ブラーニョ村に、また朝が来た。
空は濁った灰色で、昨晩の冷たい風が、山の背を滑るように吹いている。遠くの空に、雨の気配がわずかに漂っていた。
ウジャは、血の気を失った顔で、家に辿り着いていた。
足を引きずりながら、軒先の柱に凭れかかるようにして中に入り、倒れ込む。
息も絶え絶え。
全身から汗が噴き出し、傷口には泥と血がこびりついていた。
目の奥が熱く、耳の鼓膜は鼓動に共鳴して割れそうだ。
息も絶え絶え
微睡みの中で、
思い返すは
祖母の唄。
そんな中、不思議と浮かぶのは、ばあちゃんの唄だった。
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生きて過ごすにゃ
傷もつきもの
アシタ咲く花
暫しすがらう
穏やかに日々を
送れりゃ極楽
閻魔様でも
笑おうかいや
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ウジャは、ぼろ布の包みからアシタバの葉を取り出す。
ばあちゃんが教えてくれた通り、揉んで汁を出し、患部にあてがう。
じいちゃんの古着の端切れでそれをぐるぐると巻きつけた。
乾燥させた熊の肉を食む。
痛みは、正気を削るように襲ってくる。
でも、寝なきゃダメだとウジャは思った。
「寝てる間に、身体は働くもんだでな」
ばあちゃんの声が耳の奥にこだまする。
目を閉じれば、唄の調子とともに、まどろみの淵へ。
⸻
その頃、山の下――
村は、何事も無かったかのように動いていた。
長老屋敷には、日が沈む頃から男衆が集まり出す。
入り口の戸が開くたびに、笑い声と酒の匂いが外へ漏れる。
「ささ、飲みねぇ、飲みねぇ!」
「昨日の話? あぁ、あの餓鬼のことか?」
「イヌガミ? まさかぁ、ありゃ寝言だろうよ!」
男たちは口々に無責任な冗談を飛ばす。
長老は盃を片手に、鼻で笑う。
「アイ婆さまが居た頃は、村にも筋が通っとった。今は、もう誰でも声を張り上げりゃ英雄か?」
その言葉に、周囲がまた笑う。
火鉢の火が弾ける。
笑い声が染み込んだ畳が軋む。
ウジャが命を削って叫んだ言葉は、
この家の梁(はり)にすら届いていなかった。