエッタ様は、無我夢中になりケーキを投げつけ始めました。握りつぶされたケーキは、貴族のシルクハットにべちゃっと命中し、淑女のフリルドレスにドロドロと流れ落ちたのです。ある紳士の口ひげにはクリームが・・・お嬢様、見事でゲフンゲフン。大広間には悲鳴が響き渡り、気を失われる方もいらっしゃいました。


(しかし・・・・これは・・・もう戦争ではありませんか?)


 その時、王太子殿下がお出ましになられたのです。

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