私は聞き逃していない。
死ぬのが早すぎるけど、まぁ良いわ
えぇ、そうでしょうね。あなたの知っている世界では、私は最後まで自分の無実を訴え、処刑台に上がってもなお、罪を認めなかったのだから。
あの夜、私はエミリアに言い付けて、仮死薬を作らせた。それを飲んで死を偽装し、偽りの棺に入ったのだ。趣味の悪い真っ黒な棺。その空の棺は今、王都の北の外れにある墓地に埋葬されている。誰もその棺が空だとは思っていないだろう。この事を知るのはエミリアとカイル、そして黒薔薇団の者たちだけ。
たった二週間で、アルノルト王子殿下は私からセレナ嬢へ鞍替えした。
表向きは自分の命を救った令嬢と恋に落ちたという素晴らしくもバカバカしいストーリーがあるお陰で、彼女の影響を受けている彼女の周囲の人間たちはその事に違和感すら持っていない。
でもね、セレナ。この世の中はあなたの周りの人間だけで出来ている訳では無いのよ。
クスクスと笑いながら月を見上げる。
◇◇◇
ルヴァンシア王宮の夜。その日はアルノルト王子殿下と伯爵令嬢セレナとの婚約披露の舞踏会。数々の貴族たちが口々に噂している。
ヴィオレッタ嬢は王宮の地下牢で自ら命を絶ったそうよ
真っ黒の棺に入れられて王宮を出たって聞きましたわ
まぁ! 大罪人が入る、あの真っ黒な棺で?
王都の外れにある墓地に埋葬されたそうよ
墓石には何も刻まれていないそうね
セレナ嬢を見ました?
アルノルト殿下のお命を救ったのは彼女だそうですわよ?
でも…セレナ嬢はヴィオレッタ嬢とアルノルト殿下が婚約していた時から…
シッ! それ以上はダメですわ
まだヴィオレッタ嬢が亡くなってから二週間ですのに
人の口に戸は立てられないとは良く言ったものだ。私は口々に噂する貴族たちを見て微笑む。今日のショーを心行くまで楽しんで貰えたら良いのだけど。
「アルノルト王子殿下、並びにセレナ・ベクレル伯爵令嬢の御入場でございます!」
侍従がそう大きな声で言う。二人とも、揃いのライムグリーンを基調とした正装とドレスで入場して来る。セレナ嬢の首元が寂しいわね、そう思う。まぁそれもそうでしょうね。アルノルト殿下から贈られたあのネックレスはもう彼女の手元には無いのだから。私はその場に居る人たち全員が二人の入場に釘付けなのを横目に移動する。
仕掛け、一つ目。
私の横にはカイルが微笑んで立っている。カイルの正装は、今宵、一段と彼を引き立てている。カイルは入場の号令をかける侍従に招待状を渡す。招待状を見た侍従は戸惑った顔をする。
「これは…読み上げられません。」
侍従がそう言う。カイルがそれを聞き、言う。
「そうか、残念だ。」
カイルが手を軽く上げると、すぐ傍に居た別の侍従が招待状を見て、大声を上げる。
「カイル・ボルテール様! 並びにヴィオレッタ・クロフォード様! 御入場です!」
会場がざわつく。開かれた扉へ一歩踏み出す。その場に居た全員が私とカイルを見ている。死んだと言われていた筈の私が現れ、皆が混乱しているのが手に取るように分かる。
私よりも先に入場していたアルノルト殿下とセレナ嬢がポカンと私たちを見ている。なんておバカな顔なのかしら。そして次の瞬間、セレナ嬢が私を睨んだ。
やっと事情が呑み込めたようね。でももう遅いわ。
セレナ嬢が隣のアルノルト殿下に何かを囁く。ハッとした表情のアルノルト殿下。
「私を毒殺しようとしたヴィオレッタ嬢を捕えよ!」
アルノルト殿下がそう言う。けれど、誰も動こうとはしない。それは何故か。
私が片手を上げ、それを制したからだ。
