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第4話 アシタバ

ブラーニョ村に、また朝が来た。


空は濁った灰色で、昨晩の冷たい風が、山の背を滑るように吹いている。遠くの空に、雨の気配がわずかに漂っていた。


ウジャは、血の気を失った顔で、家に辿り着いていた。

足を引きずりながら、軒先の柱に凭れかかるようにして中に入り、倒れ込む。


息も絶え絶え。

全身から汗が噴き出し、傷口には泥と血がこびりついていた。

目の奥が熱く、耳の鼓膜は鼓動に共鳴して割れそうだ。


息も絶え絶え

微睡みの中で、

思い返すは

祖母の唄。


そんな中、不思議と浮かぶのは、ばあちゃんの唄だった。



生きて過ごすにゃ

傷もつきもの

アシタ咲く花

暫しすがらう


穏やかに日々を

送れりゃ極楽

閻魔様でも

笑おうかいや



ウジャは、ぼろ布の包みからアシタバの葉を取り出す。

ばあちゃんが教えてくれた通り、揉んで汁を出し、患部にあてがう。

じいちゃんの古着の端切れでそれをぐるぐると巻きつけた。


乾燥させた熊の肉を食む。

痛みは、正気を削るように襲ってくる。

でも、寝なきゃダメだとウジャは思った。

「寝てる間に、身体は働くもんだでな」

ばあちゃんの声が耳の奥にこだまする。


目を閉じれば、唄の調子とともに、まどろみの淵へ。



その頃、山の下――


村は、何事も無かったかのように動いていた。


長老屋敷には、日が沈む頃から男衆が集まり出す。

入り口の戸が開くたびに、笑い声と酒の匂いが外へ漏れる。


「ささ、飲みねぇ、飲みねぇ!」

「昨日の話? あぁ、あの餓鬼のことか?」

「イヌガミ? まさかぁ、ありゃ寝言だろうよ!」


男たちは口々に無責任な冗談を飛ばす。

長老は盃を片手に、鼻で笑う。


「アイ婆さまが居た頃は、村にも筋が通っとった。今は、もう誰でも声を張り上げりゃ英雄か?」


その言葉に、周囲がまた笑う。


火鉢の火が弾ける。

笑い声が染み込んだ畳が軋む。


ウジャが命を削って叫んだ言葉は、

この家の梁(はり)にすら届いていなかった。

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