アルノルト殿下は私の言葉を聞き、そこで初めて、まるで呪いが解けたかのような顔で言う。
「セレナ・ベクレルを捕えるんだ。」
近くに居た護衛騎士たちがセレナ嬢を囲む。
「違う、違う! 間違ってるわ! こんなの間違ってる!」
取り乱しながらそう言うセレナ嬢は、私から見ても滑稽で、とても正気とは思えない。
「私はこの世界の主人公なのよ! 皆、私に
護衛騎士たちはそう叫ぶセレナ嬢を捕え、引き摺って行く。髪を振り乱し、訳の分からない事を叫んでいるセレナ嬢に憐憫の情を禁じ得ない。
可哀想な人。
素直にそう思った。
アルノルト殿下が私を見て言う。
「ヴィオレッタ、すまなかった。」
そう言うアルノルト殿下を見ても、私はもう何も感じなかった。
そう、これが答えなのだ。
私はずっとアルノルト殿下の婚約者として完璧にその役割を果たして来た。そして私がアルノルト殿下に恋をして、アルノルト殿下と共に生きて行く未来を思い描く程、夢見がちな少女だったら、今もアルノルト殿下の謝罪を受けて、それを受け入れ、彼の隣に立つ事を望んだだろう。
でも違う。私はそんな事を望んでいない。
私の隣立つのは今、カイルだ。気心が知れていて、冗談を言い合える、そんな関係の彼が。
「ヴィオレッタ、君個人と侯爵家の名誉回復を約束しよう。」
そう言いながらアルノルト殿下が近付いて来る。そして私に手を差し出す。
「さぁ、私の手を取って。」
そう言って微笑むアルノルト殿下。
この王子、どこまで頭の中がお花畑なの?
私に汚名を着せ、濡れ衣を着せておいて、手を取れ?
私はクスっと笑って言う。
「遠慮させて頂きますわ、アルノルト殿下。」
パチンと扇子を畳む。そして私はアルノルト殿下に背を向け、目の前の彼に手を差し出す。カイルは私に微笑み、私の手を取って、手の甲に口付ける。
「行きましょうか、お嬢様。」
そう言ってカイルが私をエスコートする。
◇◇◇
セレナ・ベクレルは王子毒殺未遂の主犯として捕らえられ、追放となった。私に振られたアルノルト殿下はその夜から熱を出し、寝込んでいるという。
「この国はどうなるんだろうな。」
カイルがそう聞く。
「さぁね? 私にはもう関係の無い事よ。」
私はクロフォード侯爵家を出た。自分がどれだけ恵まれた環境に居たのかを思い知ったのだ。そしてやはり、私は薬草学が好きだった。
ルヴァンシアの地平、朝日が黒薔薇の花を照らす。平民の服に身を包み、薬草の鞄を肩に掛ける。
「ゲームのシナリオは破滅だったけど、私の物語はここからね。」
そう呟く。カイルが隣で笑う。
「お嬢様、俺もお嬢様に付いて行くぜ。」
剣を腰に差した彼の正装は、王宮の輝きより自由な地平に映える。
「そのお嬢様っていうのを止めるなら、許してあげる。」
私がそう言うとカイルが笑う。
「分かったよ、ヴィオ。」
そしてカイルは私の頬に触れて言う。
「幼い頃、ヴィオが領民に薬草を配った時、俺はヴィオに惚れたんだ。俺はずっと君の味方だ。」
カイルを見上げる。
「カイル、いつもそばにいてくれてありがとう。」
二人はルヴァンシアの地平へ歩き出す。ゲームの世界を超え、自由な未来が待っている。