そもそも。
悪役令嬢とは何か。
悪役令嬢は美しく誇り高く、高潔。そして物語のヒロインを貶め、イジメて罠に嵌め…最後には断罪されてジ・エンド。
それが悪役令嬢よね。
で。
今の私は…。
「ヴィオレッタ・クロフォード! そなたをアルノルト殿下毒殺未遂の罪で投獄する!!」
◇◇◇
ここは地下にある牢獄…とはいえ、侯爵令嬢である私が入るのは、大罪人が入るような牢獄では無く、それなりに整った牢獄。まぁ、地下ではあるけれど。私は濡れ衣を着せられて、今、ここに居る。
私が犯したとされる罪は毒殺未遂。
相手はアルノルト王子殿下。
どうして侯爵令嬢の私が王子殿下を毒殺しようとしたか?
いいえ、そもそもその罪自体が存在し得ない事なのだから、質が悪い。
私はこの国の侯爵令嬢として、何の不自由もなく生きて来た。生まれながらの美貌、そして努力で勝ち得て来た頭脳や素養…。どれをとってもこの国の誰よりも上に立っている事は自他共に認める事実。更にこの国の王子であるアルノルト殿下の婚約者でもある。そう、私が毒殺しようとした人の婚約者は私。
どこをどう考えても荒唐無稽の出来事、少し冷静になれば誰だって私が犯人で無い事ぐらいは分かる筈なのに、あのバカ王子と来たら…。そして私は牢獄の中で考える。
私を断罪したあの時。アルノルト殿下の隣にはセレナ・ベクレル伯爵令嬢が居た。セレナは私を見て一瞬、ニヤッと笑ったのを私は見逃していない。あの笑みは私を嵌めた事への満足感なんだろう。
ルヴァンシア王宮の舞踏会。その日、私はアルノルト殿下の婚約者として、アルノルト殿下の隣で挨拶に来る者たちへ応対していた。途中、殿下が喉が渇いたと仰り、席を辞すことが難しかったのを見て、私が気を利かせ、殿下の飲み物を取りに行ったのだ。
その時、私の前に現れたのがセレナ嬢だった。セレナ嬢は私に殿下への飲み物を渡してくれた。それが間違いだったのだ。私はその飲み物を殿下に渡した。殿下がそれを飲もうとした瞬間、セレナ嬢が殿下の飲み物を叩き落とした。静まり返る会場の中、セレナ嬢が言ったのだ。
「その飲み物には毒が…!」
迫真の演技だったと思う。それからはあっという間だった。何故か毒が入っているかの検査をする為の銀製のマドラーが用意されていて、そのマドラーの色が変わった事で、私が殿下の暗殺容疑をかけられたという訳だ。
溜息をつく。
その瞬間、私の頭の中に有り得ない数の記憶が流れ込んで来る。これは一体…?
頭の中のイメージがどんどん流れて行く。見えるのは「薔薇の運命」と書かれた文字…有り得ない程の情報量が頭の中を錯綜する。
…ここはゲームの世界? しかも乙女ゲー?!
