ここは黒薔薇団の地下にある、尋問室。どれだけ口の堅い者も、黒薔薇団の尋問を受ければ、その口を割ると言われている。私の目の前には一人の男。闇市で
「さぁ、吐いて貰おうか。」
カイルが腕まくりをする。売人が笑う。
「顧客の情報は漏らさない。」
カイルはそんな売人を見てニヤリと笑う。
「そうか? ここがどこだか知ってて言ってんのか?」
カチャリという金属音。テーブルの上に置かれている尋問道具をカイルが触ったからだ。
「どれが良いか…どれならお前の口を割る事が出来るか…」
そして私を見て聞く。
「お嬢様は出ていた方が良いと思うぜ?」
私はそんなカイルに笑って言う。
「そんなもの使わなくても、吐かせる事は出来るのよ。」
そう言って私は売人に近付く。そして耳元で囁く。売人はその囁きを聞いて、顔色を変える。
「それを…どこで…」
私は笑って言う。
「私はクロフォード家の令嬢なのよ? こんな情報くらい、すぐに入って来るわ。」
カイルがそんな私を見て、口笛を鳴らす。
「お嬢様に何を言われた?」
カイルが売人を見てそう聞く。売人はそんなカイルに言う。
「交換条件だ。」
カイルは笑って言う。
「お前が条件を出せる立場だと思ってるのか?」
売人は悔しそうに私とカイルを見ている。カイルが私に聞く。
「一体、何を言ったんだ? お嬢様。」
私は笑って言う。
「誰だって守りたいものの一つや二つ、あるものよ。」
そして売人を見る。
「こんな犯罪者でも、ね。」
カイルは笑って売人に聞く。
「で、お前が
そう聞かれた売人が言う。
「あぁ、そうだ。俺が
カイルと顔を見合わせ、そして私は売人の男に聞く。
「その目的は?」
売人は観念したように笑って言う。
「話を持ち掛けられたんだ…俺はしがない子爵家の出でね。うだつの上がらない親父のせいで家は没落したが、爵位はまだある。闇市で売人をやりながら資金を貯めて、家を再興させようとしたんだ。そんな時、伯爵令嬢だと名乗る女が現れた。その女はクロフォード家から領地を取り上げ、自分の家がその領地を引き継ぐと言ったんだ。そして引き継いだ暁には俺を取り立てて、子爵家の再興に手を貸すと約束した。」
セレナ嬢の言いそうな事だ。…でも、待って。確かゲームでは…。
「もし万が一、ベクレル伯爵家がクロフォード家の領地を奪えたとしても、ほんの一部だわ。そして下賜される領地の中にあなたの子爵家を含む土地は無かった筈…」
そう、目の前の男は我がクロフォード家領地内のミュレ子爵家の嫡男、ボードワンだ。売人に身を落としたとそう聞いていたけれど、ここまでとは。
「お前が
カイルがそう聞く。ボードワンはニヤリと笑って言う。
「俺の懐に手を入れてみろ。」
そう言われてカイルがボードワンの懐に手を入れる。カイルが何かを取り出す。出て来たのは綺麗な黄緑色の宝石。
「これは…?」
カイルがそう聞く。私にはそれが何か分かっていた。
「アルノルト殿下からセレナ嬢に贈られた特別な宝石よ。」
ペリドット ━━ 石言葉は幸せ、パートナー間の愛と幸福…
それを売り渡し、
「皮肉ね。」
私が笑ってそう言うと、カイルが聞く。
「でもこの宝石だけじゃ、証拠にはならないんじゃないか?」
私は笑ってカイルの手の中にあるペリドットを手に取り、灯りに透かすようにその宝石の中を見る。
「見て。」
私がそう言うとカイルが覗き込む。
「これは…」
カイルがそう言ってニヤッと笑う。
「えぇ、そうよ。王家の紋章入り。良く見れば誰から誰へ贈られたものかも分かるように刻印されているのよ。」
宝石のおさまっている土台に小さく刻印が見える。
「アルノルトからセレナへ~愛をこめて。」
カイルが刻印を読む。私はそれを見て微笑む。
「愛と引き換えに自分が破滅に向かう事になるなんて、なんて劇的なのかしらね?」
確実に証拠を積み上げないといけない。何せ、相手は乙女ゲーの主人公だ。セレナ嬢を囲む人たちは無条件で彼女をバカみたいに信じているだろうし、彼女に従うだろう。
私という
◇◇◇
それからしばらくの間、私は黒薔薇の館で「時」を待った。次なる計画が動き出すのは王宮での舞踏会だ。それまでに用意しなくてはいけないものがたくさんあった。まずは王宮の舞踏会に潜入出来るだけの身分。
「それに関しては俺が保証するよ。」
そう言ってカイルが笑う。
「そうね。」
カイルは伯爵家の次男坊だ。今は黒薔薇団の幹部にまでなってはいるけれど、表向きは伯爵家の放蕩息子。
「俺の家にも王宮からの招待状は来てるだろうからな。」
次は…。
「衣装ね。」
そう言うとカイルがまた笑う。
「じゃあお嬢様、そのドレス、作りに行こうぜ。」
そう言って私に手を差し出す。
黒薔薇団の館に仕立て屋がやって来る。黒薔薇団御用達の仕立て屋。その腕はお墨付きだ。
「どのようなドレスをご所望で?」
眼鏡をかけた初老の紳士がそう聞く。
「そうね…せっかくの王宮の舞踏会、彼女が王子の婚約者としてお披露目になるその記念すべき日なんだから、ドレスは特別なものにしなくちゃ。」
紳士は微笑んで頷く。
「カイル、あなたも衣装を新調しなさい。」
私がそう言うと、カイルが笑う。
「かしこまりました、お嬢様。」
◇◇◇
黒薔薇の館に来て二週間。私が死んだ日からもう二週間も経ったのだ。その二週間の間で私は早急に計画を進めた。最初から全部を知っていれば、そもそも王子の婚約者にもならなかったのに。
ベクレル伯爵家が我がクロフォード家の領地を奪う計画は今のところ、動いてはいない。クロフォード家が裏から手を回し、国王陛下に進言したからだ。そもそも、伯爵令嬢との婚姻よりも侯爵令嬢である私との婚姻の方が王家としては利益が大きい。そんな事は誰にだって分かる事。この国に生きているなら、子供だって分かる事だ。
それなのに。
アルノルト王子殿下は私では無く、セレナ嬢を選んだ。
いや、選ばされた、と言った方が正確だろう。
ここ二週間、私は黒薔薇の館に居て、気付いた事がある。
至極、当然の事。
それは今、私が居る世界は「生きている」という事だ。乙女ゲーの世界とはいえ、皆、それぞれが「生きて」いる。王宮での舞踏会の夜、私が濡れ衣を着せられ投獄されたあの夜。王宮以外の場所では皆が当たり前のように「生きて」いる。皆がそれぞれ自分の意志を「持って」いるのだ。
それは「私が」投獄されたあの牢獄で「私が」衛兵に話し掛けたから分かった事だ。
彼にも「自我」があり、自分で考え、自分で判断し、結果、私はエミリアと話す事が出来た。セレナ嬢と近しい者はそれだけゲームの制約を受け、制限を受け、あっても二つか三つの選択肢しか取れない。けれど「本物」の人生は違う。常に無限に選択肢があって、皆、常にその無限の選択肢の中から選んでいる。
きっとセレナ嬢は今頃、自分の思う通りに物語が進んでいない事に、多少、焦っているだろう。