「なにが不満なんだよ」
「例えば、昨日の夕飯なんだけど……」
俺は昨日の夕飯についてのやり取りをオガショウに話して聞かせた。
「今日の夕飯はなんにしますか?」
「えーと……今の材料からだとなにができる?」
「そうですね。ハンバーグ、ロールキャベツ、クリームシチューなどですね」
「ハンバーグいいな」
「はい! 今晩はハンバーグにします!」
こうして夕飯はハンバーグに決まった。
「だから、それのどこが不満なんだよ。料理上手なんだろ? 最高じゃないか」
俺の話にオガショウがツッコんだ。
「問題は付け合せなんだ……」
「付け合せくらいで……そんなに猟犬が狭かったっけ? それとも、彼女には遠慮なくいく感じ?」
「それも違うんだ」
俺はなにが不満かを述べた。付け合せはいつもミックスベジタブルにブロッコリー。これは俺の実家でそうだったから。
どうやって調べたのか、俺の実家でのハンバーグが完全に再現されていた。ハンバーグ自体も家ではケチャップとソースを混ぜて煮込んだものがソースとしてかけられていたのだけど、それも完全再現だった。
「いや、怖いけど、安心の味なんだろ? 安定のハンバーグ。いいじゃないか」
「まあ、そうなんだけど……」
俺が言いたいことが伝わらない。
「彼女は彼女なんだ……。俺のことを知ってくれているのはすごいことだし嬉しいことなんだけど、それ以上じゃないって言うか……」
「あー……分かった。驚きとかがないんだろ」
そうなのだ。色々言わなくても、一言って十も二十も知ってくれた。
彼女についての驚きは、俺のことをすごく知っていることと、俺に合わせてくれていること。
ただ、俺が知っているものを確実に再現してくるんだけど、それを超えてこない。それに、彼女自身が見えてこないんだ。
「俺は彼女のことが知りたい」
「なるほどなぁ……ある意味、贅沢な悩みだな」
「そうなるのか……? あとは……」
オガショウはニヤニヤしていた。そう、「あの話」をしていない。
「その……夜なんだけど……」
「セックスの話か」
ズバリ言ってくれた。まあ、言ってくれたから続きの話がしやすくなった。
「どうなんだ? 相性的な話は。メンヘラは性欲が強いって話は聞くけど」
「それは当たってるかも……。その……かなりすごくて……。色んなことされたし、した……気がする」
セックスって男が女にするものって思ってた。脱がして、揉んで、触って、入れる……みたいな。
ところが、彼女とは一緒にする感じだろうか。一方的にするわけじゃなく、されるだけでもない。
彼女はしてほしいことを明確に言うので、そのまま実現する感じ。彼女が喜ぶと俺も嬉しく感じていた。
色んなところを舐めたり、撫でたり、甘噛みしたり……。彼女はイキやすいのか、俺の拙い愛撫だけで絶頂に達することも少なくなくて、それは俺も嬉しく感じていた。
しかも、恥ずかしいのか、そな仕草がかわいかった。もっとしたらどうなる? みたいなところはあった。
彼女も俺に触れるか触れないかの静かな愛撫をしてくれたときは、彼女に身を任せてみたけど、それだけで達してしまったときもある。
その後、復活するまで彼女は口でしてくれたり、舐めてくれたり、手でしてくれたり……。かなり恥ずかしかったけど、かなりすごかった。他がどうかは知らないけど、多分俺と彼女はかなり深いところまでお互いの身体を理解しあっていると思っている。
「やっぱりすごいのか……。噂には聞いてたんだ。他のやつともそうなのか?」
「あ、彼女は俺とのことが初めてだったらしい。他の人とは考えられないって言ってた」
彼女が他の誰かとやりまくっていたら、俺はこんなに彼女に夢中になれなかっただろう。その辺も彼女はよく知っているってことだろうか。
「そりゃよかったな。セックス依存があると、誰とでもやるからな。でも、お前も脱童貞の後の最初がそんなだったら、もう一生忘れられんだろうな。他には?」
「あとは……」
(ピコン)
「なんだ!? また!?」
「……そう。これなんだ」
俺はおもむろにスマホを取り出した。
「うわっ! メッセージの未読が100件以上あるじゃねーか!」
「100件どころか、もっとかも……」
LINEだと99件までしか表情できず、それ以上は「99+」と表示され正確にはその数は分からない。
「1日に200とか300とかメッセージが来るようになって……。それを返さないと……」
そう言えば、説明会に出たしその間は返信してない。その前はオガショウと話していたからその間も返信してない。
(タタタタタ……)どこからか足音が聞こえる。
「ん? 誰か来た?」
さすがオガショウ。早速気づいたか。
「ここでしたか! 智也さん心配しました」
「お? 噂をすれば……?」
そこには儚依さんが立っていた。いつものように、ゴスロリドレスでかわいいメイクバッチリ、髪のセットも完璧な姿でそこに立っていた。
「返事がないからなにかあったかと……」
儚依さんは本当に心配している顔。多分、嘘じゃない。それでも、違うのだ。
「どうやってここが……?」
「偶然です。ここかなぁって……」
かわいい笑顔。俺はカンで分かったと思った。だけど、オガショウには事実を理解していたみたいだ。
オガショウは俺のスマホを俺のズボンのポケットから取り出した。その動きがあまりにも滑らかで全然違和感がなかった。
そして、その画面を俺に見せて顔認証させるとスマホの中から1つのアプリを立ち上げた。
「GPSアプリか」
「……」
え!? いつの間に!? そう言われれば、最近スマホの充電が早く切れるような気がする。それでも、言われたらってレベル。俺は全く違和感を感じてなかった。
「監視されてるんだな」
「そんなんじゃありません」
儚依さんがなんて言おうと、俺のスマホにGPSアプリが入っていたんだ。しかも、それを彼女が入れたらしい。
「いつもどこにいるか不安で……」
「言い訳しないんだな。その点は好感が持てる。でも、本人に内緒での追跡は感心しないな」
「……」
儚依さんは口をつぐんだ。
「本人は嫌がってるみたいだぞ? なぜ居場所を把握しようとする?」
「それは……好きだから。心配なんです!」
彼女は必死な答えだった。
「……心配?」
俺は儚依さん以外とは付き合ってないし、身体の関係もない。儚依さんが初めてだし、他に行く予定もないのに。
「私みたいなのが智也さんに見捨てられたらもう生きていけません!」
「いや、俺は儚依さんだけだから」
「でも……」
俺はこんなに彼女のことを好きで、気にしてて、彼女が心配しなくていいように配慮しているのに、まだ足りないってのか……。
そう思ったら、急に虚しくなった。
「もういい……」
俺は立ち上がった。
「智也さん! どこに……!?」
「うるさい! 付いてこないで!」
俺は大学のカフェをあとにした。付いてきた儚依さんを振り払って。