そう確信した瞬間、頭の中の情報が一気に整理される。
この「薔薇の運命」というゲームはいわゆる乙女ゲーで、数々の難題をこなして王子様と結ばれるのを目指す。その中でヒロインの敵役として登場するのが悪役令嬢…すなわち、私だ。このゲーム世界の主人公はヒロインのセレナ。お相手は当然、アルノルト王子殿下。私は悪役令嬢として登場するヴィオレッタ…。
そうか、道理で。
そう分かった瞬間、私の中の数々の疑問(愚問)がやっと解ける。
一国の王子であるアルノルト殿下がバカバカしくも、軽薄であざとい伯爵令嬢のセレナと懇意にしていた事も、王子妃として相応しい私が、セレナには勝てなかった事も、やっと納得が行く。
…となると。
このまま行けば私は悪役令嬢として断罪され、処刑される…。
冗談じゃない。
私は一計を感じる。どうしたら処刑を免れる事が出来るかを。鉄の牢獄の外に居る衛兵に言う。
「私の侍女のエミリアに会いたいのだけど。」
衛兵は私を見て、躊躇う。
「ですが、誰とも会わせてはいけないとの達しが…」
そうよね、あなたはただのモブキャラだもの。普通、この流れならば、断固として阻止するでしょうけど、私に話しかけられてもその「答え」をちゃんと持っている訳では無いのよね。
「悪いようにはしないわ。殿下の婚約者の私が殿下を暗殺する計画など立てる理由が無いでしょう?」
衛兵は少し考え、戸惑いを見せながら言う。
「分かりました、侍女を呼んで参ります。」
◇◇◇
「ヴィオレッタ様!」
牢獄にエミリアがやって来て、私に縋りつくように牢獄の鉄を握る。
「エミリア、私は大丈夫だから、良く聞いてちょうだい。時間が無いの。」
そう言って私はエミリアに用意するものを伝える。それを聞いたエミリアはしっかりと頷き、言う。
「すぐにご用意致します。」
そう言って走って行く。その後ろ姿を見ながら、私は次の計画を立てる。
◇◇◇
「何?! ヴィオレッタが?!」
慌てて入って来た衛兵によると、私を毒殺しようとした罪で投獄されたヴィオレッタが自ら毒を飲んで自害したという。数人の騎士たち、そして私の命を救ったセレナと共に、地下牢へ向かう。牢獄の中でヴィオレッタは確かに倒れていた。
「…死んでいるのか?」
そう聞くと衛兵がヴィオレッタに近付き、確認する。
「呼吸をしておりません。脈も止まっています…」
息を飲む。まさかあのヴィオレッタが自害するとは。
「…死ぬのが早すぎるけど、まぁいいわ。」
セレナがそう呟く。
「早すぎる? 何の話だ?」
そう聞くとセレナが私を見て言う。
「いいえ、殿下、何でもありません。」
そして倒れているヴィオレッタを見て、言う。
「きっとこのまま行ったら処刑されるのが分かって、自害したんでしょうね…。」
◇◇◇
「黒薔薇団」の連中が棺を持って入って来る。倒れていたヴィオレッタはその棺に入れられ、王宮を出る事となった。侯爵令嬢なのだから、とクロフォード家が押し切った形だ。黒薔薇団はいわば何でも屋だ。大きなギルドで手広く何でもやっていて、それは公式にも非公式にも仕事を請け負う。ヴィオレッタの遺体はクロフォード家では無く、黒薔薇団が秘密裏に弔うことになっている。王宮内で自害されたとあれば、王室の威信に響くからだ。真っ黒な棺に入れられ、王宮を出るヴィオレッタを横目に私は少しの違和感を持った。何なんだ、この違和感は。
◇◇◇
ドンッ!! ギリギリ…ギリギリ…
開かれた棺。視界が明るくなる。
「もう少し静かに開けられないの?」
そう言いながら私は身を起こす。私の視界には涙を流しているエミリアと幼馴染のカイルが居る。
「お嬢様、無理、言うなよ。」
そう言いながらカイルが手を差し出す。その手に自分の手を載せ、棺から出る。
「ヴィオレッタ様…」
エミリアは涙を流しながら私に縋りつく。
「大丈夫よ、エミリア。良くやってくれたわ。あなたのお陰よ。」
そう言ってエミリアを労う。そしてカイルを見て言う。
「急なお願い、良く聞いてくれたわ。」
カイルは笑い、お道化てお辞儀する。
「お役に立てて光栄でございます、お嬢様。」
そんなカイルに笑い、私は言う。
「じゃあ、次ね。」
私が出た後の棺。空の棺を黒薔薇団の本拠地から出し、王都の北の外れにある墓地へと埋葬するのだ。
「守備は上々だぜ、お嬢様。」
そう言って笑うカイル。さすがは私の幼馴染だ。
髪を切り、私は平民として生きて行く。
悪役令嬢ヴィオレッタはこのゲーム世界から「退場」した。
私は平民、リナとして生まれ変わり、自由に生きるのよ!