【side ジェイデン】
白い天井、白い壁、白いベッド。
目覚めると俺は、病院にいた。
すぐに気を失う前の出来事を思い出し、上体を起こす。痛みは消えていたが、身体がものすごくだるい
「あいつ、レクシーは……」
あたりを見渡すと、すぐに椅子でうたた寝をしているレクシーが目に入った。
ホッと胸を撫で下ろす。
「無事だったのか。よかった」
すると俺の声に気付いたレクシーが、パチッと目を開けた。
「ジェイデン!? 起きた、ジェイデンが起きた!」
「おい、ここって病院だろ。あんまり騒ぐなよ、馬鹿」
「ジェイデンが馬鹿って言った!? いつものジェイデンだ!」
馬鹿と言われたにもかかわらず、レクシーが嬉しそうな声を上げた。
そのあと俺は、何故か病室にやって来たマチルダ先生に事の顛末を聞かされた。
突如町の外れでものすごい音がしたため、警備兵と野次馬が音のする方へ様子を見に向かった。
すると地面には大きな穴があいており、その前でレクシーと俺が倒れていたのだそうだ。
警備兵はすぐに俺たちを病院まで運んでくれた。
検査の結果、俺の身体には魔物の毒が回っていたため、すぐに医療魔法で処置が行われた。
一方でレクシーは気を失っているだけだったから、起きるまでベッドで寝かせていた。
少しして目を覚ましたレクシーから魔物の集団と鉢合わせた話を聞き、周辺を調査すると、結界に破損している箇所が見つかった。
すぐに破損箇所は塞がれ、これで当分は魔物の心配をしなくて済むと、町に安堵が広がった。
そして地面に空いていた大穴だが……どうやらレクシーが作ったものらしい。
俺はまだ見ていないが、穴の大きさは『魔物討伐実践』の授業で生徒五人分の集合魔法を放った際に出来た穴よりも大きいそうだ。
マチルダ先生がそう言っていた。
「いやいやいや。お前、魔法苦手じゃなかったか!?」
「そう、なんだけど……」
魔法が苦手な人は、地面に大穴なんてあけられない。
レクシーが正しいリズムで呪文を唱えられたら可能かもしれないが、レクシーのリズム感は壊滅的だ。
つまり、無理。
「お前、急に覚醒でもしたのかよ」
俺が驚きを隠せない様子で言うと、レクシーは首を横に振った。
「さっき魔法を使ってみたんだけど、いつもと同じだった。つまり、落ちこぼれの魔法」
とすると、火事場の馬鹿力的なものが働いたのだろうか。
俺とレクシーが首を捻っていると、マチルダ先生がレクシーに質問を投げた。
「魔法を使った際に、いつもと違う何かは感じなかったか?」
「いつもと違う何かと言われましても。魔物の集団に出くわしたことも初めてで、絶体絶命に陥ったことも初めてで。いつもと違うことばかりでした」
レクシーの言葉を聞いたマチルダ先生は、少し考えてからさらに質問をした。
「たとえばだが……調子の狂うような出来事は無かったか?」
レクシーが俺のことをちらりと見た。
何のことだか分からず俺がきょとんとしていると、レクシーは言葉を紡いだ。
「急にジェイデンが謝ってきて、調子が狂いました」
俺が謝った?
どうにも記憶が曖昧だが、謝ったような気がしないでもない。
俺が魔物の毒にやられたことで、レクシーが一人で魔物から逃げる状況になってしまい、申し訳ないと思った。そしてレクシーを守れなかったことが、とても悔しかった。
まさかそれが、言葉に出ていた!?
一体どこからどこまで!?
