昔は奇跡の力のように言われていた魔法も、今では研究が進み、仕組みが解明されつつある。
その結果、魔法使いたちは、『奇跡の人』ではなく『芸術家』と表現されるようになった。理由は簡単。魔法を出力する際に、コンマ一秒レベルのリズム感が必要になるからだ。
そのため魔法使いの卵たちの通う魔法学校では、音楽の授業が極端に多い。
私の通う魔法学校も、音楽学校かと錯覚するほどに音楽の授業ばかりだ。
「ストップ、ストーップ! レクシーさん、またあなたですか。みんなと音がズレていますよ」
そして私は、悲劇的なほどにリズム感が無い。
名指しで注意されることなんて日常茶飯事だ。
「すみません。頑張ったつもりなんですけど……」
私は手の上のカスタネットを見つめながら、謝罪の言葉を述べた。
「何度も言っていますが、強力な魔法を使うには、完璧なタイミングで呪文を詠唱して杖を振る必要があります。たかが楽器の演奏だからと適当な態度では、将来困るのはあなたですよ!?」
指揮棒を振っていた先生がお説教をしてきた。
先生は、こんなにも簡単な演奏でリズムを外すのは、私が真剣にやっていないからだと思ったのだろう。
しかし残念ながら、私は本気も本気。必死でリズムをとって、この結果なのだ。
「先生、こいつは適当な態度なんじゃなくて、本気でやってこのリズム感の無さなんですよ。信じられないことに」
優等生のジェイデンが、私の思考を読み取ったかのように言った。
すると周りからはくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ジェイデン!? ちょっと優秀だからって、他人を下に見るのは良くないわよ! あんまり馬鹿にすると、拳でその口を黙らせるわよ!?」
恥ずかしさを誤魔化すようにジェイデンを怒鳴ると、先生から厳しい言葉が飛んできた。
「レクシーさん。お説教の途中で他の生徒に喧嘩を売らないでください。今のあなたは、注意を受けている立場なんですよ?」
先生が、ジェイデンに掴みかかろうとする私の襟首を持って、もとの位置に戻した。
そして再びのお説教が始まる。
「魔法は楽器と同じです。いくら肺活量があったところで正しい吹き方をしなければフルートの音が出ないように、いくら魔力量が多くても正しいタイミングで出力しなければ強力な魔法は使えません」
「……存じております」
「だからこそ、リズム感を養うことが大切なのです。自分にリズム感が無いと理解しているのなら、他の生徒の何倍も努力をしなくてはなりません」
努力でリズム感が身に付くのなら、私はとっくに優等生だ。
そう言いたかったが、お説教が長引くだけなのでやめておいた。
「さっきのはどういうつもりなのよ、ジェイデン!」
「どういうつもりも何も、事実を述べただけだけど?」
私は授業が終わるなり、ジェイデンに食ってかかった。
しかし当のジェイデンは涼しい顔で私のことを見下ろしている。
澄ました態度も癪に障るが、サラサラの黒髪に琥珀色の切れ長の目で、やたらと整った顔立ちなことにも無性に腹が立つ。
成績が良くて顔が良くて女の子にモテて、ジェイデンの人生はイージーモードに違いない。
だからきっとジェイデンは、リズム感だけじゃなくて、不器用で可愛くもない私のことを、全体的に馬鹿にしている。
「どうせ私は垂れ目の癖っ毛よ!」
「急に何の話だよ」
「性格がキツイのに垂れ目で悪かったわね!」
「だから何の話だってば」
ジェイデンはこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。
「何なんだよ。せっかくフォローしてやったのに。お前は授業で手を抜いてるんじゃなくて全力でやってあれだ、って俺が伝えたおかげで、説教が短くなっただろ?」
「その代わりにクラスメイトに笑われたじゃない」
「お前が笑われないように気を遣う義理まではねえよ。お前と俺はただの幼馴染だし」
そう、この生意気な優等生のジェイデンは、私の幼馴染なのだ。
この魔法学校には全国から多くの魔法使いの卵たちがやってくる。
そのため以前からの知り合いと一緒のクラスになることはかなり稀だ。
それなのに、幼馴染の私たちは同じクラスになってしまった。
確率の神様に恨み言をぶつけてやりたい。
「あんたの中途半端なフォローなんていらないわよ!」
私が喧嘩腰でそう言うと、ジェイデンはやれやれと肩をすくめた。
「言っておくけど、フォローしたのは別にお前のためじゃねえからな。お前のせいで、幼馴染の俺までやる気が無いと思われるのは困るんだよ。つまり俺は俺のためにお前のフォローをしたってことだ」
「……あんた、自分のために、私が笑われるようなことを言ったわけ?」
「結果的にお前のフォローにもなったんだからいいだろ」
本当にムカつく。どうしてこんな奴と腐れ縁なのだろう。
ジェイデンのせいで私はクラスの笑い者になったのに、ジェイデンは気にする様子もない。
「それより。お前、本気で魔物討伐コースに進むつもりなのかよ」
「悪い?」
「幼馴染のよしみで言うけど、お前のリズム感じゃ十中八九死ぬぞ。もっと安全なコースを選べよ。魔法道具制作コースとか、魔法経済学コースとか。それならお前でも死にはしねえだろ。落ちこぼれにはなるだろうけど」
自分でも分かっている。こんな私が魔物討伐コースに進むのは無謀だということを。でも。
「私は魔物を殲滅するためにこの学校に入ったの。これだけは譲れないわ」
「…………この馬鹿」