「フェリアメーラ・バルヴェニ!」
和やかなお茶会を無粋な声が断ち切りました。
「いまこの場をもってキサマとの婚約を破棄する!」
突然の闖入者に私も王妃様も開いた口が塞がらず、目を点にして呆気に取られてしまいました。
これは淑女にあるまじき振る舞いですね。
ですが、王妃様も同様の表情をされておいでですし、お許しいただけるでしょう。
それに、開いた口が塞がらなくなるのも無理はありませんし。
なんせ王宮の庭園で王妃様が催している茶会の最中に何の先触れもなく乱入してきたのは、私の婚約者にしてこの国の王太子グレーン・ダルウィニー殿下なのですから。
他にいた数人の令嬢達も同様にマヌケヅ……コホン、呆気に取られた表情をしておいでです。
「何事ですかグレーン!」
やっとのことで王妃様が再起動。
グレーン様を一喝なさいました。
あっ、王妃様のコメカミに青筋が。
かなりご立腹のご様子です。
まあ、当たり前ですけれど。
「母上、ちょうど良いところにいらっしゃいました」
「何がちょうど良いですか!」
ああ、王妃様の目元と口角が怒りでピクピク痙攣しております。いけません王妃様、せっかくの美しいご尊顔に皺ができてしまいます。
「この場は私が主催している茶会ですよ。内々の集まりとは言っても他家のお嬢様方がこれだけいらしているのが分からないのですか!」
「おお、それは
いや、都合が良いって。
グレーン様がいつもの頭のおか……コホン、えーとキチガ……んっんっ、他の人には思いつかない左斜め上の独創的な発言で王妃様の頭痛の種を量産しておいでです。
ご自分の頭の中にお花畑を作るだけでは飽き足りないのでしょうか?
「なっ、なっ、なっ……」
王妃様の開いた口が文字通り塞がらない状態です。
実の息子の異常行動に頭がフリーズしたようです。
逆にグレーン殿下の暴走はフリーズする様子もなく、しかしながら立場的にこの
「母上も、そして皆も聞いて欲しい!」
ですので、誰も妨げる者がおらずグレーン様の奇行は暴れ馬の如く爆走状態です。
「そこの女は虫も殺さぬ顔をしているが、三回も婚約破棄されるようなとんでもない悪女なのだ!」
ビシッと私を指差すグレーン様ですが……人を無闇に指差してはならないと習わなかったのでしょうか?
「どうだ言い返せまい。図星なのだからな」
いえ、図星だから言い返せないのではなく、立場の上の者の言葉を遮って発言できないからです。
「お前は思いやりに欠け、自分の爵位を鼻に掛ける根性のひん曲がった最低最悪の女だ!」
私が口を開けないのを良いことにずいぶん好き勝手言ってくれやがりますね馬鹿王子!
「他人を見下し、すぐに私を馬鹿にして、思いやりのかけらもない……」
その後も陰湿だの冷徹だのケチだのクズだのありもしない空想話を交えて散々に罵倒してくれやがりました。
あ、いえ、殿下を馬鹿にしてのあたりはちょっと否定できませんでした。
「どうだ……ゼェゼェ……全てを認め……ハァハァ……る気になったか?」
大した肺活量です。これだけの悪口を息継ぎなしで一気にまくし立てられましたよ。
「認めるもなにも全く身に覚えのない事ですので」
「なんと白々しい」
お前はいつもそうだ――と、またまたグレーン殿下の言いがかりが始まり口を閉じざるをえなくなりました。
「教科書や制服を破いたり、階段から突き落としたりとテネシーへの数々のイジメも酷かったが……」
テネシーというのはロリンズ男爵の御息女でして、つい最近まで殿下の浮気相手をされていた方です。
彼女も殿下とはまた違ったベクトルでぶっ飛んだ令嬢でしたね。
容姿に関しては、まぁピンク色の髪の可愛らしい方でしたが、ご自分を『ヒロインだぁ』とか私を『悪役令嬢がぁ』とかイカれた……ゴホン、失礼……頭の中までピンク色で意味の分からない言動ばかりだったのです。
しかも、私が彼女を虐めているのだと被害妄想があまりに激しかったんですよ。ちょっと心配になって精神科医をご紹介したら逆ギレされてしまいました。
どうにもテネシーさんは頭の中でお花畑を作るのがお得意なようでした。同じく脳内園芸の趣味をお持ちの殿下とはとても相性が良かったようです。
残念ながら私には頭の中で園芸をする趣味はございません。
殿下もテネシーさんも生まれを間違えなければ後世に名を残す庭師になれたでしょうに。なんとも惜しいことでございます。
「その件は全て事実無根であると証明されたではありませんか」
「……そうだったか?」
ついこの間の
テネシーさんはグレーン殿下を篭絡しようとしてアレコレ画策していたのですが、逆に偽証の証拠を押さえられてあえなく王都を追放されて修道院へ送られてしまいました。
今ごろは戒律を重じ清貧を旨とする北方境界の修道院で慎ましく暮していることでしょう。
え? 修道院など脱走してこないかですって?