焦る俺を無視して、マチルダ先生は一人で頷いていた。
「それだな」
「それって、何がですか?」
「お前の魔法が正しく放たれた理由だ」
首を傾げるレクシーに、マチルダ先生はまた語り始めた。
『魔物討伐実践』の授業でレクシーが魔法の乱れ撃ちを行なったことで、レクシーの魔力量が異常なことは判明していた。普通の生徒は魔法の乱れ撃ちなど魔力量的に不可能からだ。
しかし魔力量はあるものの、レクシーはリズム感が無いため、自分の魔力を上手に出力できないでいた。
ところが今回は違った。俺の言葉で調子の狂ったレクシーは、調子の狂ったリズムで魔法を繰り出した。
調子の狂ったリズム……レクシーにとっては。
皮肉なことに、レクシーの感覚での調子の狂ったリズムは、一般で言う正しいリズムだったのだ。正しいリズムで詠唱された魔法は、レクシーの魔力を正しく使用して放たれた。
それがあの結果だ。
「正しく魔法が使えたってことは……私、魔物討伐隊に入る素質があるってことですか!?」
「あの威力の魔法が常時使えるのならば、な。だが今はもう使えないのだろう?」
「それは、はい」
レクシーは一度上げてから落とされたためか、がっくりと項垂れた。
「あー、お前は、そのー……」
俺がレクシーに言葉をかけようとすると、マチルダ先生に遮られた。
そしてマチルダ先生が俺の耳元で囁く。
「……えっ? 俺がですか? ええ、はい。分かりました」
すぐに俺はレクシーの手を握り、マチルダ先生に言われた通りの言葉を伝えた。
「レクシー、可愛い。くりっとした垂れ目も、癖っ毛も、気の強い性格も、全部可愛い。レクシーは世界一可愛い」
「はあ!? えっ、あんた、何を言って……!?」
「今だ、魔法を使え!」
「魔法ですか!? えっと、“汝、浮き、重力、忘れよ”」
マチルダ先生に促されたレクシーは、わけも分からず懐から杖を取り出して、浮遊魔法を使った。
するとベッドに机、見舞いの品のみかんまで、病室に置かれていたすべての物が浮遊した。
授業では卵を木っ端みじんにしたレクシーだが、みかんは形を保ったまま浮かんでいる。
そしてレクシーの杖の動きに合わせて、宙に浮いたすべての物が渦を巻くように空中を回っている。
「よし、下ろせ」
レクシーが杖を振ると、すべての物が元あった位置に寸分の狂いもなく戻った。
「……なるほどな。私の見込んだ通りだ」
マチルダ先生は満足げな顔で頷いている。
「どういうことですか!?」
「レクシー、お前は隣にジェイデンがいれば、世界一の魔法使いになることだって夢ではない」
「ええっ!? 世界一ですか!?」
レクシーは大袈裟なほど驚いているが、俺はずっと前から知っていた。
レクシーが才能の塊だということを。
だからこそ、もどかしかったんだ。
だからこそ、俺がレクシーを世界一の魔法使いにしてやりたかったんだ。
だからこそ、それまでは俺がレクシーのことを守らなければいけないと思ったんだ。
「一方でジェイデンは魔力量が少ないことがコンプレックスらしいが、魔法を使いこなす器用さと咄嗟の判断力は指揮官に向いている」
「……ありがとうございます」
俺はマチルダ先生に魔力量の少なさについて話しただろうか。
もしかして『魔物討伐実践』の授業で、他の生徒と違って俺はここぞというときにしか魔法を使わなかったからだろうか。
隠していたはずなのに、たった二回の授業でコンプレックスを知られてしまうとは思わなかった。
「二人とも、魔法学校を卒業したら、私の討伐隊に入らないか?」
突然の提案に俺とレクシーは顔を見合わせた。
「討伐隊って、魔物討伐隊のことですよね?」
「そうだ」
「マチルダ先生って、ただの先生じゃなかったんですか!?」
「私は普段、私設の魔物討伐隊を率いている。だが週に数時間だけ、優秀な生徒に唾を付けるために魔法学校で授業を行なっている。要するにスカウトのために教師などという面倒くさい仕事を行なっているわけだ」
マチルダ先生は堂々と説明したが、他の教師と他の討伐隊が聞いたら怒り出しそうな話だ。
「いいんですか!? 私、マチルダ先生の魔物討伐隊に入りたいです!」
レクシーはよく考えもせずに脊髄反射でマチルダ先生の話に飛びついた。
「残念だが、お前の入隊はジェイデンとセットが条件だ」
マチルダ先生にそう返されたレクシーが、すがるような目で俺を見てくる。
「俺はお前と違って簡単には進路を決めねえぞ。マチルダ先生の魔物討伐隊がどんな隊なのかもよく知らねえんだからな」
「それもいいだろう。賢明な判断だ」
マチルダ先生は俺の発言に機嫌を損ねる様子もなく、レクシーの頭を撫でている。
「そう落ち込むな。ジェイデンはきっと私の討伐隊に入るさ」
「そうですかね……?」
「レクシーが入る気なら、絶対に入る。断言してもいい」
マチルダ先生は確信を持っているようだった。
「断言されましても。将来のことは慎重に決めますよ、俺」
「慎重に決めた結果、私のもとに来ると言っているんだ」
俺の言葉を聞いても、なおもマチルダ先生は自信満々だった。
「ああ、そうだ。授業でもお前にやってもらいたいことがあるんだ」
マチルダ先生は急に話を変えると、俺を見ながらニヤリと笑った。
「ジェイデンはこれから毎回の授業で、レクシーの調子が狂うことを言うように」
「ええと……調子が狂うことと言われましても……」
「甘い言葉でも囁けばいいだろう」
何でもないことのようにそう言ったマチルダ先生は、俺の耳元で言葉を付け足した。
「お前には甘い言葉を囁く大義名分が出来たということだ。あいつに惚れてるんだろ? よかったな」
どうやら俺は、これから授業のたびにレクシーに甘い言葉を囁かなければいけないらしい。
そのうちに……レクシーが振り向いてくれると良いのだが。
俺は不思議そうな顔をしながら見舞いのみかんを食べているレクシーを見て、長期戦を覚悟した。