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第26話:考える足

 俺は全てを振り払って逃げた。嫌になったのだ。最初は怖いと思った儚依さん。ストーカーでメンヘラだ。


 それでも良い面が見えていた気がした。


 まず、何と言っても俺のことを好きでいてくれる。そして、かなりかわいい。黒髪のロングヘア。モノトーンのゴスロリに身をまとっている。笑顔も素晴らしい。俺から見たら100点どころか、120点あげても足りないくらい。さすがに俺の好みをトレースしただけはある。


 料理も上手だし、掃除もしてくれる。それだけじゃない。服のボタンが取れたら付けてくれたり、俺の身の回りのことを喜んでやってくれている。


 でも、その気持ちが本物かどうか分からない。彼女はずっと自分を抑えているんじゃないだろうか。俺の好みに合わせるあまり、自分を殺しているのではないだろうか。


 俺はそんな考えにとらわれ始めていた。


 考え事をするときは歩きながらがいい。気付けば俺は歩いていた。歩いて歩いて……ここは多分 山だ。福岡市内の山と言えばいくつかに限られる。油山とか飯倉山とか……とにかく低い山だ。一番高い山だって600メートルくらいしかなかったはず。


 歩けば1時間とか、2時間で山頂に着くだろう。俺はそんな軽い考えでとにかくそのまま考え事をしながら山に登り始めた。よく考えたら、うちから山の麓までは何キロもある。そこまでは車で移動したのかもしれない。


 あんまり記憶にないけど、ちゃんと車にカギをかけただろうか。


 俺は段々どうでもいいことを考え始めた。


 ***


 福岡市内の山なんて、「登山」とか言うには低い山ばかりだ。そんな大げさなもんじゃない。小学生が遠足で行くような山だ。俺は着の身着のまま、普段着で来ていた。


 考えてみたら、これって儚依さんの問題だろうか。たしかに、ストーカーはダメだ。怖いし。


 勝手に家に出入りしてたのは犯罪だ。


 でも、怖いのはその動きが予想つかないから。


 それは、彼女がかわいいからか!? それは俺が彼女をよく知らないからじゃないだろうか。じゃあ、もっと知り合えばいいだけか!?


 おっさんのストーカーがいたとしたら、俺はこんなにそいつを知ろうとするのか!? そんなことはない。


 やっぱり、俺は彼女に惹かれている。


 どれくらい考えながら歩いていただろう。少し霧が出てきた。さすが山だ。低くても山。山の天気は変わりやすい。霧は俺の迷いの象徴か?


 小雨も振り始めてきた。さしずめ、こっちは涙か? 俺はなにを泣いている?


 泣いているのは儚依さんのほうじゃないのか!? 10年以上追いかけてきた男に邪険にされて……。全力の愛情を受け入れてもらえなくて……。


(ザーーーーーッ)


 雨が本降りになってきた。さすがにこれはまずい。服がびしょびしょだ。夏とはいえ、ずっとびしょびしょだと体温が下がる。


 俺は来た道を戻ろうとふり返った。


「!」


 そこは完全に霧に支配された世界だった。ほんの10メートル先が見えない。


「……いつの間に」


 多分、麓までは車で来たはず。今は登山の装備どころか傘もない。


 俺は急いで下山することにした。今、どこだ!? それでも道は1本のはず。来た道を戻れば……。


 視界1メートルの状態で目の前に分かれ道が現れた。俺はどっちから来たんだ? 人は追い詰められたとき、無意識に左を選ぶという。そのことを知っている俺なのに、やっぱり左を選んでいた。


 どれくらい歩いたか。地面が泥でぬかるんできた。この辺りでは方言で「いぼる」って言うんだけど、まさにそんな感じ。くるぶしくらいまで泥に埋まってしまう。


 さっきはこんなのなかった。急な雨でこうなったのか、それもも道を間違えたのか……。一旦戻ろうとしたときだった。水たまりを避けて道の脇を歩いているとき、足を滑らせた。


(ドザーーーーーッ!)「おわーーーっ!」


 泥で滑り台のようになった坂を俺は滑り落ちていた。


(ドンッ!)川のすぐ前の土手のような場所に投げ出されて止まった。無意識にすぐ横の草を掴んでいた。そうでなければ、川に放り出されていただろう。


 俺は天地が逆になった姿勢から起き上がろうとした。あぁ……服は全身泥だらけだろうなぁ。穴が開いたかも。この服で車に乗るのもシートを汚して嫌だなぁ。


 こんなことを考えていたんだけど、このときはまだ余裕があったんだ。


「いっっっ!」


 起き上がろうとしたとき激痛が走った。なにごとかと思って自分の足を見たら変な方に曲がっていた! しかも両足! 最悪だ!


「うわーーーっ!」


 不思議と痛さがなかった。いや、さっきは痛かったから麻痺したのか!? ただ、自分の足は見たくない。


「いつっっっ!」


 立ち上がることはできないようだ。足元は泥でグチャグチャ。雨が川に流れ込むので俺が滑ってきたところにも水の流れができてきた。


 俺はここにいることすら危なくなってきた。土と泥を多分に含んで黄土色になった水が大量に流れている。川に落ちて流されたら確実に死ぬのは素人でも分かる。


「そうだ! スマホ!」


 福岡市内は山の中でも電波が通じると聞いたことがある。助けを呼べばなんとか……。


『充電4%』


 思いつく限りの最悪だった。


 警察か消防署に電話をしょうと電話の画面を立ち上げたところで「省電力モード」に切り替わった。今は1回電話できたらいいんだよ!


 タップするけど、指も画面も濡れていて中々思った動きをしてくれない。


 そのうち無残にも「電源OFF」と表示され、そのあと電源ボタンを押しても通話アプリが立ち上がる前に画面は黒く消えてしまった。


「だれかーーーっ!」


 当然、返事はない。


 ザーザーと雨は振り続け、川はゴウコウと轟音を轟かせている。視界は霧でかなり悪い。


「やばい。これ、ホントに死ぬかも!?」


(ザザザザザーーー!)


 俺が滑り落ちたことで滑り台みたいになってる崖をなにかが滑り落ちてくる音が聞こえた。ついに、崖崩れまで起き始めたのか!

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