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第2話


 五メートル向こうにいるのに、アレックス・ファストはキラキラと、まるでライトや花を背負っているかのような眩しさだった。

女性の悲鳴のような黄色い声が響いて、奴の色気にふらつく貴族令嬢もいた。


  「カイル殿下、お久しぶりで御座います」

 俺に頭を下げて挨拶をしてきた。奴は外交のためにしばらく城を留守にしていたはずだ。静かでよかったのに。

 「……戻ったのですね、アレックス・ファスト。ご苦労様でした」

 俺は顔色を変えずに、王子スマイルで返事をした。王子スマイル……。自分で言って笑える。


 「ねぎらいのお言葉、ありがとう御座います」

 顔を上げて俺を見た。とても良い笑顔だった。奴は俺の手を取って、指先へキスをした。

 「……!」

 こいつ。俺の許しを得ず、指先に……!


 「きゃ――!? お嬢様、しっかり!」

 バタン! と人が倒れた。なかなか笑顔の見せない、アレックスの笑顔を見た人は倒れてしまう。

 「早く医務室へ!」「他にも倒れた令嬢は、いないか!」

 素早く、倒れた令嬢を運んでいく衛兵。慣れている。


 「大丈夫か……」

 俺は運ばれていく令嬢たちを心配しながら見ていた。

 「優しいのですね、カイル殿下。衛兵たちが運んで行きましたから、ご心配なく」

 若くして宰相になったアレックスは、俺に笑顔を向けて答えた。


 正直、こいつと関わりたくない。衛兵に任せて、早く離れよう。

「では、政務があるので」

失礼、と言って奴から離れた。

奴からの舐めるような視線が背中に感じた気がする。ゾクリ……と感じた。



 「カイル様、明日のご予定ですが……」

 じいやがスケジュール確認のために、護衛を連れてきた。

 「特に変更は無いはずだが?」

 俺は部屋に戻って一応、兄に頼まれていた政務をしていた。顔を上げるとじいやが一枚の紙を渡してきた。スケジュールの書かれた紙だ。


 ザッと見ても、打ち合わせした通り変更はなかった。

 「特に気になることはない。大丈夫だ」

 「左様ですか……。では、そのように」

 じいやと護衛は部屋を出ていった。――後から気が付いたのだが出席者が増えたことを俺は、この時、見逃してしまった。


  明日は成人の儀。

 何か国へ有益な加護がついてくれるといいな……。そう思いながら過ごした。夜はあまり眠れなかった。




  「カイル様。成人の儀を迎える事になりまして、おめでとうございます!」

 儀式用の白の正装をして教会へ向かうと、臣下やお城で働く者達から祝いの言葉をもらった。

 「ありがとう」

 手袋をした手をあげて返事をすると、皆が喜んだ。女性の歓声も聞こえた。


  平静を保っているが、めちゃ緊張していた。王族だけが行うこの儀式は、女神から授かる加護で今後の人生が決まってしまうと言ってもおかしくない。

 兄二人は理想的な加護を授かったけれど、俺はどうなるのか。使えない加護だったら何か理由をつけて国外へ出ようかと思うほどだ。


  教会へ入っていくと大勢の人達の拍手で迎えられた。国王である父と王妃である母、王太子の一番上の兄と二番目の兄が上座に並んで俺を待っていた。

 「成人、おめでとう! カイル、これからもこのクリスタ王国を皆とともに、良い国にしていこう」

 父王からお祝いの言葉を承った。

 「はい。私も王族の一員として、この国へ身を捧げたいと思います」

 俺が返事をすると、教会へ集まった大勢の人が拍手をした。広い教会に拍手とお祝いの言葉があふれた。


 『えっ?』

出席しないはずの、宰相のアレックス・ファストが兄たちの隣にいた。戻ってきたから出席したのか。

 何だかジッ……と、見られている。こっち見んな、と俺は心の中で思った。


  「では。カイル・サンダー・クリスタ殿下の、成人の儀を始めます」

 教会で一番偉い人に成人の儀を行ってもらった。

 儀式は、女神様の像の前の机に置いた聖水の入ったタライに血を垂らすというもの。指の皮膚をほんのちょっと切って垂らす簡単なもの。


 「こちらへ」

 「はい」

 二番目の兄の成人の儀の時は、ナイフで手のひらをザクっと切って血をどくどくと流したから、事前に俺へ「ほんのちょっと、切るだけでいいですからね」と注意をされた。痛いのは勘弁してくれ。

 静まり返った教会の中。俺は聖水の入ったタライの前へ進んだ。


  指先をちょっと切って一滴、聖水の入ったタライの中へ垂らした。

 ポチャン……。

 兄たちの時は、聖水の色が変わった。そして文字が浮かび上がってその文字が兄の体内へ入って加護を授かった。

 俺は何色の聖水に変わるのだろう?


 タライの中の聖水が円を描いて波立った。

 「おおっ!? これは!」

 偉い人達の表情が変わった。……何か、良くないものなのだろうか? 不安な気持ちと逆に聖水の色は、へと変わっていく!


 ザンッ! タライの中の聖水が、誰も触れていないのに上へと沸き上がった!

 「ええっ!?」

 桃色へ変わった聖水は、教会中に細かい霧のシャワーとなって降り注いだ。

 「おおおおおお――――!」

 教会へ差し込む太陽の光が、細かい霧状になった聖水を照らしてキラキラと輝いていた。


 俺は女神様から授かった加護の文字を、タライの中に見つけた。

 「せい……? 聖って……」

 「皆さま! ここに女神様のお力を授かった、聖女様が誕生しました――――!!」

偉い人達が手を合わせて、嬉しいのか泣いていた。


  父と母の方へ、バッ! と振り返って見ると、驚きのあまり固まって俺を見ていた。

 一番上の兄は笑って拍手をしていた。二番目の兄は、親指を立てて、良い笑顔をしていた。


 「え……?」

 俺が、聖女の力……? 聖女の加護を授かった? そんな馬鹿な!!






















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