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第2話:ユーレイのお粥は美味しい

 俺の体調は夜中になるに連れ崩れ落ちるように悪くなって行ったんだ。そう言えば、バイト中も咳が出ていた。飲食店でのバイトだったから主にバックヤードの仕事に回らせてもらった。


 夕飯はきついのでカップメンにしようと思ったけど、それすらも食べられずお湯を注いただけで万年床に横になっていた。


 そのうち意識が朦朧としてきたんだ。風邪引くなんて予想してなかったので薬はない。うちの冷蔵庫にはスポドリのストックすらもなかった。


 そして寒い! とにかく寒くなってきた。夏なのに歯がガチガチなるほど寒かった。夏用のタオルケットしかなくて、冬用の大布団は物入の中で布団圧縮袋でぺちゃんこになっている。それを取り出す元気などない。その上、咳は止まらない。完全に体調を壊してる。


 安いボロアパートだから隣とかにも咳が聞こえてるかも。クレーム怖い。タオルケットで口を押さえるけど これで咳が止まるわけじゃない。


 こんなときは寝るのが一番か!? 眠れば免疫力が上がる。風邪の菌を「なんとかパージ」がやっつけてくれる。 頑張れ! 俺の中の「なんとかパージ」!


 うとうとしたのかもしれないが、ちょいちょい咳が出て目が覚める。本格的にヤバい。実家にいたときは薬もスポドリも母親もいたのに……。ひとり暮らし楽しいけど、こんなときに辛いとか……。


 俺は寝たというよりは、意識を失っていたと思う。気づけば誰かが部屋の中にいる……気配がする。


 ガシャンとか、バタンとか、遠くでラップ音が聞こえる。ヤバい。


 念のために言っとくが、俺のアパートはひとり暮らしだ。同居人はいない。彼女もいない。……何度も言わせるな。


 誰もいない部屋でラップ音。間違いなくヤバい。今はそんな「間違いなくヤバい状態」なのだ。


 意識は覚醒したものの、疲れと風邪で動けない。しかも、片目を少し開けるのかやっと……、ほとんど開かない。


 布団に寝転んだ俺に見えたのは女の人影。髪は長い。静かに部屋の中央で佇んでいる。あー、ついに貞子でたわーーー。その後、再び意識を失った。


***


「いや、怖いわ!」

「だろ?」


 俺の話を聞いてオガショウがぶるっと身を震わせた。


「それが何時だったのかも分からない。外が明るかったか、まだ暗かったかも分からない」


 完全に意識が朦朧としていたんだ。


「相当だな。そんなときは連絡しろよ」

「もう、それどこじゃなかった……」


 次の日も体調は回復してなかった。


 しかし、目が覚めたらローテーブルの上にお粥があった。しかも、お茶碗が出してあって少し食べた跡もあった。


「自分で作ったとか?」

「たしかに、ひとり用の土鍋と茶碗はうちのだった。でも、俺はお粥が嫌いだし自分で作るとは思えない」


 お粥って味がないじゃん? なんか苦手で。てか、美味しくない。味ないし。でも、あのお粥はちゃんと味があった。


「あと、ゴミ箱に薬の殻があった」

「薬の殻とは……?」

「ほら、薬局とかでもらう薬の銀色のシートみたいの。透明のとこに薬が1錠ずつ入ってて……」

「ああ、あれか」


 身振り手振りも加えて説明したらどうやら伝わったようだ。そこでオガショウが鋭いことを言った。


「つまり、市販薬じゃなくて調剤薬局の薬を幽霊は持ってきた、と」

「……」


 そうなるな。


「銀のシートのやつは市販薬でも咳止めとかではあるけど、風邪薬はビンに入ってるな」

「あー……、そういう意味ではかなり咳してた」

「残りのシートの方に薬の名前は書かれてないか?」


 そう言われて思い出したが、昨日ゴミの日だったことを思い出した。


「昨日、ゴミの日だった」

「そうか。ダメか」


 なんとなく二人ともゴミ箱の方を見た。


「ゴミはユーレイが出してくれた」

「はあ!?」


 オガショウが少し語気を強めて言った。


「わざわざ来てやったのに、新しい彼女の自慢だったとか……!」

「違う違う! 俺に彼女はいない」


 変な誤解が生まれていた。俺は首を横に振りながら右手を出して違うことを言葉だけではなく、ジェスチャーも加えて説明した。


「でもさ、熱出して寝込んでたら看病に来て、お粥作って、薬飲ませて、ゴミ出しまでして……それは彼女以外にあり得んだろ! 女友達だとしても、それはもう彼女だろ」

「言ってることは分かる。でも、悲しいかな思い当たる人物がいない」


 オガショウは探偵よろしく顎を触りながら考えているようだ。


「小人……?」


 やつの提案で俺は一つの物語を思い出した。


「小人……。ピノキオのじいさんが靴を作ってるときに眠ってたら、ゼペットじじいの代わりに靴を作ってくれたという……」

「待て待て。色々混じってる! 小人は『妖精と靴屋』ってグリム童話な。ピノキオは関係ない。あと、ゼペットじじいって!」


 オガショウは色々丁寧にツッコんでくれた。やっぱりいいやつだ。


「そいつはちっこいのか? 小人みたいに。手のひらサイズ?」

「まあ、ちっこいのはちっこかったが、手のひらサイズではなかった。普通の人間サイズだ」


 ユーレイは俺もシルエットしか見てないからなんとも言えないが、少なくとも小人さんサイズではなかった。


「ちっこい子が好みか?」

「まぁな」

「ロリコンか……」

「違うわ! 俺より背が低い子がいいの!」


俺の話は中々 オガショウに受け入れられない。頑張って誤解を解く必要がありそうだ。

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