マーガレット王国四大貴族の一つであるプリーシア公爵家が主催でこの日開かれた社交界。
パーティは滞りなく行われ、何事もなく終わるかに見えた社交界終盤で事件は起きる。突然、プリーシア公爵家嫡男が、この場を借りて言いたい事があると舞台中央へと躍り出たのだ。
「みんな聞いてくれ! プリーシア公爵家嫡男、クローバー・プリーシアはこの場を借りて宣言したい。ラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢との婚約を破棄させてもらう、と」
婚約破棄を突き付けられたラミア・ルージュ・ムーンライト公爵令嬢は、眉一つ動かさず両腕を組んだまま、クローバーと対峙している。彼女が身に着けるワインレッドのドレスは、この場に居る誰よりも目立っており、彼女の華やかさを象徴するものだった。
「どういう事か、聞かせて貰いましょうか?」
「何を言っている。今迄の学園での立ち振る舞い、忘れたとは言わせないぞ。自分の胸に聞いてみるんだな」
貴族の若者達が集うクローバーもラミアも王立セントレア学園上級生である三年生。クローバーもラミアも四大貴族出身であり、学園で知らない者は居ないと言われるほど有名な存在。だからこそ、この社交界という場での婚約破棄という発表は、この場に居る誰もが息を呑む展開であったのだ。自身に胸を当ててゆっくりと息を吐いた後、彼女は吐き捨てるように婚約者へ向け言葉を紡ぐ。
「全く身に覚えがありませんわね」
「そうか、では彼女から言ってもらうとする」
クローバーが合図をした瞬間、ドレスを着た集団に紛れていた一人の女性がひょっこりと顔を出し、軽く会釈をしつついそいそとクローバーの横に立つ。その瞬間、ラミアは悟る。嗚呼、クローバーの心はもう自分へ向いてはいないのだと。
「彼女を知らない人も居るだろうから紹介したい。ネヴィウス伯爵家の次女、メルバ令嬢だ。彼女はセントレアでの三年もの学園生活で、ラミアに虐げられて来たんだ。メルバ、間違いないな?」
「はい、間違いありません」
ある者達はどよめき、そして、ざわつき。またある者は来るべき時が来てしまったと溜息を漏らす。学園でのラミアは時に気高く、時に高慢で、思いのまま行動していた。学園の悪役令嬢と呼ばれる程に。貴族として立ち振る舞いが相応しくない者へ厳しく当たっている事も多く、この場に証言者が多く居る事は間違いなかった。
「ワタクシは、学園の生徒代表として、あくまで貴族としての立ち振る舞いを指導していたに過ぎませんわよ」
「でも、彼女はこんなに怯えているではないか?」
メルバの震える肩をクローバーが支えるようにして立っている。その様子に触発されたのか、ラミアに今まできつく当たられたという令嬢や令息達が続けて手を挙げていく。王国四大貴族の長女として気高く、凛々しく、真っ直ぐに生きて来たラミア。彼女の貴族としての学園での行動は間違いではなかった。影響力が強いが故に、悪役令嬢と揶揄されて来ただけ。当然ラミア自身の耳にもその事実は入っていたが、特に気にする事もなかった。婚約者から婚約破棄という現実を突き付けられるまでは。
「公爵家の婚約者として相応しいのはここに居るラミアではない。メルバ令嬢だ」
ネヴィウス伯爵が思わず拍手を送ろうとし、周囲の静寂に思わず手を止める。まだ拍手をするには時期尚早。公爵家の妻という地位を次女が勝ち取ろうとしている事実に思わず口より手が先に出てしまったのだろう。
「悪役は潔く去る、こういう事ですのね。そこのメルバとかいうご令嬢と末永くお幸せに、クローバー・プリーシア殿」
反論する事もなくカーテシーをし、クローバーへ背を向けるラミア。そして、二、三歩踏み出したところで、社交界会場の扉が開かれる。
「そこまでです」
肩までかかる金色の髪を揺らし、この国では珍しい黒と白が基調のゴシックドレスに身を包んだ女性が隣に立つ若い執事と共に社交界会場へと入室して来る。
「何者だ!? ここは社交界会場ぞ! 身分不相応の者は立ち去るがよい」
「いえ、そうはいきません。その断罪、私が止めさせていただきます」
「そ、その
懐より取り出した王家の家紋が入った
「では、始めましょうか?」
「ええ、構わないわ」
そのままラミアと入れ替わる形でクローバーと対峙したゴシックドレスの令嬢は、恭しく一礼した後、
「マーガレット王国現王妃、第七代アレクサンディア女王の命を受け、この場は私、王家直轄の断罪回避請負人ニケ・グラジオラスが取り仕切る事とします。では、断罪回避令嬢、参ります!」