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第6話 息吹

どっと、疲れがのし掛かる。

立っていられないほどに。

ハァハァハァハァハァハァハァハァ…!!

息づかいも荒い。


やべぇ、何か食わねぇと……


ウジャはウドを切り、水分を補給。

タラの芽とフキノトウをちぎって

家で茹でる。


外は雨だ。

ウジャは、裸で、天然のシャワーを浴びる。

身体も、心も、リセットされる気分。

血も、汗も、涙も……


家に入り、乾燥させた熊の肉をかじる。

ウドを吸い、タラの芽を食らう。

熊肉、タラの芽、ウド、フキノトウ……


取って来た、スベリヒユ、ワラビ、シソ。

栄養剤だ。次々に食らう。


ウジャは、台所の隅にある、ばあちゃんが遺してくれた木の小皿に目をやった。

縁が欠けてるけど、手触りはなぜかあたたかい。そこに、さっき山から取ってきたワラビをひとつ、そっと乗せる。


「いただきます。」


その一言は、誰にも聞こえない。

でも、それは祈りだった。


食べるという行為が、今では戦いに等しい。

口にするたびに、命が燃えるのを感じる。

熊肉のしょっぱさ。ウドの苦味。アシタバの青い匂い。


──この苦さは、ばあちゃんの味だ。


一口ごとに、ウジャの中に積もった誰かの記憶が、剥がれて、染み込んで、そして血肉になっていく。


家の柱に、ちいさな傷跡がある。

ウジャが背を測った跡。

そこには「8さい」と彫られていた。


「あと少しで、ばあちゃんに追いつく」


独り言を言った。

それは希望じゃなくて、覚悟だった。


ウジャの瞳は、じいちゃんの瞳。

ウジャの心は、ばあちゃんの心。


今こそ、感謝しなければ…………


明日はもう、この世界に居ないかも知れない。


ウジャは、川面に映る大きな傷のある顔と、

昔、無くした左腕を見た。


お父さん……


ウジャがまだ小さい時に、木こりだった父親と山に入り、父親の仕事を見ていた時。


突然、腐った大木がウジャの居るその方向に、勢いよく倒れて来た。ウジャは一歩も動けず、言葉も出せず、ただ、その自分に向かって来る大木を見ていた。


最後、瞑っていた目を、開けた。


ウジャは、生きていた。


代わりに父親が、大木に潰されていた。


ウジャを、精一杯護るように。


愛する我が子の、生を祈るように。


それが、当然であるように。


ウジャもまた、代償として、

顔に大きな傷と、左腕を失った。


お父さん、本当に生かしてくれて、


ありがとう。


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