対イヌガミ戦、三日目。
開戦前。
疲れ果てた身体は、気を失うように眠りに落ちた。
まぶたの裏に、やさしい風が吹く。
雨の湿り気も、血の生臭さも、どこかへ消えていた。
ウジャは、夢を見た。
あっ………
お母さんだ!
ウジャ、元気に育っているね…
優しい、包まれるそのトーン。
ウジャ、大好きなお母さんだよ……
ウジャは、走って掛け寄り、
お母さんに抱きつく。
お母さん…………
母親は、ウジャの頭をそっと撫でる。
そして、ひとつの物を優しく手渡す。
白く、真白く、光る、
フワッとして、それでいて、力強い、
そう、信念の心。
ウジャ、今まで辛い事も多かったね。
でも、人間は生きるうえで辛い事はいくらでもあるの。
それでも、ウジャは、自分の正しい信念を、
持って生きてほしいの。
あなたは、私の大切な娘です。
あなたなら、それが出来る。
愛してますよ、ウジャ………
お母さん!!!!!!!!!!!!!!
ウジャは泣いた。
そして、もらった。
愛を。信念を。
それは声にはならず、涙だけが流れる不思議な夢の中。
けれどその涙は、確かに心の奥の何かを洗い流した。
母親のぬくもりは、花の香りのようだった。
触れた腕の柔らかさ、髪を撫でる手の形。
遠い記憶のはずなのに、まるで昨日のことのように鮮明だった。
母の手から託された“信念の心”は、光の珠のようだった。
胸の中にすっと入って、熱を持ち、じんわりと広がっていく。
──これは、自分だけの武器だ。
目を覚ましたとき、ウジャの手は、まるで何かを掴んでいるかのように、しっかりと握られていた。
ウジャは立ち上がり、空を見上げた。
じいちゃん、ばあちゃん、お父さん、お母さん。
ありがとう!!!!
ウジャは微笑んだ。
その日の昼、ウジャは山を降りる。
長老屋敷に向かい、長老に面会を申し込む。
イヌガミの事を、伝える為に。
イヌガミ イヌガミ かぜまとう
かぞえりゃ 足音 六つ七つ
しかし、長老は面会を拒否する。
あさにまぎれし ひるにゃ笑う
よるにゃ 首が 八つ飛ぶ
「居もしない怪物に会うたなんざ、誰が信じるものか。」
しのばっけた しのばっけた
おやまのさきの かぜむこう
「村人の一人も見てないんじゃ。嘘八百、ホラ八千じゃわい。」
ウジャは、そのまま山を登って家に帰った。
しのばっけた しのばっけた
ねむるおやまの そのさきで
夜の帳は
その役知って
静かに渡す
蓮華帳
開くは地獄
釜の底には
刹那が眠る
蓮華帳
ウジャは山道を登りながら、小さく呟いた。
「わたしは、ウジャ。ウジャシリ。
勇気を持つ者の名……お母さん、ちゃんと持ってるよ」
その声は風に乗って、遠く、静かに流れていった。