「さあさあ! カイル殿下の方へ!」
教会の者がアレックスを俺の側へ連れてきた。よけいなことを……。
「アレックス……」
どうしてこいつが、俺の伴侶に選ばれてしまったのだ? こいつなら、どこかの国の姫でも惚れさせて王配になれるだろう。そういう欲があると思っていた。
「カイル殿下」
アレックスは、スッと俺の前で跪いて手を取った。流れるような動作に皆がうっとりとした。
「カイル殿下の女神が選んだ伴侶となれて、私は幸せで御座います。どうか女神の像の前で誓いを立ててください」
え、もう!?
本来ならば、しるしを持つ者がなかなか探せないので女神の前で誓いを立てるまでは時間がかかった。
でも俺の場合、目の前に女神の選んだ伴侶がいた。……早すぎる。
誓いを立てると、結婚したものと同じ。伴侶と結婚生活をしなくてはならない。俺は、何を考えているかわからない奴と結婚するのか?
「と、突然だったので……。心の準備が欲しい。ダメでしょうか?」
俺は、ぎこちなく微笑んで首をかしげた。アレックスだってそうだろ? という意味で言ってみた。
するとアレックスは少し照れて「そうですね……」と言った。
他の者には無表情のアレックスが
「奥様――!」
どこかの奥様が「あぁっ!」と言って倒れた。
「きゃあ!」
若い男性もふらりと座り込んだ。顔が赤い。
「アレックス、これ以上は危険だ。場所を移そう」
このままでは倒れる人が増えてしまう。俺は父王と教会の偉い人に言って儀式を終わらせた。
「カイル殿下の儀式は無事、終了いたしました。詳しいことは後日に発表いたします!」
街では新聞の号外が配られる。俺の成人の儀は、聖女の力を加護に貰ったことと伴侶のしるしが現れたと賑わすことだろう。
しかも相手は、魔性の男 宰相のアレックス・ファスト。きっと街中が喜んで、お祝いムードだ。
聖女はいるだけでその国に恵みをもたらし、豊かにすると言われている。
王子三人へ女神様からの加護は、国にとって有益なものとなった。
「嬉しいですね。カイル殿下からお誘いされるとは思いませんでした」
ニコニコと俺の手を握って、嬉しそうに微笑んでいた。
「別に、誘ってない!」
ただ倒れる者を、これ以上増やしたくなかっただけだ。
「それでも……。私はあなたの伴侶に選ばれて嬉しいです」
握っていた手の指先にちゅ……とキスをした。
きゃああ!
「まだここには、たくさんの人がいるでしょう!?」
俺は皆に聞こえないように、小声でアレックスへ言った。
「そうですね。殿下の素敵な姿を皆に見せたくないですから、場所を変えましょう」
「あっ!?」
強引に手を引かれて俺は、アレックスに密着するような感じで腰を抱かれた。
スタスタと成人の儀式の場所から歩いていく。教会の椅子の並ぶ、真ん中の赤い絨毯が敷かれた道をアレックスと歩いていく。
父王や母の王妃、兄たちに温かい拍手と笑顔で送り出された。中にいた人もニコニコと笑って送ってくれた。
俺は張り付けた笑顔を崩さず、頭の中で『なぜだ!?』と思っていた。
教会を出て、お城の中へ。
何も言わずに俺の腰を抱いて進んで行く。
「あの? どこへ行くのでしょうか?」
どこへ行くのか聞いてないので、アレックスに尋ねてみた。
「ああ。私の部屋へ」
ニッコリとまぶしい笑顔を俺に見せた。ん? アレックスの部屋?
「……なんで、アレックスの部屋へいくのだ? うっ?」
アレックスは俺の腰を撫でた。
「もちろん、仲良くなるためですよ」
俺の本能的なものが、危険を知らせている! このまま奴の部屋へ行ったら危険だ。
「い、いや。今日は、いいかな! これから旅の準備もあるし!」
ドン!
「いた……!」
壁に背中を押し付けられてちょっと背中が痛かった。顔をゆがめてアレックスに文句を言おうとした。
「アレックス……、っ!」
鼻と鼻がぶつかるくらい顔を近づけてきた。
俺より年上なのに、肌艶がよくてホクロ一つない整った顔立ち。きれいな瞳にみつめられたら、俺だって……。
「……そんなに私が嫌いですか?」
鼻先がトン……と触れた。
アレックスは眉をひそめて俺の目を覗いている。奴の瞳に俺の怯えているような顔が映っていて、誤魔化せない。
アレックスの魔性の魅力は厄介なもので、自分が自分でないような気持になってしまう。それが嫌で避けていた。
それなのにこんなに近づいて……。瞳をみて見透かすように俺の心を探ってくる。
「他の者の好意など、いらない。欲しいのはカイル殿下、あなただけです」
メドゥーサの目を見たように、アレックスの瞳から目が離せない。だんだん体を密着させてきて、俺は抱きしめられてしまった。
壁の冷たさと違ってアレックスの体温は熱く、緊張で冷たくなっていた俺には心地よかった。
「カイル殿下……」
ハァ……とアレックスの吐息を耳の側で聞けば、体がゾクゾクとしてくる。
「離してくれ……」
これ以上密着するのはヤバいと思って、アレックスにお願いした。でもよけいに力を入れて、まるで離したくないというかのように抱きしめられた。