(パチ……)あれ? 天井が壁紙? うちの天井は板が貼ってあったはず……。目が覚めると一面白い部屋。窓は閉まっていて外からの光が差し込んでいた。外はセミの鳴き声がけたたましいけれど、室内はエアコンが利いているのか涼しくて快適だった。
「いっだっ……」
身体を動かそうとしたら、全身が痛い。しかも動けない。
段々頭が覚醒してきたので落ち着いて周囲を見ると、ここは病院……? ……の病室だった。
ベッドには片側に手すりが付いていた。もう片方の手摺は下げられていて、そこには黒髪の少女が座ったまま上半身をうつ伏せにして寝ている……ようだ。
「儚依さん……?」
(かばっ!)俺の声に急にスイッチが入ったみたいに身体を起こす儚依さん。
「智也さん!」
彼女は俺の顔を色んな角度から見て無事を確認しているようだった。
そんな儚依さんは片目に眼帯が付けられている。それどころか片腕は三角巾で吊られている。
俺のことを助けに来てくれたのにケガまでさせてしまって申し訳ない。
「ケガは……? 大丈夫……?」
まだ声がよく出ないな。
「ゔわーーーーんっっ! よ、よ、よかったーーーっ!」
まだよく動けない俺の腹の上で儚依さんが泣き始めた。号泣だった。それはもう大号泣だった。
俺は覚醒したばかりであまり動けない。
儚依さんは泣きやまないのでそのままにしていたら、看護師さんがその声を聞いて駆けつけてきてくれるくらいには周囲に迷惑をかけた。
両足骨折で固定器具みたいのでガチガチに固められている俺。しばらくベッドから起き上がれないらしい。
病室で説教を兼ねて看護師さんが色々教えてくれた。
「西戸崎さんは両足骨折でしたから! 手術してボルト入ってますか! しばらくは絶対安静です!」
トイレも数日は尿瓶だって言われた……。どんだけケガしてんだよ、俺。
「儚依さん! あなたも大怪我なんですからね!」
聞けば、片腕は骨にヒビが入ってたらしい。その上、腕の筋肉が伸び切って繊維が切れちゃってるらしい。ある意味、俺より大怪我だった。
そりゃあこんだけ身体が小さくて、腕も細いんだ。リミッターオーバーで力を出したんだろう。坂道とは言え、俺の身体を持ち上げたんだ。
あと、片目にはばい菌が入ったらしく眼帯してる。それでも、服はゴスロリなので眼帯に三角巾にゴスロリ。完全に中二病みたいになってる。
「智也さんの尿瓶係は私がします!」
「だから、儚依さんはしばらく物を持ったらいけませんって言ってますよね!?」
「でも、智也さんの智也さんは彼女の担当です!」
なんだよ、「智也さんの智也さん」って。
「儚依さんも自分の病室に戻ってください。検温の時間なんです」
「いーやっ!! 私はここにいます! 妻が夫のそばにいるのは当たり前のことです!」
また妄想が発動している。俺はいつから夫になったんだよ。
それにしても、俺が何か言ったら100パーセント肯定してくる儚依さんが、看護師にはこうも抵抗するとか彼女の本当の性格が垣間見えた。
場の平穏を維持しようとする看護師さんとメンヘラゴスロリストーカー彼女の言い争いは、ちょっとした修羅場みたいになっていた。
看護師さんなんかたった今 会ったばかりの人なのに傍から見たら、俺を取り合っている修羅場みたいに見えたという。
病室は4人部屋で後で同室のおっさんから「モテるねぇ」とか言われたのであった。
「よお。賑やかだな」
病室に突如現れたのはオガショウ。どうやら見舞いに来てくれたようだ。俺が目覚めたのとか知る由もないだろう。
つまり、俺が起きてなくてもお見舞いに来てくれていたのだろう。
「お! 西戸崎、目を覚ましたか! 大変だったんだぞー」
「そ、そうなのか?」
オガショウの登場で病室の空気が変わった。儚依さんもおとなしくなった。
「ヘリ来たんだぞ、ヘリ!」
「は!? ヘリコプター!?」
聞けば山の中への救助なのでヘリコプターが来て助けてくれたらしい。
そして、あのあと……俺が気を失ったと同時くらいにオガショウは現れて儚依さんを助けてくれたのだとか。
道まであと1メートルくらいまでは放り投げたから、残りをオガショウが助けてくれた感じ。
俺はといえば、全然ダメでヘリからロープを降ろして救助隊の人が引き上げてくれたのだとか。
そんな貴重な体験をしていながら、全く記憶がない! 実にもったいない!
「それにしても、あんな山の中まで追いかけてくれる彼女とかいいじゃないか。なにが気に入らなかったんだよ」
そうだ。山の中まで追いかけてきてくれた。だから今、俺は生きている。それでも……。
俺はここんところの儚依さんの奇行を思い出していた。
部屋中の物にぶつかる。
なにもないところでつまづく。
一緒にいないと1日に1000通くらいメッセージを送ってくる。
突然車道に飛び出して車を止める。
薬を飲みまくる。
ことの最中や事後に急に泣き出す。そのときは、ずっと抱きしめて頭をなで続けないといけない。
「うーん……」
「よくあるメンヘラ彼女はリスカとかしそうだけど……儚依さんの腕はきれいだな。傷跡とかないし」
「それも色々あって……」
俺は昔から血とかケガとか見るのもダメだから、それを知って鉄の精神でガマンしているらしかった。
なんなの? メンヘラの人は手首切らないとどうなるの!?
「まあ、いいじゃないか。10年超えのストーカー。一途といえば一途なんだし。かわいいし」
かわいいは正義。どこかで誰かが言っていた。
「ほら、儚依さんも西戸崎になんか言ってやれ」
彼女が改めて俺の方を向いた。隻眼だし、三角巾だし、ゴスロリだし……。
「智也くん、大好き。大好き! だーいすき♪」
素晴らしい笑顔。かなりかわいい。
そうだ、俺はまだこの子とは出会ったばかり……。まだ知っていることとなんて少しだけだ。
これから知り合っていくのも悪くない。だって、見た目は俺の好みバッチリ。そして、俺のことが大好きなのだから。
そう……病的なほどに。
〈了〉