なあ、ちょっと俺の話を聞いてくれよ。俺の部屋に「ユーレイ」が出るって話なんだけど……。
そんな話で俺は切り出した。あ、電話でね。そんなバカな電話を受けたのは大学の友達、小川将一。通称「オガショウ」だ。
『なぁ、まだ朝の6時半なんだけど。ふざけんなよ!』
スマホからは「オガショウ」の不満の声が聞こえてきた。
やつがそういうのも理解できる。幽霊とは普通夜中に出るもんだ。それくらい俺だって知ってる。ただ、こんな早朝の時間に電話をすることになったのには理由がある。
季節は夏真っ只中。毎日暑い。外に出ると汗だくだくになる季節だ。コンビニに行くのも辛い。しかも、8月31日。小学生から高校生くらいまでは夏休みの宿題に追われているころだろう。
きっと、日曜日のサザエさんではカツオの宿題が終わってなくて、最終的に波平とマスオが手伝う話くらいが放送されていることだろう。
しかし、俺達大学生にとってはまだまだ夏休み継続中。なにしろ、大学生の夏休みは6月後半のテストさえ終わればスタートで、9月の講義が始まるまではずっと夏休みなのだから。
もっと言えば、大学に通う4年間はずっと夏休みみたいなもの。これは、俺がその夏休みに経験した奇妙な事件だ。
俺は……いや、俺達はあんなことになるなんて思ってもいなかった。いや、この時点で俺にあんなことが起きていたなんて気づくこともできなかった。
多分、俺達は夏の魔物に飲み込まれていたのだろう。
○●○
「実は……風邪ひいた」
『大丈夫かよ』
一人暮らしの人間が寝込んだら一大事なのだ。冗談では済まされない。なにしろ、誰もご飯を持ってきてくれないし、薬もないのだから。
なんだかんだ言ってオガショウは優しい。俺が寝込んでいると聞いたら差し入れくらいはしてくれる。そういうやつなのだ。
「そんで、寝込んでたら部屋に『ユーレイ』が出た」
『はあ!?』
うん、予想通りの反応。ただ、俺の身に起こったことをそのままに伝えるとそうなってしまうのだ。しょうがない。
『分かった分かった。熱でぶっ壊れたんだな? 今から行ってやるから大人しく寝てろ』
小川将一、オガショウは呆れている。電話の声だけでそれが伝わってきていた。俺が気を引くようなことを言ってうちに来てもらうように言ったと思ったのだろう。そうではない。
「違うんだよ。風邪はもう治った」
『分かった分かった。もういいから、何も言うな』(ブツッ)
電話は切れた。だから違うんだって。
○●○
「おら、来てやったぞ!」(ドンッ)
あの電話から20分もしたらオガショウが我が家に来た。築30年の木造瓦屋根アパート。玄関のドアを蹴った。
いくら古いアパートだからといって、ドアを蹴破ったりはできない。見た目的には木目なので木製だと思っていた玄関ドアは後に鉄製だと知る。木目は金属の扉の上に貼ったプリントシール的なものだった。
(ガチャ)「オガショウ、悪いな」
「ほら」(ガサッ)
そう言って差し出された手にはスーパーのガサガサ袋が握られていた。
「悪い」
「いいって。それより、割と顔色いいな。少し安心した」
それはそうだろう。俺は一旦は風邪を引いたが、既に体調は戻っているのだ。
「まあ座ってくれ」
「もう座っとる」
遅ればせながら、ここら辺で俺のことも知らせておこう。俺は西戸崎智也。大学3年のひとり暮らし。田舎から都会の福岡に出てきていた。就活もまだだし、単位も順調。なんの問題ない「順風満帆」ってやつだった。
彼女こそいないが、大学の先輩や後輩など友達はいるし、女友達というかバイト仲間などもいる。
オガショウは勝手知ったる自分の家と言わんばかりに俺の部屋で適当なクッションに座った。
「あれ? この部屋なんかきれいじゃね? ホコリが落ちてない」
「……気づいたか。それが『ユーレイ』なんだよ」
「なんかそんなこと言ってたな」
持ってきたガサガサ袋からペットボトルのお茶を出してローテーブルの上にドンと置いた。俺の分も置いたことから「ゆっくり聞くぞ」ってことだろう。
「3日前だっか、熱が40度近く出て寝込んでたんだ」
俺はオガショウにユーレイ話を話し始めた。
3日前のことだ。バイトから帰ってきたら調子が悪いと思ったんだ。でも、体温計なんて持ってない。
「ちょっと待て。さっき40度近い熱って言ってたろ!」
回想に入ろうとしたらオガショウが割り込んできた。
だから、とりあえず早めに寝ることにしたんだ。
「その体温計もユーレイが持ってきてくれたんだよ。ほら、そこにあるそれ」
ローテーブルの上の体温計を指差した。まあ、ユーレイが体温計を持ってくるなんて話は聞いたことがない。
体温計があるからってユーレイが出た証明にはならない。
俺は引き続き説明を続けることにした。