ムリムリ。
あの修道院は入ったが最後、強制的にG.P.S.(guilty painful stephanos)と呼ばれるサークレットを装着させられるのです。
このG.P.S.はすんごいんですよぉ。
もし修道院を脱走しようとすると頭を締めつけ装着者に凄まじい激痛をもたらすのです。
それだけではありません。
反抗的な態度を取っても頭を締めつけ、口答えしても締めつけ、仕事をサボれば強力に締めつけ、なんなら痛めつけたい時にも締めつけてくれる装着者を徹底的に矯正してくれる優れもの。
さらに痛みに耐えて脱走できたとしても、装着者の位置を知らせてくれる便利機能付き!
一度これをはめられたらもはや逃げ延びることなど不可能!
なんとこれだけの機能が付いていながら、そのお値段は店頭小売価格が驚きの1500イェン!!
ステーキ定食一回分の価格破壊!!!
これが開発されて以降は修道院からの脱走者はゼロ。まあ、そういうことですから彼女は今ごろ厳しく躾けられているのは間違いありません。
「……それで今ごろ彼女は修道院の中ではありませんか」
「そう言えば最近テネシーを見かけんな」
首を傾げた殿下はとブツブツ呟いております。ホントに鶏なみの記憶力ですね。
「ま、まあ、テネシーの件はついでで本題ではないからどうでもよい」
どうでもいいって、あんた先週まで彼女と付き合ってたでしょうが!
ご自分の元恋人をどうでもいいって……しかし、テネシーさんの事でないのなら今回はいったい何なのでしょう?
「聞いたぞ。キサマはメアリを虐めているそうじゃないか」
その疑問も殿下の口から
「その証拠にキサマはいつも新しいドレス姿だが、メアリはドレスを買って貰えずお前のお古ばかり着ているじゃないか!」
また
今度は私の頭痛の種が……あゝ、頭痛が痛い。
あの娘は私の持っている物をなんでも欲しがるのです。
そう言えばテネシーさんを追放へ追い込んだ
あの時からグレーン殿下に照準を合わせていたのでしょう。
グレーン殿下もメアリエーラを愛称のメアリで呼んでいますし、既に篭絡済みみたいですね。
「他にも宝石などの装飾品や書籍なども全てお下がりで新しい物を何一つ与えられないそうだな――くっ、なんと憐れな」
グレーン殿下が涙を浮かべ目頭を押さえておりますが、身の回りの品を全て奪われる私の身にもなって欲しいものです。
「果ては下着類から筆記用具、教科書、ノートなどにまで及ぶとか」
そうなのです。メアリはホントに何でもかんでも私のものを欲しがるのです。
ですから、新しい服飾や下着類を買ってもらえねば私は
我が家にやって来た時はあんなに可愛かったメアリが。
どうして、こんな問題児になってしまったのでしょう?
小さな頃に甘やかし過ぎたのがいけなかったのでしょうか?
いえ、メアリもやはりお
はぁ……思い出しただけでため息が漏れます。