(ザザザザザーーー)
上からなにかが滑り落ちてくる。そんなのに巻き込まれたら確実に俺は目の前の川に落ちる。
雨量は増して、川の流量も益々増えた。色も見事に黄土色でこんなとこに落ちたら死ぬのは確実だ。
俺も移動できるなら少しでも安全なところに移動したい状況だ。少しでも滑って落ちたらお陀仏……。
俺は斜面に身体を付けて、そこらに生えている草と木の根っこを掴んでいた。
上から降ってきたものは普段なら十分避けた位置にいただろう。でも、俺の足は明らかに折れていた。這いまわるのがやっとだった。
そんな中、その上から滑り落ちてきたもの……それが真っ黒い物体だった。
多分、俺がそれがなんなのかちゃんと認識したのが早いか、手が出たのが早いか、俺は片手で木の根を掴んだまま、もう片手でそれを捕まえていた。
「儚依さん!」
「智也さん!!」
その黒いのは儚依さんの服、あのゴスロリ服の黒だった。落ちてきたのは服だけじゃなくて、中身……儚依さん自身も滑り落ちて来たのだった。
彼女の服を掴んで川にそのまま滑り落ちて行きそうだった彼女を掴まえ引きずり上げた。
「大丈夫か!?」
「ありがとうございます!」
なぜ彼女がここに!?
「助けにきました!」
「無茶する」
儚依さんも泥だらけだ。きれいな髪もトレードマークのゴスロリドレスもドロドロだ。全身黄土色の泥にまみれている。
「智也さん! 足!」
「そうなんだ。へマしたみたいで……。俺のことは良いから、儚依さんは避難して!」
「そんなことできません!」
儚依さんは泥の斜面に左手をねじ込み、右手で俺の襟の辺りを掴み持ち上げようとした。ハッキリ言って彼女は細いし、背も低い。力だってそれほどないだろう。どうやったって、大の男である俺を上まで持ち上げることなんてできないのだ。
「ぐぎぎぎぎぎ……」
食いしばる歯は口から血が出ているのが見えた。それどころか、頭から泥をかぶったような状態だ。片目も開いていないみたい。
これなら両脚が折れた俺の方が役に立つ。どういうわけかこんなところまで助けに来てくれた儚依さんをこんなところで終わらせてはいけない。
「あとは俺に任せて!」
「いやです! 智也さんに任せたら、自分を犠牲にして私を助けるかもしれません! そしたら、私が助かっても結局生きていけません!」
儚依さんは左手だけで少しずつ坂を上っていく。俺が滑り落ちた坂は10メートルとか12メートルとかかなり高い位置から落ちてきた。そうじゃなければ両足骨折なんて器用なことにはならない。
それって建物で言ったら、3階とか4階くらいの高さだ。いくら坂だとは言え、ぬかるんだ泥の坂を左手だけで上がれるはずがないのだ。
「ぎぎぎぎぎ……」
多分、彼女の力の限界を超えて俺を持ち上げようとしていた。
なぜ、俺なんかにそこまで……。小学生の時のいじめがなんだよ。もう10年も前の話じゃないか。将来の夢とか、なりたいものすら見つからない俺が考えたいい加減な進路についてきて……。
かわいいくせに! 料理上手なくせに! ゴスロリ似合うくせに!
儚依さんは坂の角度が緩やかな部分を使って俺を引き上げながら3メートルくらいのところまで上がって来ていた。
「ぐぎぎぃぃぃぃぃ!」
俺は何をしているんだ。
出会いはストーカーかもしれないけど、気にいたんならいいじゃないか。
不法侵入だけど、うちなんか呼んでも来てくれない女の子が多いんだ。呼ばなくても来てくれたって考えたらいいじゃないか。
昼間は少女みたいだけど、夜になるとエロくて性欲つよつよでいいじゃないか!
ここで俺が男を見せなくてどうする!? 彼女にここまでさせて、俺はどうしたいって言うんだ!
「どりゃぁーーーーーぁぁぁっっ!」
俺は儚依さんの服を掴むとそこら辺の少しだけしっかりしていそうな場所に膝をついて、放り投げるように上に持ち上げた。
「きゃーーーーっ!」
ダメだ! あと1メートルほど足りない!
転げ落ちる前の道まであと1メートル! 儚依さんの手足は短い。あとちょっと届かなかった。そう思ったら、俺は坂の途中で急に力が抜けてきた。
儚依さんは坂に貼り付いた状態。俺はもう力尽きた状態。
「ダメだ、気が遠くなってきた……」
豪雨となった雨、もう一度この坂を滑り落ちたらきっとあの川に落ちるだろう。そしたら、まず助からない。好きになった女の子一人満足に助けられないなんて、俺は中途半端だよなぁ……。
そこで俺の記憶は途切れた……。