ここは黒薔薇団の本拠地、王都のど真ん中。カイルはこの黒薔薇団で暗躍する幹部で、表向きは我がクロフォード家と馴染みが深い、伯爵家の次男坊だ。私はそんなカイルとは幼い頃からの悪友。私が侯爵令嬢として自身に磨きをかける
「まぁ、髪を切ったくらいじゃ、その美貌は隠しきれねぇけどな。」
そう言われて私は笑う。
「何もしないよりはマシよ。」
カイルが用意した平民の服。今まで着ていたドレスがどれだけ重く、どれだけ無駄が多いかを知る。
「さて、お嬢様、お次は?」
そう聞かれ、私は言う。
「そうね、カイルにはセレナ嬢の監視と証拠の入手を。」
傍らに居るエミリアが私の
「エミリアには王宮の侍女からの自白を。」
カイルが片眉を上げて聞く。
「お嬢様は?」
そう聞かれ私は笑う。
「私は自分の知識を総動員して、毒の特定をするわ。」
◇◇◇
黒薔薇団の本拠地――黒薔薇の館には、もちろん他の団員も居る。けれど他の団員たちは私がそこに居ても表情一つ変えないどころか、私を歓迎してくれている。それは何故か。
それは私が昔から、この黒薔薇団の支援をして来たからだ。
黒薔薇の館の一室で、私はあの夜、アルノルト殿下に渡されたグラスの欠片を調べていた。欠片は王宮に内偵していた黒薔薇団の一員が入手してくれている。自身が持っている薬学の知識と、ゲーム内の知識を掛け合わせて考えると…。
この毒は
この私を断罪し、処刑にまで追い込んだのだから、それなりの報いは受けて貰わないと。
◇◇◇
「お嬢様、掴んだぜ。」
そう言ってカイルが意気揚々と私の居る部屋に入って来る。
「その、お嬢様っていうの、止められないの?」
笑いながらそう言うと、カイルは私の前に来て、私の手を取り、手の甲に口付けながら言う。
「俺にとってヴィオはいつもお嬢様だ。この世の誰よりも完璧で、美しいお嬢様さ。」
そんなふうに振る舞うカイルに笑い、聞く。
「何を掴んだの?」
カイルはニヤッと笑って言う。
「売人。」
私はにこやかに微笑んでカイルに言う。
「さすがね、黒薔薇団の幹部は。仕事が早くて助かるわ。」
カイルは私を見つめ聞く。
「そんな優秀な幹部にご褒美は無いのか?」
そう言われて笑う。
「ご褒美? そんなものが欲しいの?」
カイルは吹き出すと、言う。
「いや、もうご褒美は貰ってるか。」
そう言って私の頬を撫でる。
「こうしてヴィオと一緒に居られる時間が俺にはあるからな。」
カイルは闇市で月影草の売人を見つけたそうだ。暗殺も請け負うこの黒薔薇団なら、そんな情報など、簡単に入手出来るだろうと思っていた。
「後は…エミリアね。」
そう言うとカイルが笑う。
「あっちも心配無いさ。ヴィオの侍女なんだから。それに、黒薔薇団の内偵部隊が動いてるんだ、すぐにあのセレナ嬢に協力した侍女が判明して、捕まるさ。」
私は自分に与えられたこの一室で、次の一手を考え、行動する。
◇◇◇
それから2日ほどでエミリアがとある侍女を連れて来た。彼女はセレナ嬢に協力した侍女だ。真っ青な顔で私の前に現れた侍女は、私の前で跪く。
「お許しください…ヴィオレッタ様…」
涙を流すその侍女には何か事情がありそうだった。
「全て話してくれるわね?」
そう聞くとその侍女が頷く。
侍女から事情を聞き、私は改めてセレナ嬢の狡猾さを実感する。表ではか弱き子女を演じ、裏では狡猾に動いている彼女は、その生き方さえ違えば、尊敬に値するだろう。
「あなたの話は分かったわ。だからこそ、今度は私に協力して貰うわよ。」
そう言うと侍女が頷く。
「はい、ヴィオレッタ様。」
私は自分に与えられたその一室で作った、偽薬の入った瓶をその侍女に渡す。
「時が来たら、これを頼むわ。」
そう言うと侍女が大事そうにその偽薬の瓶を懐にしまう。
「かしこまりました。」
◇◇◇
ヴィオレッタとは幼馴染だった。ヴィオはいつも背筋の伸びている、凛とした人だ。俺は幼馴染だったからヴィオの努力も知っている。その明晰な頭脳で全ての事柄を把握し、その時その時に合わせた柔軟な対応が出来る。王子の婚約者になってからも、その才は発揮されていた。
でも俺だけが知っているヴィオも居る。ヴィオは昔から植物が好きで、特に薬学には精通している。この国随一の薬学の師範とも言えるロルモーに師事し、薬学を学んでいた。それが今回、活きた形になったのは皮肉な事だ。
いつだったか…あれはまだ俺もヴィオをも幼い頃だ。領内に病が流行った事があった。その病は軽いものだったから薬草で何とかなった。だがその薬草が足りなくなる事態が起こった。その時、ヴィオは自分の領民を守るために、薬草を皆に配っていた。自身も軽い症状が出ながらも。俺はそんなヴィオを見てヴィオに惚れたのだ。自身も病にかかっているのに、自分よりも領民の命を守ろうとしているヴィオに、その優しさに。
◇◇◇
黒薔薇団に新たに情報がもたらされた。それはセレナ嬢がどうやら王子を
「徐々に化けの皮が剥がれて来たわね。」
ヴィオは腕組みをして言う。
「セレナ嬢はきっとクロフォード侯爵家の領地を狙っているんでしょうね。きっとずっと前から狙っていたんだわ。」
ヴィオは溜息をつく。
「今回、クロフォード家の娘である私が王子の暗殺を目論んだとすれば、領地を取り上げる理由になるもの。」
ヴィオが少し考え込む。
「いつから狙っていたのかしら…このままクロフォード家を没落させる気ね。」
俺はそんなヴィオに微笑む。
「そうはさせないって顔してるぜ、お嬢様。」
俺がそう言うとヴィオが笑う。
「当然よ、そんな事させないわ。クロフォード家は私が守る。」