皆が私を見ている。私は微笑んで、完璧なカーテシーを見せつける。
「ご招待頂き、ありがとうございます。今宵、皆様にお見せしたいものがあって、参りました。」
私の声は会場中に通る。この声に生んでくれた両親には感謝だわ。そう思いながら隣に居るカイルを見る。カイルは誇らしげに私を見ている。
仕掛け、二つ目。
「先程、アルノルト殿下が仰いました。アルノルト殿下を毒殺しようとした、と。」
真っ黒な手袋をはめた手を上げ、合図する。するとエミリアが連れて来た侍女が現れる。
「彼女はそこに居るセレナ嬢の専属侍女です。」
私がそう言うと、侍女は決意を持った瞳で背筋を伸ばし、言う。
「私はセレナ嬢に命じられ、殿下の飲み物に毒を入れました。」
会場中が息を飲む。侍女が懐からあの日、渡した瓶を取り出す。
「これがその毒です!」
侍女がそう言った瞬間、セレナ嬢が叫ぶ。
「嘘よ! 毒はもう使い切った筈…」
そこまで言ってハッとして口を押さえる。クスっと笑って私はカイルを見る。カイルは少し微笑んで言う。
「此度の一件、黒薔薇団が調べさせて貰った。」
カイルはそう言うと、手を上げる。それを合図にアルノルト殿下の近くに居た黒薔薇団の一員がアルノルト殿下へ紙を渡す。
「詳細はそこに書かれています、殿下。」
アルノルト殿下は信じられないものを見るような目付きでセレナ嬢を見ている。
「セレナ、君は私を殺そうとしたのか…?」
そう言いながら差し出された紙を奪うようにして見る。
「今回、使われた毒は月影草、所持も使用も、もちろん売買も禁止されている劇物です。」
私がそう言うと、殿下が紙から顔を上げる。
「しかし、ヴィオレッタ、君は死んだ筈では…」
殿下の前に立ち、言う。
「私が死んでいるように見えますか? 殿下。」
そう言いながら私は殿下に背を向ける。
「闇市で月影草の売人を捕えました。そしてその売人が証言したのです。月影草を売ったのは自分で、売った相手はセレナ嬢だったと。」
カイルを見る。カイルは微笑んで懐へ手を入れる。
「セレナ様? 今日の装いでは何かが足りませんね?」
仕掛け、三つ目。
カイルが懐から出した宝石、ネックレスを私に渡す。私はそれを掲げ、言う。
「このようなネックレスが今日の装いにはお似合いになるかと思うのですけど。」
私が掲げたネックレスを見て、アルノルト殿下が言う。
「それは、私がセレナに贈ったもの…」
私はクスっと笑って言う。
「えぇ、そうです。ねぇ? セレナ様?」
私は振り返ってそう聞く。セレナ嬢は顔が真っ青だった。
「月影草は違法な毒物です、ですからその額も相当な筈…それに見合った支払いをしなければ入手は出来ない。でも。」
ペリドットを眺める。
「これなら全額、支払えそうですわね?」
アルノルト殿下がセレナ嬢から少し離れる。
「殿下…?」
セレナ嬢が縋るようにアルノルト殿下に言う。
「これは何かの間違いです…そうよ! 死んだ筈のヴィオレッタがここに居るのもおかしいのよ!」
化けの皮が剥がれて来たわね。そう思いながら私は笑う。
「セレナ様、あなたはずっと前からこの計画をしていたようですわね?」
真っ黒な扇子を開き、続ける。
「思えばあの時、気付くべきでしたわ。あなたが我がクロフォード侯爵家にいらした時に。」
そう言って微笑むと、今度はアルノルト殿下が聞く。
「でも、どうして…」
私は笑って言う。
「セレナ様はずっと前から、我がクロフォード侯爵家が持つ領地を狙っていたのです。そしてアルノルト殿下の婚約者という立場も。」