〈貿易の町ガルガントナ〉
その看板を見つけてから、徒歩で4日目、馬車とすれ違うことが多くなってきたころ、やっと、その町が前方に見えてきた。
「ん〜、やっと着きましたね〜」
ステラが伸びをしながら、そう呟く。
こらこら、そんなに胸を前に出したらご立派なものが強調されてますよ?
ついつい、じっくり観察してしまう。
「ライさん?……うふふ♪触ってもいいですよ?」
「マジで!?」
「ダメよ!このアホども!」
「す、すみません…」
ソフィアに怒られたので、何もせず、そそくさと町の中に入ることにした。
ガルガントナは、なかなか大きそうな町であるが、高い城壁で囲まれていることはなく、せいぜい人ひとり分の高さの石壁で囲っているような感じだった。
町への入口はいくつかあるのだろうか。遠くから見た感じでは正面と右手、左手の3箇所にはあった。
どの入口からも馬車が出入りしており、多くの積荷が行ったり来たりしている。さすが、貿易の町、という感じだ。
ソフィアが怒ったのも、周りに馬車が走っていて人目につくからだろう。だって、人目につかないところでなら怒らないしねっ。
「おぉ、なんだか栄えてるなぁー」
町に入ったら、すぐに景気のいい声がそこらかしこから聞こえてくる。
「安いよ安いよ!安くて美味いよー!」
「にいさん!彼女たちへのプレゼントはどうだい!」
「ガルガントナ名物!ジンギス串!くってけ!くってけ!」
門の正面の通りには、露店がたくさん並んでいた。
露店を順番に眺めていくが、扱う商品は様々で統一感が全く無い。異国から持ち込んだであろうものが沢山あった。
やはり、色々な場所、色んな国から色々なものを売買するために、商人たちが集まる町なのだろう。
オレたちは、とりあえず美味しそうな串焼きを人数分買って、露店の近くで立ちながら食べつつ、これからの計画について相談する。
「やっぱり、まずは宿の確保。そして、冒険者ギルドで生活費を稼ぐ。それが基本だよね」
「そうですね。ただ、わたしたちはエルネスタ王国から亡命した身ですから、ギルドでどう扱われるかが不安です」
「ん〜、そこはたぶん問題ないと思うわ。冒険者ギルドは国によって影響を受けないもの。
仮に犯罪を犯しても、普通に依頼を受けれるはずよ。ただし、エルネスタのギルドで依頼を受けたら、情報屋経由で国の耳に入って、待ち伏せされて逮捕、なんてことはあると思うけど」
「なるほど。じゃあ、別の国の領土であるガルガントナのギルドなら普通に依頼を受けれそうだね。そこでまずはステラの冒険者登録をしようか」
「わかりました。冒険者になるのは初めてなのでワクワクしますね!」
「ははは、楽しそうで良かった。
ところで、本当に冒険者になるのは大丈夫なの?ステラを攫ったとき、戦う力目当てなんでしょ!って怒ってたよね?あのさ、オレはステラがイヤなら戦わなくてイイと思ってるけど…」
「もう、ライさん、なんども話したじゃないですか。
あのときは色々言ってライさんを遠ざけようとしてただけで、今はライさんのお役に立ちたいんです♪それに私、めちゃくちゃ強いので自信ありありです♪」
「そ、そう?そっか…うん、ありがとう。嬉しいよ。
でもさ、やっぱり戦いたくないなって思ったらすぐ言ってね?オレはさ、ステラが傍にいてくれればそれでいいから」
「うふふ♪はぁーい♪わかりました!そのときはすぐ言いますね♪」
ステラが上機嫌で自分の意思を伝えてくれたので、納得して次の話題に移る。
「そういえば、今いる国ってなんて名前だっけ?」
「ここは、グランアレス自由国。国民の自主性を重んじていて、商売に対して寛容な国と聞いています」
「というと?」
「なにを売るのも自由、ということらしいです。そして、店を出すことに税金を取らない。商人は国内外への輸入輸出税が掛からない。というのが有名で、商人にとっては商売のし易い国のようですね」
「ふむふむ、そうなんだ。だから、これだけの商人と行商隊が行き来してるんだね」
話していると、みんなが串焼きを食べ終わったので、ゴミを露店のおっちゃんに渡して、宿を探すことにする。
適当に歩いていくと、明らかに治安が悪そうなスラム街のような街並みが広がっているエリアがあった。
「…あっちはやめた方が良さそうだね」
「はい…貧富に大きな差がある国なのでしょうか…」
スラム街とは別の方向に歩いていく、どの道も馬車が行き来していて賑わっていた。
そこで、ずっと気になっていたことを質問する。
「…この国って奴隷制度があるの?」
そう、馬車を引いているのが、馬でなく人間のことがあるのだ。その人たちは、みすぼらしい服を着て生気のない目で働いていた。
対照的に馬車に乗る人物は裕福そうな服を着ていることが多い。
「そうですね…残念なことにグランアレスには奴隷制があります…
自由国が掲げる〈何を売ってもいい〉というルールの悪い側面ですね…」
「んー…そこはちょっと好感が持てないところだね……あっ、この辺が宿街かな?」
前を見ると、宿屋の看板がいくつも並んでいた。見える範囲で10軒はあるだろうか。
人の出入りが多い分、宿屋も需要があるようだ。明らかに高そうな豪華な装飾の宿から、馬小屋みたいにボロい宿もある。
そして、どの宿にも商人の馬車が入れる門のようなものがついていた。裏手に駐車場があるのだろう。
「んー、あんまり贅沢して資金難になりなくないし、中間くらいの宿を一部屋とろうか」
「それでいいわよ」
みんなが同意してくれたので、清潔そうなシンプルなデザインの宿屋を選んだ。
「いらっしゃいませ、なんめいさまでしょうか?」
入口の扉を開けると、とても小さいお嬢さんが出迎えてくれる。宿の娘さんだろうか?
「4人でお願いします。1週間泊まりたいです」
オレはしゃがんで、その子に答える。
「わかりました、だぶるべっとがふたつのおへやがあいております。1ぱく8000るびーですので、えーと……7にちで5まん6000るぴーになります」
「はい、これでお願いします」
オレは料金をピッタリ差し出すと、その子はおずおずと受け取ってくれた。
料金を手渡すとき、その子の首元がふと目に入る。普通の肌の色じゃなかったからだ。その子の首には、黒い鎖のような、悪趣味なタトゥーのような模様が付いていた。
♢
-305号室-
小さな受付嬢に渡してもらった鍵で部屋に入り、
「あの子ってさ…」と、オレが確認のために話し出す。
「奴隷ね…」
「あんな小さな子まで…ひどいです…」
やっぱり、そうか。馬車を引いている男たちにも同じ模様が首についていたのだ。
「だけど、あの子はボロボロの服じゃなかったね」
「宿屋ですから、それなりに良い扱いを受けているのかもしれません。実際にどうかは…わかりませんが…」
「そっか…そうだよね…」
奴隷というものを間近に見たオレは見るからに意気消沈しているのだろう。みんなにも暗い顔が伝染しているのが分かる。
「いや!オレたちはオレたちの出来ることをやろう!まずはギルド!いいかな!お嬢さんがた!」
こんな空気はよくないと思い、オレは無理に明るく振舞った。
「そうね!わかったわ!」
ソフィアは答えてくれた。
リリィとステラはまだ暗い顔だが、笑顔を作って返してくれる。
町や文化のことまで踏み行って考えるのはやめよう、と考えて、オレたちは気持ちを切り替え、ギルドへと向かうことにした。